いつかは訪れたい極北の地を、より深く理解するために。
アウトドアを愛する人なら、誰もが一度は訪れてみたいと憧れる極北の地、アラスカ。日本の約4倍もの面積を持つその広大な土地は、人間の存在を寄せ付けない苛烈な原野が大半を占めていて、北米大陸最高峰のデナリをはじめ、多数の氷河とフィヨルドを擁する南東アラスカ、オーロラの舞う北極圏など、地域ごとにまったく異なる特徴を持っています。
各地では、クマやムース(ヘラジカ)、カリブー(トナカイ)、クジラなど、多種多様な野生動物がそれぞれの生を営んでいて、この土地で何千年も前から暮らしてきた先住民の人々も、それらの野生動物と密接な関わりを持って暮らしてきました。しかし、北極海からの石油パイプライン敷設に象徴される開発の進行に伴い、アラスカにはここ数十年の間に、大きな変化の波がいくつも訪れています。
アラスカについて書かれた本というと、日本国内では写真家の星野道夫さんによる写真集や著作がよく知られていますが、その他にも、アラスカについてより深く理解することのできる本はたくさんあります。ここでは、現在も日本国内の書店やネット書店で販売されている3冊の本を紹介します。
『アラスカ原野行』
1970年代のアラスカと、そこで生きる人々の様子を詳細に記録したノンフィクション。第1章では、著者が学術調査団のメンバーとともに、コバック・バレー国立公園のサーモン川をカヌーとカヤックで旅した時の模様が描かれ、第2章では、ジュノーに置かれていた州都の移転問題に右往左往する現地の人々の様子が紹介されています(その後、州都移転は取り止めになり、現在も州都はジュノーのままです)。 この本の白眉と言えるのは、本の原題(”Coming into the Country”)でもある第3章「ザ・カントリー入り」。アラスカとカナダの国境にほど近い、ユーコン川上流域の人々は、自分たちの住む地域のことを「ザ・カントリー」と呼び、誰かがその地域に移住してくると、「ザ・カントリー入りした」と形容していました。
この本では、国境近くにあるイーグルという小さな町を主な舞台に、そこで暮らしている人々の横顔を、一人ひとり、丹念に描写しています。 1960年代のカウンターカルチャーの影響を受けて、米国本土から逃れるように移り住んだ人。金の採掘にかすかな望みを託す人。頑ななまでに自然の中での自給自足生活を追求する人。複雑な思いを抱えながら生きる先住民の青年……。自然保護派と開発推進派のせめぎあい、政府が先住民に与えた権利とそれによって生じた齟齬、苛酷な自然の中で生きることへの葛藤など、1970年代当時のアラスカの現実的な側面が克明に描かれている、読み応えのある一冊です。
『アラスカ探検記 最後のフロンティアを歩く』
1899年、米国の鉄道王エドワード・ハリマンは、蒸気船エルダー号に多数の研究者や作家を同乗させ、アラスカのインサイド・パッセージからアリューシャン列島、スワード半島、さらにシベリア沿岸までを探査する大がかりな遠征を行いました。この100年以上前の「ハリマン・アラスカ遠征隊」の旅の軌跡をなぞるように、著者は2010年代のアラスカ沿岸部を旅していきます。 本の中では、1899年のハリマン・アラスカ遠征隊の記録と、遠征隊の一員でもあったナチュラリスト、ジョン・ミューアが1879年にグレイシャー・ベイを発見した時の旅の記録、そして著者自身のアラスカでの旅の様子が、シンクロして絡み合うように描かれています。
原題にはない「探検記」という語句に期待して読みはじめると、著者自身が「探検」をしているわけではないので少し拍子抜けするかもしれませんが、アラスカ沿岸部の歴史と文化を遡りつつ、著者が行く先々で聞き集めた人々のリアルな声も丹念に収録していて、アラスカの過去と現在を知る上で役立つ一冊になっています。
『俺のアラスカ 伝説の“日本人トラッパー”が語る狩猟生活』
1973年にアラスカに移住し、約30年にわたって、日本人で唯一のトラッパー(罠猟師)として生活していた、伊藤精一さん。若い時にオートレーサーとして生きる夢を怪我で断念した伊藤さんは、昔から憧れていたアラスカの大自然の中で生活してみたいと思い立ち、仕事を辞めて、単身アラスカに移り住みます。石油パイプライン景気に沸いていた当時のアラスカで、伊藤さんは荒くれ男たちの集うレストランで働きながら、親しくなった先住民の男性にトラッピング(罠猟)のイロハを教わり、ついには彼のトラップ・ライン(罠猟場)を譲り受け、トラッパーとして独り立ちするまでになります。
アラスカの原野でタフな暮らしを営みながら、トラッパーやハンティングガイドとして、日本人として他に類を見ない人生を歩んできた伊藤さん。この本では、彼自身の貴重な経験とこれまでに出会ったさまざまな人々の記憶を語った口述がまとめられていて、アラスカの原野でトラッパーとして生きるとはどういうことなのかが、実に生々しく伝わってきます。我々からは想像を絶するほど苛酷に思える体験なのですが、どんなに大変なことでもハハハハハと笑い飛ばしてしまう伊藤さんの軽妙な語り口に、すっかり引き込まれてしまう一冊です。
山本高樹の新刊『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』発売!
『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』
文・写真:山本高樹 価格:本体1800円+税 発行:雷鳥社 A5変形判288ページ(カラー77ページ) ISBN978-4-8441-3765-8
彼らは確かに、そこで、生きていた。氷の川の上に現れる幻の道“チャダル”を辿る旅。インド北部、ヒマラヤの西外れの高地、ザンスカール。その最奥の僧院で行われる知られざる祭礼を目指し、氷の川を辿り、洞窟で眠り、雪崩の跡を踏み越える“冬の旅”に挑む。人々はなぜ、この苛烈な土地で生きることを選んだのか。極寒の高地を巡る旅を通じて“人生の意味”を問う物語。