人気を博した「山小屋コンサート」の再開を目指して。
アコースティックギターの最高峰「マーティンDー45」とヤマハの小型ギター「ギタレレ」の2台を背負い、山の頂を目指す。それだけでも体力と神経を消耗するが、さらに体の前には山道具が詰まったザックをも担ぐ。まさに歩荷も顔負けのスタイルで日本アルプス各地の山小屋、あるいは山頂に出没し、演奏活動を続けてきたのがシンガーソングライター・リピート山中さんだ。
山小屋の定員が制限された今年。毎年恒例となっていたリピートさんの「山小屋コンサート」は事実上の中止となった。苦境ともいえるこの状況を創作活動に充てつつ、今、ライブ活動再開の道筋を探っているリピートさんに、これまでと、そしてこれからの活動について話を伺った。
活動の原点は、親しんだ六甲山と古き良き山の歌。
「六甲山は遊び場でしたよ」と語るリピートさんは神戸出身。幼い頃から音楽と山に親しんできた。小学生でグループサウンズに魅せられ、また時間があれば六甲山で日が沈むまで友人と駆けた。ギターを手にしたのは小学校6年生の時。フォークソング全盛期ながら、山好きだった父親の影響で『雪山讃歌』や『いつかある日』など、往年の山の歌も好んで歌っていた。
地道な音楽活動を続けていたリピートさんが、プロとしてデビューしたのが1993年、33歳の時だ。2000年にはヨーデルと焼き肉食べ放題を題材にしたユニークなオリジナル曲『ヨーデル食べ放題』がヒット。これをきっかけに読売ジャイアンツの公式応援歌やサッポロビール黒ラベルのCMソングなどを次々と手がけるようになる。
コンサート以外にも、テレビやラジオなどでも活躍するようになったリピートさん。しかし山との距離が広がるほどに「山の歌を歌いたい」という思いが募ってきた。子どもの頃から親しんできた山の歌こそ、自らの活動の原点だったからだ。「この頃は新しい山の歌を誰も発表していない。どうせ山の歌を作るなら自分で山に登り、自分で感じたことや山の偉大な先人の物語を伝えようと思ったのです」。
日本アルプスでふるさとの偉大なる岳人を想い、歌う。
2004年、新たな創作活動の一歩を踏み出したリピートさんに、山好きの知人が薦めてくれた一冊の本が、登山家・加藤文太郎を描いた新田次郎の小説『孤高の人』だ。「同じ兵庫県出身でこんなすごい人がいたことに感動しました」。文太郎に惚れ込んだリピートさんは、出身地の兵庫県新温泉町浜坂へ足を運び、『加藤文太郎の歌』を一気に書き上げた。
日本アルプスでの演奏活動の前に、再び浜坂へと足を運んだリピートさん。「加藤文太郎の墓所を探している時、偶然にも文太郎の甥・富吉さんに出会い、富吉さんの案内で墓前にたどり着きました。そこで『加藤文太郎の歌』を奉唱し富吉さんからもお墨付きをもらいました」。同年9月、ギターと共に槍ヶ岳へ初めて登り、文太郎が遭難した北鎌尾根に向かって同曲を捧げた。
リピートさんはこれを契機として、日本アルプスでの活動を本格化させることとなる。奇しくも翌年には加藤文太郎生誕100年を迎えるタイミングだった。
山の歌が繋いでくれた新たな出会い。
リピートさんの山小屋コンサートは、6月半ばに開催される八ヶ岳硫黄岳山荘「タルチョ祭」を皮切りに8月後半~9月中旬にかけて、山小屋の繁忙期を避けてを開催している。ほぼ毎年会場となるのは、北アルプス槍ヶ岳・穂高岳周辺の「双六小屋」「鏡平山荘」「わさび平小屋」「槍沢ロッヂ」「南岳小屋」「槍ヶ岳山荘」、新潟県飯豊連峰「頼母木小屋」、八ヶ岳「根石岳山荘」などだ。これら以外にも、各山頂や登山道でゲリラ的に開催するミニコンサートもある。
「かつては山小屋で知らない者同士でも、歌を歌って過ごしていたように、山には歌声が満ちていました。今は各自がスマホに入った音楽をイヤホンで楽しむ時代。それでも私の生演奏は若者にとっては新しく、ベテラン登山客には懐かしく感じてもらえているようです」。山小屋コンサートを始めて15年以上が経ち、徐々にリピートさんの名は知られるようになった。「山で歌を聴いてくれた登山客が、街でのコンサートに駆けつけてくれたり、地元の山岳会の集いに呼んでくれたり、様々な嬉しい出会いを経験してきました」。
