ローカルに根づいたクラフトビールブルワリーを紹介していくシリーズ第4回。高知県でTOSACOビールを造る「高知カンパーニュブルワリー」の代表、瀬戸口信弥さんにインタビューした。
大好きな場所で大好きな人と大好きなものをつくりたい
大好きな場所は高知。大好きな人は妻。大好きなものはビール。高知カンパーニュブルワリー(高知県香美市)の代表、瀬戸口信弥さんが夢の実現に向かっている。
瀬戸口さんは大阪で生まれ育った大阪人。妻は兵庫県の出身。その瀬戸口さんが高知でブルワリーを起こした。妻の兄が高知大学の学生で、結婚前の妻といっしょに何度か高知を訪ねるうちにすっかり気に入ったのだという。
結婚後、大阪に住んでいた瀬戸口夫妻は、大阪で開かれた高知県の移住促進会に参加。そこで香美市の移住コーディネーターと出会う。香美市は高知市内から車で東へ30分ほどの内陸部に位置する。実際に香美市を訪れた。何度か通ううちに現地のスーパーの人たちをはじめ、いろいろな人と顔がつながり、クラフトブルワリーの計画を話すと、応援してくれるようになった。
瀬戸口さんは大学で電気工学を専攻したエンジニアだ。大阪で6年勤めた電気機器会社を退職しての移住だった。会社で納得のいくものづくりができずにいたことが、瀬戸口さんの心にずっと引っかかっていた。
「一から百まで、自分で責任を持ってつくり続けられるのをつくりたい」
元来が職人気質なのかもしれない。そして大のビール好き。ホームブリュー(もちろん法定内の)やブルワリー見学でビール造り体験を重ねるうちに、自分でビールを造るおもしろさに夢中になった。
「いろいろ凝り出して。妻にも瓶詰めを手伝ってもらったりして。もっとスケールアップしたいと思うようになりました」
瀬戸口さんにとって、高知への移住は新たな仕事とセットでなければならなかった。そしてクラフトビールを選んだ。
それから各地のクラフトブルワリーを訪ね、ビール修行を積み、免許申請に奔走し、2018年3月、高知カンパーニュブルワリーはビール醸造を開始した。ブルワリーの土地は、香美市で仲良くなったスーパーの社長が貸してくれた。
町内会長がラベル貼りを手伝ってくれた
もとより資金が潤沢にあったわけではない。小さく始めて、徐々にスケールアップしていくつもりだった。150Lという小さなタンクを5基、揃えた。スタッフはいない。ブルワリー開業当初、瀬戸口さんは大好きな妻と生まれたばかりの子を大阪に置いて、香美市へ単身赴任したのである。当面はひとりで十分だと思ったからだ。
ところが、うれしい誤算が生じた。地元でビールのお披露目会(プレス)を開いたところ、高知県内をはじめとした近隣のローカルメディアがワッと集まり、ババババッと報じたのだ。
「この地域に8年ぶりに生まれたブルワリーだったそうです」
地ビール時代に生まれたブルワリーは高知にも何軒かあった。それが次々とフェードアウト。久しぶりに誕生した地元のビールに、メディアが大いに注目したらしい。
はじめに造ったビールは、高知産のゆずを使った「ゆずペールエール」、土佐文旦の果皮を使った「TOSACO IPA」、高知県産の米と仁淀川山椒を使った「こめホワイトエール」の3種類。これは現在に至るまで高知カンパーニュブルワリーの定番である。
おかげで開業早々、予想以上の注文を受けた。小さなタンクである。1回の仕込みでできる量は150L、歩留まり130Lといったところ。「ダブルバッチ」と呼ばれる、朝晩2回仕込む日々が始まった。しかも高知カンパーニュブルワリーは当初からすべてボトルで、スーパーや酒販店に直接納品していた。つまり1本1本、瓶詰め、ラベル貼りという作業が加わる。これは樽に詰めて出荷するよりもずっと手間のかかる売り方である。瀬戸口さんがひとりで体力の限界に挑戦していたころ、思わぬ助っ人が現れた。近所の人たちが手伝いに来てくれたのだ。
