インドの東隣に位置する国、バングラデシュ。日本の半分弱ほどの面積の国土に、1億5000万人以上もの人々が暮らしています。この国のさまざまな産業の現場で働いている労働者の人々の姿を取材し続けているのが、吉田亮人さん。バングラデシュのレンガ工場を撮影した写真をまとめた私家版の写真集『Brick Yard』がパリ・フォトの写真集部門にノミネートされ、日経ナショナルジオグラフィック写真賞2015ではバングラデシュの造船所を撮影した写真がピープル部門最優秀賞を受賞するなど、各方面で注目を集めている気鋭の写真家です。2016年春には新作写真集『Tannery』を刊行する吉田さんに、バングラデシュという国の魅力と、取材を通じた現地の人々との交流についてお話を伺いました。
——吉田さんがバングラデシュを取材するようになったきっかけは何ですか?
吉田亮人さん(以下吉田):写真家として活動を始めてすぐの頃、インドを自転車で旅したんです。自転車は日本から持って行って、デリーからムンバイまで、2カ月間。田舎の方をずっと回って、サイクルメーターで測った距離を全部足したら、2500キロくらいになりました。それが初めてのインドでした。それから2年くらい経って、ある写真家の方とお会いしてインドの話で盛り上がった時に「インドも面白い国だけど、もっとカオスな国があるよ。人間を撮るなら、バングラデシュが面白いんじゃない?」と言われて。それで初めてバングラデシュに興味を持ったんです。
——吉田さんの撮影のテーマにフィットするかも、と。
吉田:その頃の僕はちょうど、「働くって何だろう?」というテーマを考えていた時期でした。インドでの経験のイメージもあったので、バングラデシュにもきっと、自らの肉体を使って働いている人たちがたくさんいるんじゃないかなと。そういう人たちの姿を撮らせてもらいたいと思って、2012年に2カ月間、初めてバングラデシュに行きました。
——どうでしたか? 初めてのバングラデシュは。
吉田:最初はもう、圧倒されて……。それまでインドやチベットに行ったことはありましたけど、今までどんな場所でも見たことのないくらい、国や街自体にパワーがある。エネルギーがものすごくあふれてて、街をただ歩くだけでも、へとへとに疲れるんです。首都のダッカは、街自体が生き物というか、まるで巨大な生き物の胃袋の中にいるみたいで……。
——僕も以前取材でちょっとだけバングラデシュに行ったことがありますが、わかります、その気持ち。
吉田:だから、街のリズムに自分の身体が慣れるまでが大変でした。なおかつ、撮影の時にはそれ以上のパワーを出さなければならないですし。最初は相当辟易として、オールド・ダッカ(旧市街)のぼろぼろの宿の部屋で一人でぽつんとしてる時が、一番落ち着くというか、落ち着かざるをえない時間でした。宿の周りはすごい喧噪で、夜は街灯もほとんどついてなくて真っ暗で、本当に闇の中。宿もしょっちゅう停電してましたしね。その頃のバングラデシュは雨季で、道はどこもかしこもどろどろ、ぐちゃぐちゃで。僕は食中毒になったり、風邪みたいな症状で熱も出たりで、気持の面でのモチベーションだけでなく、身体のコンディションを保つのに精一杯でした。