ヨロッコビールの左から「セゾン」「ホッピーラガー」「へレスラガー」「IPA」。ラベルは地元のイラストレーター花井祐介さんによる。
ローカルに根づいたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ第6回。ファンキーな缶ラベルが目を惹くヨロッコビール(神奈川県鎌倉市)を訪ねた。
同じコミュニティーでビールをつくる
JR大船駅からバスで10分、歩けば20分ほどのところにヨロッコビールのブルワリーはある。2000Lのタンクが並ぶ。訪れたとき、スタッフがタンクの洗浄中だった。クラフトブルワリーの中では大きな方だろう。ここは2019年4月から稼動。創業時は逗子市のずっと小さなブルワリーだった。
創業者で代表の吉瀬明生(きちせあきお)さんは横浜市の出身。20代から藤沢市内の飲食店で働いてきた。30歳を前にクラフトビールのブリュワーをめざしたとき、「開業するならこのエリアしか考えられなかった」と話す。このエリアというのは、神奈川県の鎌倉、藤沢、逗子、葉山のあたり。都心に近く、東京通勤圏だが、いわゆるベッドタウンではない。独自の文化、歴史、風情を湛えたエリアである。
「仕事仲間も多いし、自分も鎌倉に住んでいる。このあたりって音楽とか映画とか、面白いことをやっている人が多いし、個性の強いお店もたくさんある。ここで、ビールを造りたかったんです」
2012年に醸造開始。当初のブルワリーは逗子に構えた。タンクの容量は120L、現在の10分の1以下。大型の寸胴をイメージしてもらえばいい。
1年目は赤字だった。しかも、造れば造るほど赤字になった。……どういうことなのか?
「ひとことでいえばビジョンが甘かった。ビールにはビールの、利益を出すのに必要な醸造量というものがあります。小さなタンクではいくら造っても利益が出なかった」
……では、どうしたのですか?とたずねると、「それはもう、家族に、特に妻には苦労をかけました」と率直だ。
それでも妻は応援してくれた。利益は出ないが、造れば造るだけ売れた。地元の仲間や飲食店が出来るそばから買っていった。つまり、味は好評だったのだ。
「地域の人たちの支えが大きかったですね。このあたりってすごいコミュニティーがあるんですよ。食べ物とビールをブツブツ交換みたいなこともありました」
やはり都市部とはちょっと違う、ゆるやかなコミュニティーが広がっているようだ。
「休日に駅まで歩けば、お客さんとか仕事関係者に出会いますね。『この前、酔っ払ってましたねー』なんて話しかけられます。はじめは、えっと思いましたけど、今はそれが普通に。かえってありがたいですよ」
自分の属するコミュニティの人たちを顔を思い浮かべながら、こんな季節にこういうシチュエーションで飲んでほしい……、吉瀬さんはそんな具体的なイメージを持ってビールのレシピを考えている。
「自分の好きなビールのスタイルにこだわるより、このエリアにどう溶け込んでいけるか、そっちのほうが大事」。
放課後学級の子どもたちが集めた夏みかんを
逗子、葉山、このあたりは柑橘類の樹が多い。温暖な気候であることに加え、1959年(昭和34年)に皇太子の結婚を記念して御用邸のある葉山町が、町民に夏みかんを配ったことから、夏みかんの植樹が流行ったということもあるようだ。
庭先に植えた夏みかんは食べ切れないほど成る。ジャムにしたりリキュールにしたり……しかし余る……。そんな土地柄である。逗子市のあるNPO法人が、放課後の児童の世話をしている。夏みかんの収穫期になると、子どもたちを連れて、そうした夏みかんの収穫を手伝っている。そして、
「よかったら、ビールにしてくれませんか?」
ヨロッコビールにも持ち込まれる。
また、昨年はコロナ禍の影響でできなかったが、秋の収穫祭や逗子の浜辺で開かれる映画祭など、吉瀬さんは地元のイベントに積極的に参加し、ヨロッコビールを出品している。その他、町のライブハウスで開かれるライブ、アーティストのイベントなどにも顔を出す。そこには大手のビールもあるし、近隣のクラフトブルワリーのビールもある。それに並んでヨロッコビールがある。
ベースモルトを有機農産物に変えるワケ
ヨロッコビールは2019年4月に現在地に移転した。そして昨年、ビールの缶詰機カンニング・マシーンを導入した。ヨロッコビールの定番は缶ビールなのだ。
日本のクラフトビール業界で缶ビールを販売しているブルワリーは少数だ。この思い切った設備投資の理由をたずねると、「アルミ缶は軽いので運送コストが節約できるし、結果的に環境負荷も減らせるから」とのこと。
すでにクラフトブルワリー先進国のアメリカのパッケージの主流は、瓶から缶に移行している。
「大手の缶ビールはシュリンクラベルといって全体がラベリングされています。それをするにはコストがかかるので、うちではアルミ缶の地を活かしてラベルを貼っています」
この銀色の地がクールだ。
また、昨年から主原料の麦芽に「有機農産物」を使うことにした。
「日本で造られているビールの原料はほとんど輸入品です。特にモルトは99%、それもヨーロッパやアメリカから輸送されてきます。国産のワインをつくっている人の話を聞いていると、ビールってとんでもなく環境負荷の高い酒だなと気づかされます。これでいいのかな、と。うちみたいな小さなブルワリーでも年間10トン、12トンという大麦を使います。その分の畑が有機に置き換わるなら、それは意味があるのかなと。小さくても自分にできることを、ちょっと一歩踏み出してみようと思って有機に変えてみました」
カンニングマシーンの導入、有機栽培の大麦への転換。なにげに新しいことを取り入れている。
「コロナの影響もあって、いろいろ考える時間がありました。今考えているのは、ラベルにQRコードを貼って、もっと情報発信していくこと」
昨年、ヨロッコビールもHPにオンラインショップを開いた。飲食店への出荷が激減する中、必要な対応ではあるが、吉瀬さんはオンラインショップにはあまり乗り気ではない。
「ぼくらのビールって、やっぱり酒屋さんや飲食店の人がいて成り立っていると思うので。関わってくれているお店や酒屋さんの情報も入れるような仕組みを考えたいですね」
ビールを造るだけでなく、それを売る人、飲める場所を大切にしている。ところで、これだけローカルを愛する吉瀬さんだが、ブランドに地名が入っていない。ヨロッコビールの名前の由来は?
「喜びです。ヨロッコの小さなッは、うちのビールがささやかな喜びになれたらいいなという気持ちです」
ヨロッコビールの3種類ある定番のうち2つがラガーだ。小規模なクラフトブルワリーにあって、これもちょっと珍しい。ラガーはエールより醸造に時間も手間もかかる。およそ2か月かけるというラガー「DOWN TO EARTH—–HOPPY LAGER」(冒頭写真ウサギのイラストの缶)はまさにホッピーなラガー。香りを楽しみながらがゆるゆると、またはグビグビと飲めるラガー。そしてラベルのイラストのようにポップでファンキー。こんな缶ビールが近所の酒屋や飲食店に並んでいる町がある……ちょっとうらやましい。
ヨロッコビールhttp://www.yorocco-beer.com(オンラインショップあり)
住所:神奈川県鎌倉市岩瀬1275