ローカルに根づいたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ第11回は、宮城県気仙沼市のBLACK TIDE BREWING。黒潮醸造所という意味だ。ブリュワーの丹治和也さんに話を聞いた。
ブルワリー計画の初め、ブリュワーはひとりもいなかった
10年前の東日本大震災。テレビに映る気仙沼の町は津波で瓦礫に埋もれていた。2012年、記者が気仙沼の海沿いを車で通ったとき、がらんとした港にプレハブが建っていたほか、目立つものはなかった。
あれから10年。港に商業施設がオープンし、内湾に浮かぶ大島の間に橋が架かり、今年3月には三陸自動車道に気仙沼湾横断橋が開通した。港の商業施設のひとつ「気仙沼アムウェイハウス拓(ヒラケル)」に、BLACK TIDE BREWING(以下BTB)のタップルームと醸造所がテナントとして入っている。—-と見てきたように書いているが、コロナ禍に見舞われる今、取材はオンラインで行なっている。
ふつう、クラフトブルワリーはクラフトビールをつくりたい人がつくるが、BTBは気仙沼の町づくりの一環で計画されたブルワリーだ。
BTBは合同会社である。代表は4名いる。内湾の商業施設を運営するまちづくり会社「気仙沼地域開発」の社長。東京や東北で数々の飲食店を運営する会社の社長。ビール雑誌「TRANSPORTER」を発行し、日本と海外のクラフトビールシーンに精通している社長。そしてBTB醸造長のジェームズ・ワトニーさんだ。
2018年の夏。港湾の商業施設内にどんな飲食店を開いたらいいか。東京に飲食店を複数経営している社長に相談したところ、既存の気仙沼の飲食店とバッティングしない業態としてクラフトブルワリーが候補に挙がった。「クラフトビールでコミュニティーづくり」はこの頃、他所でも聞かれるまちづくりワードだ。当時、このあたりにはまだクラフトビールのブルワリーもバーもなかった。この時点の計画に、ブリュワーはひとりも参画していない。
現在は3人いるブリュワーのひとり丹治和也さんは、この頃、新潟のブルワリーで働いていた。
気仙沼にブルワリー計画があると聞いて、胸が躍った。丹治さんは3.11の後、気仙沼を何度も訪れ、ボランティア活動をしていた。当時は大学院生。友人の実家が流されていた。就職後も連休を利用して気仙沼に通った。
「あの後どうなったんだろうという気持ちと、気仙沼の人のウエルカムな気持ちがうれしくて」通い続けた。「あの何もなかった場所に醸造所ができるのかと。東京で設立説明会が開かれると聞き、いても立ってもいられず、夜行バスに乗って駆けつけました」と話す。
醸造長のジェームズ・ワトニーさんは、アメリカ・シアトルの出身。クラフトビールの本場ポートランドで、気仙沼のブルワリー話を耳にした。当時は、大手製薬ソフトウエア会社の上席研究員。ジェームズさんの知る気仙沼は、津波に流された被災地の映像ばかりであったから、復興中の町の醸造所計画に惹かれたという。「クラフトビールでこの町の復興に関われたら」。もともとホームブリューイングをするほどのクラフトビールファンで、日本文化が大好きだったジェームズさん、会社を辞めてブリュワーのプロフェッショナルトレーニングを受け、2019年夏に気仙沼へ移住してきた。
資金が足りなきゃ地元から募る
このようにBTBの中核には企画段階から、外からの「よそ者」が多い。それでも「ぼくらは気仙沼の人たちのブルワリーという思いが強い」と、資金集めから参加した丹治さんは話す。
クラフトビールによるコミュニティーづくり……企画はできたものの設立資金が足りなかった。そこで匿名の出資組合を結成し、気仙沼市内の個人、法人、関係者のツテから出資者を募った。クラウドファンディングではない。なるべく地元を知る人に出資してもらいたかったからだ。時間はかかったが、80名近くが出資してくれた。
出資者とは別に、BTBは公式ファンクラブ「BTB CREW」をつくり、サポーターも募った。市民のための、市民が盛り上げるブルワリーであってほしい、そんな思いがあった。初年度は、気仙沼市民をはじめ100名ほどが集まった。
2019年12月。醸造免許がまだ下りなかったため、タップルームを先行オープン。年末年始、観光の客も訪れた。2020年3月、ようやく醸造免許が下りた。それに新型コロナウィルス感染拡大が重なった。
やっと自前のビールが醸造できるという矢先に訪れたコロナ禍。しばらく様子を見ていたが、4月半ば、BTBは醸造を開始した。開店休業にするわけにはいかなかった。
イベントにBTBのTシャツを着て集まる日
開業前、キャンペーンを兼ねて行ったクラウドファンディングでカンニングマシーン(ビールの缶詰め機)を購入していたことが、思いがけず、功を奏した。BTBは初めから缶ビールを大量に生産することができたのだ。オンラインショップで販売するには、軽くて品質が保持しやすい缶のほうが扱いやすい。
相変わらずコロナ禍がつづくが、1年経って、BTBの醸造は順調だ。出資者やサポーター、その知り合いらが常連となって支えている。定番を置かず、次々とリリースされる新ビールがオンラインショップでは即完売する。東京からの引き合いも多い。最近は仙台のスーパーや酒屋、地元の店からの注文も増えているという。
ただ、タップルームのほうは当然ながら客が減ってしまった。港のフェリー乗り場に面した商業施設。この立地が今は活かせない。
「タップルームは立ち飲みスペースが広く、場所柄、地元の人も一見さんも入りやすい。フラッと来た初対面の人たちが、いつの間にか仲良くなって、町の面白い場所やディープな情報が手に入る……そんな場が、コロナ禍の前まではあったのですが……」
もともと町づくりの一環で生まれたブルワリーだ。コミュニティーづくりの場としての期待は高い。
「クラフトビールなんて知らないよという人からは、なんだ、ずいぶん高いなあ(笑)って今でも言われますよ。それでもぼくら、『いろいろ種類があるんです、ちょっと飲んでいかれませんか』っておすすめして。少しずつ飲んでくれるようになりました。気仙沼の人たちは外から来た人もウエルカム、受け入れてくれます。ぼくもそうだし、醸造長もそう。クラフトビールと気仙沼って相性いいんじゃないかなと思いますね」
外から関わっているからこそわかる気仙沼の気質かもしれない。
BTBは昨年、約30種類のビールを醸造した。人気のヘイジーIPA、ラズベリー系や柑橘系の香りのフルーティなIPA、ホップのアロマが香るピルスナーをはじめ、数え切れない種類をつくった。ビールってこんなにたくさんあるのかと目をむく人に、さりげなくお薦めする。
丹治さんにこれからどんなブルワリーにしていきたいか、たずねた。
「気仙沼の人たちにもっとクラフトビールのおいしさ、楽しさ、幅広さを知っていただきたい。そして気仙沼の人たちに誇ってもらえる醸造所になる。それがぼくらのミッションです。コロナの収束後は町でお祭りやイベントがいろいろ開かれるでしょう。そのときBTBはビールを出して、来場客はBTBのオリジナルグッズ、Tシャツとかを身につけていたりすると、盛り上がると思うんですね、町全体が。そういう存在をめざしています」
まちづくり計画から生まれたブルワリー。
宮城県気仙沼市南町3丁目2番5号
https://blacktidebrewing.com