秘湯探検家。奈良県出身。会社員時代に体調を崩したことをきっかけに、温泉にハマる。これまで巡った温泉は、国内外含め2500ケ所以上。誰も行かないような秘湯や野湯にひとりで行くのが大好きで、オフはほぼ、秘湯探しか湯巡りに費やす。著書『わたしのしあわせ温泉時間 〜おとな女子がいく絶景秘境温泉の旅〜』がある。
イラスト:藤本たみこ/温泉巡りに憧れるイラストレーター。東京都在住。少女漫画誌でデビュー後、漫画作画・イラスト・web素材製作などの仕事を幅広く手がける。
出発は日本最南端の駅から!
みなさん、こんにちは。ソロ秘湯愛好家のゆみです。今日はわたし、日本の最南端の駅・JR枕崎線の「西大山駅」(鹿児島)におります。この駅は、1日6~7本しか電車が止まらない無人駅で周りは本当、な~んにもないところなんですが、薩摩富士と呼ばれる「開聞岳」をバックに撮影できる「映えスポット」としてちょっぴり有名で、この日も撮影待ちで行列ができていました。
訪問者が思い思いにメッセージを残す「思い出ノート」なんかも置いてあったりして……。くぅ~、秘境駅の風情にグッときますね。
今日はなぜ、この駅にいるかというと、この駅周辺に『あるコト』で有名な秘湯があると聞いたからなんです。近所の温泉施設のおばさんいわく、ちょうど夕方前の時間帯に行くと、その『あるコト』をしている人がいっぱい集まっているそう。
この風情ある駅の先に待つ秘湯とは……?
駅からレンタカーで走ること6分。ヤブに包まれた小径の先に現れたのは「温泉施設」というよりも、見た目は「田舎の公民館」みたいな建物(笑)。でも、コレが間違いなく目的地の『開聞(かいもん)温泉』なのです!
張り紙だらけ?謎の館内
「こんにちはぁ~!すみませ~ん!どなたかいらっしゃいますか?」。玄関の扉を開け、叫んでみたけど中から応答はまったくない。管理人はいないみたい。とりあえず、料金箱に入浴料300円を入れて中に入ってみることに。しかしまぁ、壁やらドアやら椅子やらにマジックで書かれた張り紙だらけ。これはいったい……?
「淋しい心の痛み 体の痛み みなれた人達と話をし笑へば、少しでもやわらぎませんか。話す人もそばになく淋しい人がいますよ。毎日つとめていますよ。」(原文ママ)
なんだろ、これ?
温泉Gメン!?なんのこっちゃ?
「温泉Gメン、保健所は(ヌキウチ)に来ます。だにはどこにいるか分かりません。山やしばの上、畠で着たのは上だけ必ず脱いできてください。」 (原文ママ)
温泉Gメン??? FBIのような捜査機関が温泉界にも存在するということか!? 昔『Gメン’75』ってドラマあったけど……。
後から話を聞いたところ、この張り紙を書いているのは、先代番頭の保子さん(89歳)。常連さん同士もめることなく、気持ちよくお風呂に入ってもらうためだという。気丈で、いわゆる『オカン気質』の保子さん、何か気になることがあったら脱衣所のドアを開け、直接お客さんに注意することもあるそうです。
浴室内の光景に唖然!
そんな張り紙の理由もつゆ知らず、浴室の扉を開けてみると…。湯船を囲むように床に寝ころがる常連さんたちがいっぱい! じつは、これ『トド寝』っていう、開聞温泉の名物なんです。トド寝とは、100%かけ流しの大量の温泉が浴槽から浴室の床に常にあふれている場所で、ゴロンとトドのように寝ころがること。浴室に常設の木枕を、「枕がわり」にして寝ころぶのがコチラ流。
開聞名物『トド寝』を実体験!!
さっそく、わたしも空いたスペースに潜り込むようにトド寝スタート! 耳もとでは、「チャプチャプ」と湯があふれる音…。熱い湯が背中やお尻の下を流れていくけど、お腹は涼しい。いい塩梅でのぼせた身体をクールダウンしてくれる! ゆったり流れる時間、お湯、そして、浴室という空間と一体化できるのって、最高~!
ルールを守って仲良くねんね!
ベテランたちの「湯船に入っては出てまたトド寝」の『トド寝スパイラル」を横目で眺め、うっとり至福の時間を過ごしていると…、
「こら!わや、どこで寝ちょっとね~!」。
突然、扉を開けて入ってきた常連おばちゃんに怒鳴られ、びっくり!
どうやら、開聞温泉では浴室の扉の妨げにならない奥のスペースで縦にトド寝するのが暗黙のルールらしい! あ~怖かった……(汗)。現番台役のかつえさんは、開聞ルールを引き継ぎ、「この時間帯、うるさい人が来るから奥で寝てね!」とか、「あの人とお話ししたいならこの時間に来てね!」など、常連さん同士がもめずにトド寝できるよう、ちょっとした調整役も担ってるのだとか。温泉銭湯の番頭は深イイ仕事だなぁ。ちなみに、現在はもう外されたみたいだけど、浴室にはこんな注意書きも。
「此の通りはねんねしないでね。通れないでしょ。せまいからね。仲良くしてね。」(原文ママ)
そう、開聞温泉では、『仲良くねんね』が基本精神なのです♪
~振り返って~
そもそも「ソロ秘湯」にハマったキッカケは、開聞温泉の『トド寝』でした。当時勤めていた会社をやめ、単独バックパックの旅に出た時に立ち寄ったのがココ。方言も違う、900km以上離れた薩摩半島の先端で、最初はソワソワしてたけど、地元の人がトド寝するのをマネしてやってみたら、なんと、まぁ、気持ちイイじゃないですか!! 1人だったからかな、地元の人も気軽に話しかけてくれて、1頭、2頭、3頭並んで「仲良くねんね」したのは忘れられない思い出です(笑)。
先日、「保子さん、お元気だといいなぁ」と思いながら、久しぶりに開聞温泉に電話したら、なんと御年89歳の保子さんは現在入院中で、保子さんの弟のお嫁さんである、かつえさんがお手伝いで番台に立たれているという衝撃の事実が発覚! 現在は、浴室内に貼ってあった注意書きは剥がされ(一部は残存)、これまで厳しく指定されていたトド寝の場所も「出来るだけ奥で寝てね」程度に緩くなったんだそう。
ちょっと、ちょっと、かつえさーん!開聞温泉は張り紙があるから面白かったのに……外しちゃダメじゃ~ないですか!?私を叱ってくれた、地元のおばちゃん!これからも厳しく、トド達を取り締まってくださいね!!
注意書きに載ってない注意:
カランはありますが、湯船と同じくオレンジ色の湯が出ます。お塩をたっぷりと含んだ食塩泉なので、髪がカピカピになりたくない方は水で割るか、洗髪しないことをオススメします。ま、温泉では髪も身体も洗わないポリシーの私には関係ないけどねっ!
『開聞温泉』(かいもんおんせん)
●泉質:ナトリウムー塩化物泉
●色・におい:黄土色、濃い塩味、金気臭
●入浴形態:内湯男女各1
●料金:300円
●時間:9:00~17:00(ゆっくりしたいなら常連の少ない11:00~14:00、トド寝コミュニケーションしたいなら15:00~17:00が狙い目)
●アクセス:開聞温泉へ行くには、隣のJR枕崎線山川駅からバスか、指宿駅でレンタカーを借りて西大山駅に立ち寄るのがオススメ。この辺りは砂むし温泉が名物なので、レンタカーなら指宿駅→砂むし温泉→西大山駅→開聞温泉ってコースも。