はじめにブルワリーを訪ねて来たのは、町内会長の息子さんだった。ニュースを見て「自分の町にクラフトビールができたのか!」と驚き、訪ねて来た。そして、ブルワリーの状況を察した息子さん夫婦がラベル貼りを手伝い始めた。翌日には、その知り合いが、友人が手伝いに来てくれるようになった。もっともコンスタントに来てくれたのは町長会長とその後輩だったという。
「都会では考えられないことですよね」
移住前から、人づてで顔をつないでもらった県内の老舗の酒販店は、開業当初からビールを仕入れてくれる大切な顧客だった。やがてその酒販店を通して飲食店への納品も徐々に増えていった。地元の酒販店から品質を認められた、ということだ。
山の斜面にあるゆず畑の収穫を手伝う
TOSACOのビールは柑橘類の爽やかさと瑞々しさを湛えている。
「大阪でも造れるようなビールではなく、高知だからこそできるビールを造りたい」と、当初から高知カンパーニュブルワリーは、ゆず、ぶんたん、米、山椒など、高知の農産物を副原料に用いたエールを造ってきた。
「クラフトビールに馴染みのない人にも一目で特徴がわかる工夫」もした。スーパーなど小売店の売り場では「ゆず」「ぶんたん」「米」と、わかりやすいPOPを付けた。
ブルワリーのある香美市は日本有数のゆずの産地だ。しかし、近隣のゆず畑には収穫されずに残った果実が、ぼたぼた落ちている。山間地の、斜面に植えられたゆず。ここでも高齢化した農家が多く、収穫する人手が足りない。瀬戸口さんは、そんな農家の収穫作業を手伝い、ゆずを分けてもらった。畑の現場を知るとともに、市場に出回ることなく地産地消されるゆずがたくさんあることを知った。農家の老夫婦から、ゆずの搾り方も教わった。
「ゆずは表皮の真裏に苦み成分が凝縮していて、それをいっしょに搾るといい汁にならない。これくらいの力で、こう搾ると……おいしい汁ができる、と」
大麦、小麦、ホップなどのビールの主原料は、種類とコスパが圧倒的に優位な輸入品を使うが、ビールには副原料という隠し味がある。ゆず、ぶんたん、ぶしゅかんなどの柑橘類、トマト、イチゴ、バナナ、リンゴ、赤紫蘇、山椒、生姜などなど。季節に合わせて副原料に生かしている。
オーダーメイドの注文も入るようになってきた。たとえば、カツオで有名な「道の駅中土佐」から、特産品のイチゴを使った「道の駅オリジナルブランドビール」をつくってほしいと注文された。こうした注文を受けられるのは、小ロットで醸造しているブルワリーの強みだ。150Lタンクで1回仕込むと、約360本の瓶ビールができるという。道の駅で売り切るにはちょうどいい数ではないだろうか。
瀬戸口さんは、こうしたOEM生産にも取り組んでいくつもりだ。
「こうやって各地域のビールが広がっていけば、高知県だけでビアツーリズムができますよね」
と語る。県外から訪れる人だけでなく、県内の人も楽しめるビアツーリズム。地域経済の循環に大いに利するアイデアだ。
瀬戸口さんは今、ブルワリーのある香美市で妻と子の3人で暮らしている。
「生活環境がめちゃくちゃいい。子どもが通っている保育園の園庭が広いので伸び伸び遊んでいます。大家さんから借りた畑で野菜を育てたり、近くのきれいな川に、夏は家族で泳ぎに行きます」
と、地元の話を語り出すと止まらない。
実は、瀬戸口さんの妻は、ビールの苦みが苦手だった。そこで瀬戸口さんは考えた。
「妻にもおいしく飲んでもらえるビールを造ろう。妻がおいしく飲めるビールなら多くの人にとってもおいしいのでは」
大好きな場所で、大好きな人と、大好きなものをつくる。その夢がTOSACOを生んだ。そして今、高知に新たなクラフトビールの楽しみを広げようとしている。
高知カンパーニュブルワリー https://tosaco-brewing.com(オンラインショップあり)
住所:高知県香美市土佐山田町栄町2−29