兵庫県に、幼少のころから名を馳せるきのこ博士がいるという。そんな和田匠平さんに、きのこの魅力を教えてもらいました。
和田匠平さん
2002年兵庫県神戸市生まれ。1歳できのこと出会って以来、その研究をライフワークに。きのこは探すのも食べるのも愛でるのも好きなうえに、きのこ料理もお手の物!
色づいた落ち葉が敷き詰められた、心地よい森を漂い歩く。あたりはやわらかい土の甘い香りに包まれていた。
「シモフリシメジの気配が濃厚ですね」
アカマツ混じりのコナラの雑木林に生えるシモフリシメジは、環境の変化により、数を減らしているきのこのひとつ。それでもなんとか……そうつぶやきながら歩きはじめて1分ほど、先頭をゆく若き博士はしゃがみ込み、妖精のライトスタンドみたいなはかなげなきのこの香りを嗅いでいた。
「アシナガタケです。香りを確かめ、近縁種ニオイアシナガタケかどうかを確認していたのですが……ありました、ありましたっ!」
横目で見つけたのは、元気よく落ち葉を突き上げる、本命のシモフリシメジだ。
「アシナガタケにシモフリシメジかぁ……秋が深まり、冬もすぐそこですね」
和田匠平さんは神戸在住の高校3年生。甘いマスクの美少年は、幼少のころからきのこ博士として名を馳せている。
「最初に興味を持ったのは1歳の秋。毎日遊んでいた公園に大量にきのこが発生し、飽かずにそれを眺めていたそうです」
当時の話をお母様の貴美子さんにたずねると、彼が自然好きであることは、1歳になる前に気づいていたという。
「なので、きのこだけでなく、植物や野鳥など、生物系の先生が開催する観察会には小さなころから参加させていました」
好奇心に溢れた人なつこい少年は、先生を前にしても臆することなく質問をぶつける。小1で「兵庫きのこ研究会」に入会、知識と実践を積みながら、各地の研究者と交流を持つ機会が増えていった。
「きのこはもとより周辺の自然、生態系を読み込んだうえで質問を重ねる姿が興味深かったのでしょう、学者のみなさんも真摯に対応してくれました」
小3の春休みには石垣島在住の菌学者に依頼されて西表島を調査。新種を2種発見し、『南西日本菌類誌 軟質高等菌類』(東海大学出版部)にて共著者として発表した。小6で「日本菌学会」に入会すると、スナジホウライタケの研究を開始。中2で「日本学生科学賞」の中学生の部で、内閣総理大臣賞を受賞。その後も日本中の砂浜をたずねては、研究を重ねている。
「きのこの研究は、どれだけ条件を狭めて実験を重ねても、一面しか知ることができない。それってきのこにインタビューしているようなもので、聞き手の知識と能力、得た情報を元にした思考力が試されるんです」
そんなことを口にしながら、にっこり。すでに決定している進学先でもスナジホウライタケの研究を進め、近いうちに論文にまとめて発表したいという。
「きのこに目覚めた原点は、見つけ出すという、宝探しのような楽しさですね」
この日、匠平さんは20種ほどのきのこを見つけた。幼児のころから勝手知ったる山を自在に歩き、シモフリシメジのように狙って採ったきのこもある一方で、思わぬ出会いも……。
「うわ~、嘘でしょ!」
それは、クロカワの大群落。クロカワはマツタケに飽きた食通が行き着くことでも知られる、味わい深いきのこだそう。毎年採れる種ではあるが、これほどの量をひとところで見つけたのは初めてだとか。
「こんな思わぬ出会いがまだまだある。だからきのこはおもしろいんです!」
亜寒帯から亜熱帯を含む日本には数万種のきのこがあるといわれ、そのうち名前がついているのは5000種ほど。
「そんななか、世界中で誰も知らないことをいちばんに知ることができる……それが研究の魅力だと思います」
小学生の時点で研究者になることを決めていたという匠平さん。頭のやわらかい時期からきのこを覚え、経験を重ねたことは、英語圏で育つ子供の英会話におけるアドバンテージのようなものだという。
「きのこの世界でなにを請け負い、どう世の役に立つ学者になるかまでを厳密に決めているわけじゃないんです。だけど、ぼくの研究が環境保全の一助になればと思っています」
まっすぐに前を見つめるその先には、どんな世界が広がっているのだろう。
魅惑の世界へようこそ!
秋の味覚を前に、鼻息の荒い記者に対し「きのこは、菌糸が咲かせた花のようなものだと思ってください」と冷静な博士。
きのこを見つけ、香りを確認する。その手つきのやわらかさ、眼差しに、きのこたちへの愛情が……。
きのこ散策に使う道具たち
きのこは山菜用のスコップで採集。
胞子が混じらないよう、小分けにするためのケース。
天才きのこ少年の足跡
小6から研究を続けるスナジホウライタケの標本。中2時には内閣総理大臣賞を受賞している。
自らが命名した「ミナミホホタケ」をはじめとした2種を、小3で発見! 『南西日本菌類誌 軟質高等菌類』(東海大学出版部)にて発表している。
さらに幼少の頃からバレエもたしなむ。
※構成/麻生弘毅 撮影/福田磨弥 写真提供/TES OSAKA
(BE-PAL 2021年1月号より)