地域に根づいたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ。第17回は群馬県のみなかみ町の、昔まんじゅう店だった場所に建つオクトワンブルーイング。代表の竹内康晴さんに話を聞いた。8月半ば、今回もオンライン取材になる。
うまいビールと自然保護はつながっている
利根川の水源へと連なる谷川岳が四季折々の姿を見せる。登山はもちろん、ラフティングやキャニオニングなどのファンが集まる恵まれた自然とアウトドアの宝庫。しかも新幹線を使えば都心から2時間で行ける。
代表の竹内康晴さんはみなかみ町の出身。平日でも観光客で賑わう水上温泉を見て育った。大学進学で地元を離れ、30年近くを経てみなかみ町に戻り、ブルワリーを開いた。
「みなかみが昔のような町だったら、戻って来なかったかもしれない」と竹内さんは話す。Uターンは2017年。「むしろ、あの頃よりよくなったと思っています」。
あの頃とは30年ほど前になる。バブル期までの水上町(現みなかみ町)は大いに賑わい、経済的にも潤っていたが、何か空疎だった。雄大な自然がすぐ脇にありながら、温泉宿で飲んで騒いで帰って行く。そんな浮き世離れした町が、竹内さんはあまり好きではなかった。しかし大学を出て、東京で就職し、家庭を持ち……90年代以降、帰郷するたび、ホテルや商店は廃業し、人がまばらになっていくのを見た。
「もともと、いつかはみなかみに帰るつもりでいたのですが……」。しかし何をしたらいいだろう? 人けの消えた、気が滅入るような温泉街のメインストリートを歩きながら考え込んだ。
「観光地って何だろうって、ずっと考えていました。観光地って何が楽しいのかな、と。ぼくにとってそれは地元の人と話をしたり、地元の人が楽しんでいることをしたり味わったりすることでした」
ヨーロッパを旅したときの経験がヒントになった。
「ドイツでは町々に小さなブルワリーがあって、その町のビールをすすめてくれる。イギリスに行ったらどの町にも小さなパブがあって、町の人たちが集まってくる。パブがコミュニティの拠点になっている。ビールが人をつないでいる。そういうものがみなかみ町にあったら。人をつなぐものが」
もうひとつ、竹内さんにはやりたいことがあった。自然の保護活動だ。
Uターン前の竹内夫妻は神奈川県の茅ヶ崎に住んでいた。ボランティアで森林整備に取り組み、湘南のビーチクリーン活動にも参加してきた。山が荒れれば海が荒れる。長いこと間伐もされず、荒れるにまかせた人工林は有害鳥獣を呼び寄せ、生態系の破壊を早め、人間も動植物も棲みにくくなっていく。みなかみの町でも同じことが起きていることはわかっていた。
人々をつなぐビールと自然保護への思いがつながり、Uターンとクラフトビールブルワリー経営という像を結んだ。
「おいしい水があるから、おいしいビールができる。おいしいビールを造ることと奥利根の自然を守ることはつながる。ぼくはそれを何より地元の人に伝えたくて、クラフトビールを造ることにしました」
群馬県の北端に位置するみなかみ町は利根川の最上流の地であり、奥利根と呼ばれる。OCTONEと綴ることからOCT ONE BREWINGは生まれた。
ブルワリーを開業するにあたり、竹内さんはみなかみ温泉街の人たちが運営する「リノベーションプロジェクト」を利用した。商売を畳み、そのまま廃屋状態になっている建物を新たなビジネスを始める人に貸し出す取り組みだ。以前はみやげ屋、その前はまんじゅう屋だった店舗を借り、2018年4月、オクトワンブルーイングが開業した。
ラベルがシワシワになるわけを話そう
ボトルのラベルに、オクトワンブルーイングのメッセージが込められている。
利根川の水源は群馬県と新潟県の県境に近い、大水上山(おおみなかみさん)という山にある。