山小屋コンサートを始めた頃に出会ったのが、高山植物に関する著書も多く、岐阜県博物館協会顧問などを務めた”アルキニスト”小野木三郎さん。「ワサビ平で初対面にもかかわらず自作の詩を手渡され、作曲の依頼を受けました(笑)」。その後、小野木さんとのタッグで『双六酒山等無い無い小唄』をはじめ、10曲を超える新しい山の歌が生まれた。
またモンベルの会長・辰野勇さんともアウトドアイベントを通じて出会った。「飛び入りで歌った『加藤文太郎の歌』に共感してくれた辰野会長が、モンベルオリジナルでゴアテックス製ギターカバーを作ってくれました」。
NHKのラジオ番組での共演をきっかけに親交を深めてきたのは登山家・田部井淳子さんだ。「2016年に山の日が祝日として制定される際、それにふさわしい曲の詩を書けるのは、彼女しかいないと思いました」。そこでリピートさんは田部井さんに作詞を依頼。その詩がメールで届いたのは、同年10月、彼女が亡くなる数日前だった。
現在リピートさんは、田部井さん作詞の『山ってやっぱりたのしいよ』を含む、山の歌を集めた新しいアルバムを制作中だ。他にも加藤文太郎最後の山行のパートナーだった吉田富久をテーマにした曲の構想も進む。「『孤高の人』では、吉田富久はあまり良く描かれてはいませんでしたが、実際は技術的にも優れた登山家だったという名誉挽回の歌にしたいと思っています」。
制限された条件を逆手にとって、新たな挑戦を。
コロナによる移動自粛解除後の今年7月、リピートさんの地元・神戸で『六甲山奏シャルディスタンスHIKE』と銘打ったイベントが開催された。主催したのは、かねてより交流のあったアウトドアショップ『白馬堂Rokko』の浅野晴良さん。「参加者の間合いを保った短時間のハイキングをして、山でリピートさんの歌を楽しむことで、自粛期間の鬱憤を晴らしてもらいたかった」。例年ならリピートさんにとっては山小屋コンサートで忙しい時期ながら、これが今年初めての山でのコンサートだった。
当日はあいにくの雨模様ながら、文太郎がトレーニングで歩いた六甲山系おらが山(高倉山)山頂の茶屋には約20人の聴衆が集まり、リピートさんのギターの音色と歌声に耳を傾けた。
郷愁を誘うような『加藤文太郎の歌』のメロディに乗って、リピートさんの力強くもクリアな歌声が夕暮れ時の六甲山に響く。このイベントではもちろん『山ってやっぱりたのしいよ』も披露された。
「これまでと同じような活動は難しいかもしれませんが、距離があっても歌を届けることはできるはず」と語るリピートさんは、現在YouTube『リピート山中チャンネル』の開設や条件を設けた上でのコンサートなど、新たな取り組みを始めつつある。日本アルプスの山々にリピートさんの歌声が再び響く日は、そう遠くないはずだ。
【リピート山中さんコンサート情報】
☆10月31日(土)〜11月1日(日)
『安曇野 山岳オータムフェスタ 2020』
☆11月8日(日)
『第80回リピート山中歌う独演会【
会場=元町 ロッコーマン
神戸市中央区下山手通3丁目3-19
開演=13:00
料金=2500円
予約&問合=リピート山中コンサート事務局
Tel: 078-753-3449
☆12月19日(土) 『リピート山中・宍粟労音コンサート』
会場=宍粟市文化会館:研修室
兵庫県宍粟市山崎町鹿沢88-1
☆2021年6月13日(日) 『御嶽山を見直すシンポジュームとリピート山中・山の歌コンサート』
※新型コロナウィルスの今後の状況によっては、開催日時が変更になる可能性があります。なお最新情報はリピート山中さんのオフィシャルサイト(http://repe.jp/)で確認してください。