都市型の地産地消を実現したInfarm
採れたての野菜は新鮮なだけでなく、その地域の風土にあっていることもあり、地元で食べると格別においしいですよね。さらに、他の地域へ運ぶ輸送時のCO2の排出量を減らし、環境への負荷も減らせるメリットもあります。地産地消には、メリットがたくさんありますが、都市のど真ん中に畑を作るのは、残念ながら現実的ではありません。そんな風に思っていたら、世界で急成長中の都市型農場野菜のプラットフォームである「Infarm(インファーム)」が、日本に上陸しました。都市型農場とはどのようなものなのか、Infarm Japan代表取締役社長の平石郁生さんにインファームについて伺い、実際にインファームを導入している「紀ノ国屋インターナショナル(青山店)」に行ってきました。
サスティナブルな農業環境の実現
2013年にベルリンでスタートしたインファームは、現在、700人以上の多国籍チームが運営する世界最大級の都市型農業プラットフォームで、毎月50万本以上の植物を収穫しています。現在、日本を含めた10か国で展開し、垂直農法を行なうファーミングユニットは1200以上稼働しています。Iotや特許技術を駆使し、都市の自給自足を支えるとともに、食糧の安全性、品質、環境フットプリントを大幅に改善するというミッションに基づき設立されました。環境フットプリントとは、温室効果ガスだけでなく、材料、水などの資源や健康への影響など複数の環境負荷指標を加えたものです。
都市で農業とは驚きの発想です。さらに、日本代表の平石さんは農業の専門家ではありませんでした。
「当時、投資事業をしていて、東京を拠点とするスタートアップ・インキュベータ、サンブリッジ グローバルベンチャーズが開催するピッチイベントにインファームが応募してきました。確か締め切り後の応募だったんですが、送ってきた内容がおもしろくて、エントリーしてもらいました。スーパーマーケットの中で、野菜を作って売るなんて、小学生の自由研究のようなアイデアに、真面目に取り組んでいたんです。そのときは、パイロットファームは1台しかなかったんですが、彼らならできると投資しました。」と平石さん。2015年のピッチイベントでの優勝から、世界の都市での展開が始まり、現在は10か国30都市に広がっています。
ベルリン本社でコントロールされる垂直農法のファーム
アジア初として導入された紀ノ国屋インターナショナル(青山店)の一角に、インファームのファームが設置されています。農場というより、ガラスのショーケースのようです。この中で栽培されているハーブや野菜は、それぞれが常に最良の状態で成長できるようベルリン本社でコントロールされ、AIによって継続的に学習し、調整、改善されています。
光や栄養素だけでなく、PhやCO2なども調整し、AIが判断して異常値をキャッチしたときは、トレーニングした現地スタッフが対応にあたるそうです。ガラスケースにトレーが入れられているだけのように見えますが、それぞれ肥料や光など細かく計算されているのですね。ハーブや野菜の種類によりますが、2~3週間で収穫できます。スーパー内で成長過程も見られるなんてユニークですね。しかも、これらのハーブや野菜は、路地ものより栄養価が高いそうです。
「よりよい環境で育てれば、よく育つんです。ベルリンで一括管理していますが、軟水や硬水はもちろん、水ひとつとっても土地ごとに違うので、成分を調べ、環境に合わせて液体肥料の配合も変えています。同じ都内でも紀ノ国屋インターナショナル(青山店)とDaily Table KINOKUNIYA 西荻窪店では、水が変わるので、それに対応して変更しています。同じものでも味が変わりますよ」(平石さん)
その土地ごとの味が楽しめるなんて、地元野菜と同じですね。ただ、すべての環境を万全にしてもらって、箱入り娘みたいと感じましたが、「全く箱入り娘ではありません。武者修行のような環境ですよ。光はもちろんですが、ユニット内は、限りなく自然環境に近い状態です。適度なストレスを感じることで細菌にも強くなります」とのこと。また、多くの水耕栽培は、大規模で行われているため、病原菌が発生するとすべてがダメになってしまいますが、インファームでは、ファームごとに別環境が作れるため、そのようなリスクもないそうです。
天候に左右されず、フードロス削減も
自然環境に限りなく近い状態で育ちますが、天候に左右されず収穫できるメリットは、かなり大きいと感じました。しかも、それぞれのスーパーの店舗の売れ筋を店内で育てることができます。例えば、今回取材した紀ノ国屋インターナショナル(青山店)では、イタリアンパセリ、イタリアンバジル、ミント、パクチーといったハーブ4種類が揃います。Daily Table KINOKUNIYA 西荻窪店では、葉物野菜をミックスしたサラダブースター3種が並ぶなど、地域ごとのお客様のニーズが反映されています。
「ベルリンでも、育てやすいハーブからスタートしました。世界中で、今は70種類くらい、日本では約10種類です」(平石さん)
今後、種類を増やしていく予定だそうです。ニーズに合わせた野菜を計画的に育てることで、フードロスも防げます。
新鮮なまま食卓に届けられる
紀ノ国屋インターナショナル(青山店)で育てられたハーブは、トレーニングを行なったインファームのスタッフが週2回収穫し、新たな苗を植えます。収穫されたハーブは、ファームの前に並べられ、販売されます。このとき、根っこがついたまま収穫されているのが大きなポイントです。
「根を切った時から、野菜の新鮮さや栄養価が落ち始めます。食べる直前まで新鮮さが保てるように根をつけたまま販売しています。キッチンで、コップに2cmの水を入れて挿して飾りながら、食べる分だけちぎって使えます。ちぎる度に、よい香りがしていいですよ。種類によりますが、3~5日、元気で食べられます」(平石さん)
目で見て、香りを楽しんで、おいしく食べられるとは魅力的です。しかもハーブの量が多くリーズナブルだと、紀ノ国屋インターナショナル(青山店)でも人気なのだそう。キャンプに持っていくなら、切り花を持ち歩くときのように、根の部分に水分補給できるようにして、現地に着いたら、テーブルに飾りながらお料理に使うのも楽しそうです。ちなみに、根があるからといって、カイワレなどのように自宅で育てるのはおすすめできないとのこと。ラッピングもかわいく、ちょっとした手土産にしても喜ばれそうです。
垂直農法では、土壌ベースの農業より土地は99.5%減、使用する水は95%減、輸送距離は90%減で化学農薬は使用せず育てられます。現在、地球上で農業に適した土地の約80%は、すでに農業で使用されているそうです。残り20%では、発展途上国の方々が経済成長し、中間層が増えていったとき、世界の食糧需要を賄うことができません。また、国連によると2018年現在、地球上の人口の約55%が都市に住んでいて、それが2050年には約68%の人々が都市に住むようになるそうです。そのような事情を考えると、世界の農業を今変えなければと感じているという平石さんは、国内でのファーム数ももっと増やしていく予定だそうです。グローバルGAP認証を取得し、HACCPシステムの支持者として最高水準の生産と配送を行なうインファーム。水や土地の使用を最小限にする農業の新たなスタンダードとして今後も広がりをみせてくれそうです。安心・安全でおいしくてフレッシュなのは、消費者の私たちにとってもうれしいですね。
平石郁生さん プロフィール
Infarm – Indoor Urban Farming Japan 株式会社 代表取締役社長
株式会社ドリームビジョン 代表取締役社長
ベルリン市SUAB/APWアンバサダー(スタートアップ政策)
法政大学経営大学院(MBA)兼任講師
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 教員就任予定。