ローカル×クラフトビール|イシノマキ・ファーム「巻風エール」で北上町からエールを送りたい
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    2021.01.01

    ローカル×クラフトビール|イシノマキ・ファーム「巻風エール」で北上町からエールを送りたい

    私が書きました!
    佐藤恵菜
    ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@DIMEとSuits  womanでも仕事中。

    ローカルに根づいたクラフトビールを紹介していく新シリーズ。そのビールは町の何を伝えているのだろうか。町の中でどんな役割をしているのだろうか。コロナ禍の逆風に吹かれるクラフトブルワリーも多い。取材もオンラインで行なっていることをおことわりしておく。

    東日本大震災後、使われない畑が残っていた 

    宮城県石巻市の北部、北上川の河口に近いイシノマキ・ファームは、地域の就労支援を行なう一般社団法人だ。

    石巻というと、震災直後の津波に流された港や市街の映像が思い出される。東京からボランティアで石巻に通い、2018年にイシノマキ・ファームのスタッフになった加納実久さんに話を聞いた。

    イシノマキ・ファームのスタッフ。後列右が加納実久さん。前列左が代表の髙橋由佳さん。ホップ畑は現在約40アール。今後、拡大予定。

    イシノマキ・ファームのクラフトビール「巻風エール」は、爽やかなホップの香りがする。ほんのりした苦み、エールらしい華やかさ。フルーティですらある。実は、イシノマキ・ファームにブルワリーはない。醸造は岩手県一関市の世嬉の一酒造に委託している。イシノマキ・ファームがつくっているのはホップだ。ビールの苦みと香りづけに使用されている。

    2016年に設立されたイシノマキ・ファームは、若者の就労や就農を支援している。震災後、元に戻らない生活の中、精神的に立ち直れない人や障がいを持つ人、仮設住宅に引きこもりがちな人たちに、農業を通して仕事と前を向いて生きるきっかけを提供する——ソーシャルファーム(Social Firm)をコンセプトにした法人である。

    「北上の地域の方から、畑が余っているから使っていいよと言われて。農作業を始めると、それまでウチにこもっていた人たちの顔が生き生きとしてくる。予想もしなかった能力を発揮し始める。農作業には人の気持ちを癒し、リフレッシュさせる力があるんですね」

    使われずにいる畑は、北上町のいたるところにあった。

    見たこともないホップをつくる

    はじめからホップを栽培する計画があったのではない。たまたま、ホップの生産農家を探していた人に出会い、栽培を薦められた。

    「ホップって見たこともない作物だったんですよ……。でも、ビールは好きだし、その方が栽培方法を指導する、買い取りもサポートするということで」、思い切って着手したそうだ。栽培が比較的シンプルな作物なので、障がいを持つ人も取り組みやすいだろうという予想も立った。

    ホップの実。房の中に苦みと香り成分のルプリンが詰まっている。

    ところで、イシノマキ・ファームの、加納さんをはじめとした若手スタッフは、みな宮城県外からの移住者だ。農作業経験もほとんどない。この圧倒的な経験・知識不足を補ってくれたのが、近隣の元農家の人や、元気なおじさんたちだ。畑の土の起こし方、苗の植え方、支柱の立て方などなど、基本的な技術を教えてくれた。トラックや耕耘機も持っていた。自分が持っていない道具は、知り合いから借りてきてくれた。

    ホップ収穫後の作業中。地域の人たちも協力してくれた。

    ホップを育てるならビールもつくりたい—–という流れで、クラフトビール計画が持ち上がった。

    2017年の春からワークショップを開いて、北上町でつくるならどんなビールがいいのか、地域の人と話し合いました」

     「巻風エール」の名もワークショップで決めた。石巻の「巻」。風は?

