ビールの裏ラベルの秘密…、実は隠れた特産物の生産者情報になっていた!
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    2021.02.20

    ビールの裏ラベルの秘密…、実は隠れた特産物の生産者情報になっていた!

    私が書きました!
    佐藤恵菜
    ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@DIMEとSuits  womanでも仕事中。

    ローカルに根づいたクラフトビールブルワリーを紹介する、本シリーズの第5回目。今回は島根県江津市の石見麦酒の工場長、山口厳雄さんにインタビューを行なった。。

    石見麦酒の定番ビール。左から「ドライスタウト」「ハニードラフト」「セゾン」「セッションIPA」「ベルジャンホワイト」「アメリカンペールエール」。

    独自の醸造法でビジネスプランコンテスト大賞

    「石見式」(いわみしき)と呼ばれる独自の醸造法で、クラフトブルワリー業界では知られた存在。その生みの親、山口巌雄さんはブリュワーの技とビジネスの手腕をもった起業家だ。2017年、島根県江津市(ごうつし)でブルワリーを稼動させた。

    信州大学できのこの研究をしたという無類の菌好き。菌つながりなのか酒も大好き。卒業後は日本酒の杜氏をめざし、日本酒メーカーの扉を叩いたが、蔵元の伝統の厚い壁に阻まれた。縁あって就職したのが、大豆を醸造する味噌メーカーだった。

    石見式は、味噌づくりのノウハウを応用して生まれた。ふつう、ビールの醸造にはステンレス製のタンクが使われる。相場では、タンクは小さくても1基50万円以上。タンクを仕入れるだけで数百万円がかかる。クラフトブルワリーを始めたい人にとって、この金額が大きなハードルのひとつになる。石見式はステンレス製タンクを使わない。断熱材入りの木箱にポリ袋をセットし、その袋の中で発酵させる、醸造させる。この醸造装置なら1基5万円程で買える。

    小型冷蔵庫のような醸造器。

    ポリ袋の中に入った発酵中の麦汁。

     「味噌業界では以前からタンクにポリ袋をかぶせて仕込んでいました。味噌を直接タンクに入れるとベタベタになるし、洗浄するのが大変ですから。ビールづくりは、タンクの洗浄にたいへんな時間と神経を遣う仕事です。水も大量に使います、洗浄用の薬品も使う、薬品を洗い流すためにまた水を使う。ポリ袋は1回使ったら焼却するので、労力、時間の大幅カット、水道代も節約できます」

    設備投資額だけでなくランニングコストの安い、エコな醸造法だ。このローコストがクラフトビールのブリュワーをめざす人々の注目を集めた。

    山口さんは広島県の出身。はじめは、この独自の醸造法を手に、地元広島でのブルワリー開業を考えた。ところが知り合いたちにその計画を話すと、そんな造り方でうまいビールができるのかと不安視する声が多数。ビール消費量の多い土地柄だが、それがかえって新規のアイデアを遠ざけたのかもしれない。

    そこで山口さんが見つけてきたのが、山を越えた島根県江津市のビジネスプランコンテストだった。江津市は人口約2万人(2015年で約24,000人)。11年前から全市が「過疎地域」に指定されている。過疎化対策のひとつが、外から人を呼び込む「江津市ビジネスプランコンテスト」略してゴーコンだ。山口さんはこれに独自製法のクラフトビールを応募して、見事に大賞を受賞。市からの事業支援も得て、石見麦酒を設立した。過疎化対策のホープとして生まれた石見麦酒は、誕生したときから地域課題に向き合うことが定めのブルワリーと言える。

    廃業した温泉リゾートを真ん中にブルワリーを

    コロナ禍の最中、2020年6月。石見麦酒は、さらに山深い地に移転した。そこはかつてバブルの時代につくられた温泉リゾート施設。しばらく休業状態だったが、2019年、経営者が変わって温泉&グランピング場としてリニューアルオープンしていた。

