サンゴ礁が繋ぐ「環」
奄美群島のひとつ、周囲約50kmの喜界島には日本で唯一、サンゴ礁特化した研究所がある。その名も「喜界島サンゴ礁科学研究所(以下、研究所)」。サンゴ礁とそれと共に生きる生物の研究や科学教育の拠点として、2014年に設立された。そこの理事長である渡邊剛さんが発した一言に、私の耳はスルスルッと吸い寄せられた。
「サンゴ礁研究者だけではなく、島人はもちろんのコト、医療や文化の研究者も巻き込んでサンゴ礁文化を継承していきたいんです」。
海洋生物であるサンゴ礁のコトに、医療の専門家も何かをもたらすコトができるらしい!? 全く別の分野な気がする。が、どうやら、サンゴから薬が作られている模様。様々な海洋生物が生命を育む場となっているサンゴ礁。国内でサンゴ礁を有する南方の島々では、人々の生活にもサンゴ石が使われているコトを知る人は多いだろう。けれど、人間の病にまで携わってくれているとは、思わず目を見開いてしまった。はたまた、サンゴの石灰岩を通った喜界島の水が人の骨密度にどのように影響を与えるかという研究も、医学の分野から進められているそうだ。
「島内外のアーティストの方々にも関わってもらって、いろんな分野の人をどんどん巻き込んでいきたいんです」と、渡邊さんの言葉は続く。ワクワクを含んだ笑みを浮かべながら。サンゴ礁とアーティスト。どこがどうやってどのように繋がるのか? 私の脳内はちょっぴり混乱モードに……。
このコロナ禍、大手を広げて観光客を島へ呼び込むコトはなかなかに難しい状況だ。けれど、そのような時だからこそ繋がった縁もあるという。海外を中心に活動している著名なカメラマンがコロナ禍で日本で活動おり、そのおかげで、喜界島のPR写真を撮ってもらう機会を得たそうだ。まさに、塞翁が馬! コロナ禍でなければ出逢うコトがなかった繋がりだ。
また、喜界島生まれ育ちであり、今も島に在住しているシンガーソングライターもいる。彼は島やサンゴ礁のコトを歌にして島内外へ届け続けている。
©喜界島サンゴ礁科学研究所/喜界町役場四方八方から、様々な視点や技術を持つ人々が喜界島のサンゴ礁文化に関わり、そして、喜界島を通じて得た島のコトやサンゴ礁のコトを、自分の分野や生活圏へと持ち帰る。そこから、また、喜界島の存在も知らない、サンゴ礁にも興味がない人々へと次々に伝えられ、“サンゴ礁への興味の環(わ)”が、一見、海とも海洋生物とも縁遠いと思われる世界で、ぐるぐると繋がりはじめるのだ。
サンゴがある暮らしの再発見
もちろん、島外だけではない。喜界島内でも、サンゴ礁への興味の環は広がっている。そのキーパーソンは、島の子どもたちだ。
喜界島は、10万年ほど前から、海中のサンゴ礁が隆起してできたサンゴ礁の島。今も、1年に2mmほど隆起し続けている。そんな島まるごとサンゴ礁の化石のような場所で、研究所が取り組んでいるひとつに「喜界島サンゴの暮らし発見プロジェクト」がある。それに、一番早く反応したのは、研究所の近くの小学校に通う子どもたちだった。子どもたちと一緒に、サンゴ礁について学んでいると、次々と声があがる。「家の庭にもサンゴがあるよ!」「家の近くの祠にもサンゴの石が祀られているよ!」と。
研究所スタッフと共にサンゴ礁について学んだ子どもたちは、学んだコトを家に持ち帰り、家族に話す。すると、話を聞いた大人たちは、生活の中に当たり前に溶け込み過ぎていて見過ごしていたサンゴ礁文化に気づきはじめるのだ。
「子どもたちや島の人たちに“サンゴって、こんな使い方もあるよ!”って教わるコトが、とても多いんです。サンゴ礁文化が脈々と受け継がれていて、それが、今も息づいているコトが、本当に素晴らしい」と、渡邊さん。研究所が喜界島にできたコトで、島人のサンゴ礁への意識か少しずつ、でも、確実に変わりはじめ、島内でのサンゴ礁への興味の環が繋がり出している。
その中でも、“荒木”と“阿伝”というふたつの集落では、独自のサンゴ礁文化を守る活動がなされている。
