BE-PAL3月号『鉄鍋で焼くパンのあたたかさ』で取材した、岩手県・水沢江刺の南部鉄器メーカー〈及源鋳造〉。近頃では〈OIGEN〉というブランド名でも親しまれ、百貨店やセレクトショップでも引っ張りだこ。この呼び方に、ピンとくる人も多いのでは?
〈及源鋳造〉のヒット商品が、パン焼き用南部鉄器鍋『タミパンクラシック』。材料をグルグルッと混ぜて鍋に入れたら、家庭用コンロにかけること20分。もっちりしっとりとした、素朴で懐かしい味わいのパンが焼き上がります。
この鍋が生まれるきっかけとなったのが、御年101歳。“タミさん”こと近江タミ子さん。戦後すぐの物が乏しい時代に、闇市で買ったジェラルミン製の鍋を使い、3人の子ども達のおやつにパンを焼いたといいます。
タミさんと鉄鍋で焼くパンのエピソードはぜひ、本誌をご覧いただくとして! 取材中、タミさんのお話を聞いていた全員が何よりも感動したのは、その生き方と考え方でした。
20歳で、商売を営む近江家に嫁いだタミさん。実家も反物屋を営んでいたそうで、家業をよく手伝うその働きぶりと器量よしを見初められたそうです。ちなみに昔のことですから、結婚式当日までタミさんはご主人の顔すら知らなかったといいます。
3人の子宝に恵まれたタミさん。義父さんはとても厳しい方で、理不尽な叱られ方をするタミさんを見て、娘さんはやきもきしたといいます。それでも、言い返したり、影口や愚痴ひとつこぼしたりすることはなかったそう。
ある日、娘さんは「(ひどいことを言われても)なぜ、黙っているの?」と尋ねました。するとタミさんは、こう言います。
「ムッとすることや納得のできないことに遭遇したときは、心の中で3分間、歌を歌えばいい。そうすれば、大抵のことは気にならなくなるものよ」
アタマにカッ! と血がのぼる経験、誰しもありますよね。タミさんは、そんな瞬間も好きな歌を思い浮かべることで、心を鎮め、豊かな気持ちを取り戻していたんです。
写真/宮濱祐美子 文/ニイミユカ