     「石巻は風が強い地域なので、そんな情景も思い浮かぶように。そして、震災のとき以来、いろいろ支援していただいた石巻から、今度は風に乗せてエールをお返ししたいという気持ちを込めました」

     先述の通り、醸造は岩手県の世嬉の一酒造に委託した。経験と実績のある名ブルワリーである。レシピに託したリクエストは、「この香りがホップなんだと気づいてもらえるビールにしてくださいとお願いしました。巻風エールを飲んで、『ホップって何?』と会話のきっかけになれば」

     数粒の種を蒔いたところ

     2020年の秋、ホップ栽培を開始して4年目。収穫量は着々と伸び、今年は100キロに近い。コロナ禍の影響で、これまで東京の飲食店に卸していた「巻風エール」の出荷量は激減してしまった。一方で、宮城県内はじめ国内数か所のクラフトブルワリーからホップの注文が激増。すでに品薄状態になっている。

    「この1~2年、国産ホップを使いたいというブルワリーさんが増えていると感じます」

    今後の課題について聞くと、「いかに稼ぐか、に尽きます」と加納さんは即答する。

    ホップ栽培と「巻風エール」の販売は、まだ採算ベースに乗っていない。4年目であることを考えれば、それほど珍しい話ではないが、今後いかに採算の取れる事業にしていくか。ビール以外の商品化も考えている。石巻市内のカフェで、ホップの香りのアイスクリーム、ホップの香りの紅茶もトライ中だ。そのためにはホップの収量をもっともっと増やしていく必要があり、そのためには地域でホップ農家を育てていくことも必要だ。

    収穫に要する人手は、地域の人々に応援を頼むほか、フェイスブックなどからボランティアを募集する。今シーズンはコロナ禍で県外から人を集めることは難しかったが、知り合いが知り合いを呼んで作業してくれた。ホップ農家になりたい人を対象に「ホップ農家の未来を考える3日間」というワークショップを開き、収穫にも参加してもらった。

    2019年に開かれたISHINOMAKI BEER CAMP。5メートルほどに伸びたホップを収穫。2021年はまた開催できますように。

    「そうしたボランティアさんには、ビールや農作物でお返しするんです。近隣の農家さんからは逆に作物をもらったりしますけどね。地域内でそうやってものをグルグル小さく回していくのもいいなと思います」

     ホップの種類は当初、カスケード、センテニアル、マグナム、カイコガネの4種類。ところが2020年シーズンになって、信州早生(しんしゅうわせ:日本産のホップ)も育てていたことが“発覚”した。

     「実が大きくなってきて、 “これ、他と違う”とようやく気がつきまして(笑)。ホップも私たちの知識も成長しています」と笑う。

     「農作物ですからホップの出来は毎年ちょっとずつ違います。『巻風エール』の味も醸造ごとに微妙に違うかと思います。クラフトビールは、その微妙な差が楽しみになるところもいいですよね。ちょっと強引かもしれませんが、そういうちょっとした違いを許容するゆとりを大事にしたい。だれもが自分の仕事を見つけて働ける世の中になるといいなと思います」

    そんな大きな希望が「巻風エール」には込められている。

    石巻市には震災以降、若い人の移住も目立つ。若者は何かと用を頼まれ(たとえば新聞代の回収とか)、それが移住組と地域の人をつなぐきっかけにもなる。昨年は、移住してきたスタッフを中心に、近所の人たちから味噌づくりや注連縄づくりを教わる機会もあったという。

     2020年に、ホップ農家になりたいという若者が一人、県外から移住してきた。まだ一人。しかし「「なんでも始まりは1からなので」と加納さんは喜ぶ。イシノマキ・ファームはホップ以外にも農作物を手がけており、公の就農支援策にも関わる。石巻のクラフトビール『巻風エール』を含め、採算の取れる事業化に向けて、「数粒の種を蒔いたところ」だ。

    北上川の河口に近いイシノマキ・ファームにはいつも風が吹いている。

    一般社団法人イシノマキ・ファーム https://www.ishinomaki-farm.com(オンラインショップあり)
    住所:宮城県石巻市北上町女川字泉沢13

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