荒木集落は、島の南西に位置する。ココではサンゴ礁文化をはじめ、集落内での昔からの習慣や方言がなくなるコトに切なさと危機感を覚えた30〜40歳代のメンバーが作った"荒木盛り上げ隊"という団体がある。彼らは、集落内のサンゴ礁文化を改めて見つめ直すコトも活動のひとつにしている。例えば、サンゴ石を使った"ティーツー"と言う昔ながらの遊びを子どもたちや年配者と一緒に楽しむ会を催していたりする。
また、サンゴ石の石垣が、そこかしこに残る阿伝集落では“阿伝サンゴの石垣保存会”が地域の子どもたちと共に石垣の修復活動を行っている。阿伝には、その昔、石垣をつくる石工がいたため、多くの石垣があるのだという。だが、現在、石工はひとりもいない。そのため、崩れて放置されている石垣も多いのだ。石工の子どもたち(と、言っても年配者)が石工だった親の記憶を辿りながら携わっている。
©WWF Japan/Rintaro SUZUKIさらに、石垣の修復や研究所で学んだコトを、子どもたちは芝居形式の動画にして発表もしている。家族をはじめとする大人たちがその動画を見るコトで、我が子(もしくは孫)の姿を楽しむと同時に、サンゴ礁のコトも同時に改めて意識しはじめる。子どもから大人へ数珠繋ぎで伝わるコトで、サンゴ礁への興味の環が島中に広がって行くのだ。
目指せ! サンゴ礁文化サミット開催!?
サンゴ礁の環は、喜界島内だけでは留まらない。
沖縄は八重山諸島の中心的な島・石垣島の南東に白保という集落がある。ココも、喜界島と同じく、サンゴ石の石垣を残す等、サンゴ礁文化を色濃く残している地域のひとつだ。白保には「しらほサンゴ村」という施設がある。そこを運営していたWWFジャパンが間を取り持ち、喜界島と石垣島白保集落は同じサンゴ礁文化圏として、2019年から交流を深めている。そんな両地域が顔を合わせた際、ふいに飛び出した言葉があった。
「“サンゴ礁文化サミット”をやりたいですね」。
それに呼応して、研究所理事長である渡邊さんからも、更に環を広げる言葉が飛び出した。
「サンゴ礁文化サミットを開催して、世界各国のサンゴ礁文化を有する地域と繋がりたいですね!」
サンゴ礁文化圏は、喜界島と石垣島白保集落だけではない。世界中のサンゴ礁がある地域にも、もちろん、その土地独特のサンゴ礁文化があり、サンゴ礁とともに生きているのだ。
“サンゴ礁文化”をキーワードに、今まで交流がなかった地域が次々と繋がっていくおもしろさ。同じ日本である喜界島と石垣島白保集落だけでも、サンゴ石の石垣等、似たような文化もあれば、“ティーツー”というサンゴ石を使った遊びは喜界島独特だったりと、少しずつ異なってくる。サンゴ礁を有する他の国にも同じような文化はあるんだろうか? 日本国内では考えられないようなアッと驚くサンゴ石の利用法があるのだろうか? サンゴ礁文化圏の生まれ育ちでもなく、住んでもいない私ですら、ワクワクが止まらない。サンゴ礁文化サミット開催への期待は、むくむくと風船のように膨らんで仕方がないほどだ。
©鈴木倫太郎地域や各人の専門分野を超えて、ぐるぐると繋がるサンゴ礁への興味の環。実は、これを読んでいるあなたも、すでにその環にくるっと巻き込まれているコトにお気づきだろうか? ココで知った喜界島のコトやサンゴ礁のコトを、あなたの隣にいる人にひと言だけでも話してみてはどうだろう? あなたのひと言が、サンゴ礁への興味の環の一部となり、その先の先には、世界中のサンゴ礁が、はたまた、世界中の海が守られている未来があるはずだから。
・喜界島サンゴの島の暮らし発見プロジェクト
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4341.html
・喜界島サンゴ礁科学研究所
https://kikaireefs.org/
・サンゴ礁保護研究センター「しらほサンゴ村」
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/1635.html