アメリカで学んだ北米先住民の生活技術を野外活動の基にしているテンダーさん。焚き火の序盤で重要になる「火を育てる」ための薪の組み方にも一家言あるという。
「薪の太さと量が適正なら、どんな組み方でも火は大きくなりますが、“焚き火の仕組み”を知るのによい組み方が『ティピ・ファイヤ』です」
ティピとは北米先住民が使っていたテントのこと。傘状に組み上げた薪の形がティピに似ていることから名づけられた。テンダーさんはこの形にこそ大きな意味があるという。
「焚き火が燃えるには3つの要素が欠かせません。熱と酸素、そして薪です。このうちのどれかひとつでも欠ければ火は消えてしまいます。その反対に、この3つの要素がそろえば、つけたくない状況でも火はおきてしまいます。焚き火を扱うことはすなわち、熱・酸素・薪をコントロールすること。これを学ぶのに最適な組み方がティピ・ファイヤなんです」
テンダーさんがティピ・ファイヤを組むために選んだのは、森の中の小広い空間。周囲に燃え移るものがなく、木の根が少ない場所がよいという。落ち葉を払って地面を露出させると、テンダーさんは周囲から枯葉を集めて、再度敷き直した。??? なぜ!?
「最初に落ち葉を払ったのは、延焼を防ぐため。次に落ち葉を敷いたのは、地面の湿気を遮るためです。見てください、乾いた葉だけを選んでいるでしょう? 水は蒸発するときに気化熱で周囲の熱を奪う性質があります。気化熱による熱の喪失は、おきたばかりの小さな火に大きく影響を及ぼします。火床と湿った地面を隔離することで、気化熱で温度が下がるのを防ぐんです」
テンダーさんは続けて、集めた薪の中から細いものを選んで立ち上げ始めた。爪楊枝ほどの太さのものを最初に組み、次に箸先ほどの枝を重ね、さらにその周囲に鉛筆ほどの枝を重ねていく。
組み上げながら、テンダーさんは風上側に窓を開けた。ここから火をつけた火口(ほくち)を入れるのだという(「火おこし」編を参照)。
「おきたばかりの小さな火には、いきなり直径1㎝程度の薪に火をつけるほどの火力はありません。火が小さすぎて、燃焼できる温度にまで薪を熱することができないからです。だからティピ・ファイヤの中心部には、小さな火の熱でもすぐに発火できる温度まで達する、極細の薪を入れるんです」
極細の薪は、火に触れるとすぐに燃え出し、熱と炎を発しながら燃え広がっていく。大きくなっていく炎は、外側の太い薪を燃えられる温度にまで熱して、やがてティピ・ファイヤ全体に火がまわる。
「火口から極細の薪に火が移る段階で重要なのが、薪の密度。細い薪は燃えやすいですが、発する熱量も小さい。まわりに燃え広がっていくには薪同士が近くなくてはいけないんです」
それではやってみましょう、といってテンダーさんは火をおこして、開口部から火口を挿入。みるみるうちに炎は燃え広がり、ティピ・ファイヤを包んだ。
「ティピ・ファイヤの中心に入った火は、極細の薪をまず燃やします。炎の熱は外側の薪に反射してティピのなかにこもるため、ティピの中心部は高温を保ちます。薪には隙間があるので、燃焼に合わせて最適な量の酸素が外側から供給され続けます。炎は上昇気流を生んで上へと伸び、いちばん薪の密集する中心部を通り抜けます。そして、細いものから太いものへと火が移っていくんです」
ある程度まで燃えると、ティピ・ファイヤは自然に傘を伏せた形に燃え落ちる。このころには外側の太い枝もしっかり燃えている。
「ここから先は用途に応じて、火を大きくしたり、形を組みかえればよいと思います。しかし、忘れてはいけないのは薪も有限の資源だということ。用途にあった大きさにとどめるのが重要です」
火を使い終えたテンダーさんは、周囲から燃えさしを寄せ、少しずつ小さくまとめていく。20㎝、15㎝、10㎝と次第に小さくなっていく火の輪。
赤い点のように残っていた最後の熾も消えると、テンダーさんは火床が冷めるのを待ってから白い灰を素手で地面になじませた。
「焚き火は小さくはじめて、小さく終えるのが美しい。水をかけて急激に消された黒い焚き火跡は無残ですが、少しずつ閉じた焚き火は白く燃えきり、地面になじみます」
灰をならしたあと、テンダーさんは最初にどけた落ち葉を地面に再びかけて、焚き火を閉じた。
「北米先住民の行動には『行為の跡を残さない』という原則があります。これは跡を隠す、といった意味ではありません。万事において跡が残らないように心がければ、自ずと自然へのインパクトを小さくできるという深い知恵です。後から訪れた人が、そこで焚き火が燃やされたことに気づかない。そんな焚き火こそ美しい焚き火といえるでしょう」
※ナイフ1本で火おこし! テンダー式焚き火術①では野山のものから発火する「火おこし」の方法を解説しています!
テンダーさんのサイト「ヨホホ研究所」
http://yohoho.jp/
文/藤原祥弘 撮影/矢島慎一