田舎の風景に不似合なまでにパリっとした韓服に身を包み、手をつないでゆっくりと歩く老夫婦。彼らは韓国の小さな村で暮らす98歳のおじいさんと89歳のおばあさんだ。結婚76年目のふたりはとてもささやかでつつましく暮らしている。
穫れたての山菜でナムルをつくり、愛犬の世話をして。そして一か月に一度、そのときもおそろいの民族衣装を着て、手をつないで見物に行くのが長い間の習慣だった……なんかもう、その姿だけでおとぎ話の登場人物のように愛くるしい。
これは韓国で480万人(!)を動員したドキュメンタリー映画。あまりに混とんとしたこの現実を生きた、間違いなく実在する夫婦のお話なのだが、そこに流れる愛情があまりに純で美しすぎるせいか、まるで緻密につくり上げられたフィクションを観ている感覚に陥る。
山菜を洗いにいった川できゃっきゃと水のかけ合いになり、枯葉を掃除しながら葉っぱを投げ合い、雪かきをしながらいつの間にか雪合戦を始めてしまうふたり。まるで付き合いはじめた十代のカップルのようなウキウキ感が画面に満ちる。
え? マジ!? しわくちゃなふたりの、その愛情の源泉がなんなのか知りたくなる。
おばあさんの口から語られる無骨なおじいさんの底なしのやさしさ、ちょっと甘え上手で、細やかな気遣いで生活を支えるおばあさんの深い愛情。ドキュメンタリーであることがまだ信じられない気持ちで、まずはその幸福感に酔ってしまう。
そんな彼らにも消し去ることのできない悲しい過去はあるし、巣立っていってそれぞれに家庭を持った子どもたちのあれやこれやの問題もないわけではない。そんなときもふたりはちょっと悲しい顔をしながら、そっと寄り添って無言でその感情を共有している。その姿を観ている私たちも、やがてふたりを見守る気分に。
体調を崩してセキが止まらなくなるおじいさんを、おばあさんと一緒に悲しい気持ちで見つめることになる。
映画は約15か月間、監督自らがひとりですべてを撮影した。そのせいか映画のなかのふたりに緊張はなく、当たり前だが自分以外の役柄を演じるどんな俳優よりも真実味をもってカメラ前で存在している。
やがて映画はドキュメンタリーを超えた、ストーリーでしか語ることができないような領域へ足を踏み入れ、それを観た観客の心をぐっとつかむ。それはやっぱりふたりの愛情が、ちょっと信じられないくらいに純で美しいからにほかならない。
『あなた、その川を渡らないで』(アンプラグド)anata-river.com
●監督・撮影/チン・モヨン 出演/チョ・ビョンマン(おじいさん)、カン・ゲヨル(おばあさん)
●7/30~シネスイッチ銀座ほか
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文/浅見祥子