    江津市の温泉リゾート風の国。中央に見える三角屋根の建物が石見麦酒のブルワリーとタップルーム。その後ろに建つのがイチゴの栽培ハウス。

    元温泉リゾートの中央に建っていたのが、ランの培養施設だった。エビネランという日本の野生ランを細胞から培養する、希少な施設だったらしい。その培養施設を、石見麦酒のブルワリーとタップルームにリニューアルできないか?温泉とキャンプとうまいクラフトビール、集客効果あり!そうプレゼンしたのは山口さん自身だ。

    長年放置されていた培養施設は、山口さん曰く、映画『ジュラシックパーク2』に出てくる建物のように荒れ果てていたそうだ。とはいえ、

    「ランの培養施設だったので無菌室や温度管理室があり、ビール工場にはうってつけでした」

    ラン栽培に使われていたビニールハウスはイチゴのハウス栽培に転用され、イチゴ狩りが楽しめるようになった。お客さんが収穫したイチゴをリキュールにしてお土産に持ち帰れるように、今年、山口さんはリキュールの製造販売免許を取得している。

    近隣の荒れ地を開墾した牧場には、山口さんと同じく江津市ビジネスプランコンテスト大賞者の「羊飼い」が放牧する羊がいる。ビールづくりで出る醸造滓は、この羊たちのエサになる。

    「ブルワリーから出るゴミは、瓶のラベルの裏紙くらいです」

    コロナ禍にもかかわらず、昨年、温泉リゾート施設の入場者数は前年を超えた。

    醸造で出る滓は羊たちのエサになる。羊も喜ぶエコ醸造。

    リキュールの免許も取得。ビール向きでない作物もお酒に変える

    すでに江津市の経済活性化に貢献中の石見麦酒だが、そのいちばんの特徴は、やはりビールだ。注目は原材料の生産者情報が記された裏ラベル。

    セッションIPAの裏ラベル。真ん中あたりに<シークワーサー><夏みかん>の生産者が表記されている。

    ベルジャンホワイトの裏ラベルには「米こうじ 久保田味噌こうじ店」、「ゆず 江津市桜江町  千代延俊介」と表記されている。セッションIPAには「シークワーサー 津和野町 石川常子」「夏みかん 江津市 壱岐和功」、セゾンには「八朔 隠岐の島町」。

    「島根県隠岐の島町は八朔栽培の北限です。おいしい八朔なのに、あまり知られていませんよね。ラベルに表示して、少しでも島根の農産物のPRになれば」

    山口さん一家と柚子の生産者。右から2人目が工場長の山口巌雄さん。

    さらには、農家がつくる以外の作物も引き受ける。

    うちの裏山でとれた柚子。うちの庭になっているは夏みかん……。この地域の民家ではそれこそ山のように採れるが、そんなに採れても食べる人がいない。捨てるしかない。それを「石見麦酒まで持って来てもらえれば買い取る」ことにした。

    使い途のない作物もビールの副原料になる。だから石見麦酒のビールには、さまざまな実の味がする。石見のフルーツバスケットのようなビールだ。

    地元の人から持ち込まれ、買い取った中には、あまりビール向きではない作物もある。たとえば柚子は皮の部分はビールに合うが、果汁はあまり向かないという。では果汁は捨てるのか? というと「果実酒にしています」。ビールとは別に果実酒の免許も持っている。石見麦酒はビールだけでなく、シードル、リキュール、果実酒(ワイン含む!)もつくる多機能ブルワリーなのだ。

    はじめに「石見式」の説明をしたが、ローコストで知られる石見麦酒にはブリュワーの卵たちが研修に訪れる。山口さんは、なんと無料で研修生を受け入れている。

    「その代わりといってはなんですが、キャンプ場のコテージに泊まってもらっています。宿代だけいただくということで」

    研修生の受け入れもリゾート施設の集客につながっている!

    クラフトビールとブルワリーが人を呼ぶ。そのための仕掛けをブリュワー自らがアイデアをひねり、実現していく。クラフトビールは過疎地を救う一手になるのか? それはすぐには答えの出ないこと。地域の農産物が溶け込んだビール。5年後10年後、石見麦酒がどんなビールを造っているのか、江津市がどう変わっているのか、楽しみだ。

    石見麦酒のみなさん。

    石見麦酒 http://www.iwami-bakushu.com(オンラインショップあり)
    住所:島根県江津市桜江町長谷2696

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