しかし、オクトワンブルーイングが醸造に使う水は利根川から引いている水ではなく、谷川岳を貫く新幹線と高速道路のトンネルから取水している地下水だという。ビールを造るこの地下水が、長い年月をかけてやがて利根川へ流れつくわけだ。それが首都圏の人々の水道資源となる。
ラベルに使われている紙もメッセージになっている。触るとザラリとする。ふつうのラベルはもっとツルッとしている。大手のビールもクラフトブルワリーのビールも。それは合成樹脂を主原料としたフィルムに近い「ユポ紙」という。オクトワンブルーイングは自然保護の考えから、パルプのみの紙ラベルを使っている。そのため、冷蔵庫で冷やしたボトルが結露するとラベルにシワができる。爪が引っかかれば破れる。
「なんでラベルにシワが寄るの?って、そんな話をしながら奥利根の自然に関心を持ってくれればいいなと思っています」
昨年から近くの遊休地でホップ栽培を始めた。家族や友人、常連のお客さんたちの協力を得て、今年、収穫したホップでピルスナーを仕込んだ。
「昔はみなかみでもホップを栽培していたと聞いています。遊休地もたくさんあるし、ホップの町が復活したら、という期待もあります」
イヌワシの森を守りたい。間伐スギのエールを造る
みなかみ町の「赤谷の森」と呼ばれる地域に、ニホンイヌワシの生息地がある。翼を広げると2メートルにもなる大型猛禽類は山間地の食物連鎖の最上位にあり、生態系を守る意味でも重要な生き物だ。それが近年、生息数が減少している。手入れの行き届かない森は、イヌワシが大きな翼を広げて飛ぶことができない。地上の獲物を捕らえることもできない。イヌワシを守ることは森の生態系を保ち、森を守り、水を守ることにつながる。みなかみ町は2003年から地域住民や有志による赤谷の森を守る取り組み「AKAYAプロジェクト」をすすめている。
昨年、オクトワンブルーイングもこのプロジェクトに賛同して動き始めた。ビアフェスを開き、イベントの収益をプロジェクトに寄付しよう………多くのクラフトブルワリーにビアフェスへの参加を呼びかけた。フェス会場の候補は、JR上越線の土合駅に併設されるグランピングDOAI VILLAGE。ホームから地上まで階段486段、日本一地下深い“モグラ駅”として知られる土合である。第1回がこの秋に開催される予定だったが、コロナ禍の影響で来年春に延期されている。
AKAYAプロジェクトを広く知ってもらうために、オクトワンブルーイングは間伐したスギの葉から抽出したアロマオイルを香りづけに使ったエールも醸造している。Brewing for Nature(森林保全に取り組む醸造家たち)に参加する醸造家たちも続く予定だ。
ブルワリー&タップルームができて3年、みなかみの町に変化はありましたか?と竹内さんにたずねると、「ぼくが戻ってきた頃と比べると活気が出てきました」とうれしそうに答える。リノベーションプロジェクトも功を奏しているようで、廃屋だった店舗が着々と新しい店舗に置き換わっていると話す。
「みなかみ町の行政も、ユネスコエコパークに申請したり(2017年に登録)、SDGs未来都市の選定に向けて動いたり(2019年度に選定)と、原点回帰というのかな、元来もっている豊かな自然を守ること、それと共生する方法を模索する、そういう方に向かっていると思います」
そしてオクトワンブルーイングのタップルームは地元の人々のたまり場になりつつある。
「夕方うちで待ち合わせをして一杯飲んでから飲みに行ったり。町の人たちが食事がてら一杯飲みに来たり。うちは食べ物持ち込み可なので、みなさん、近くのピザ屋とか寿司屋とかソバ屋とかからデリバリーしてもらって。うちはビールさえ飲んでくれればいいので(笑)。商店同士の相乗効果が生まれますし、ぼくはビールに専念できますしね」
観光客も外国人のアウトドア客を含めて盛り返している。近年のキャンプ人気を反映し、若いキャンパーが増えている。観光客もタップルームにやって来る。
「観光のお客さんには、ちょっと面白い場所を教えてあげることもできます。そうやって地元の人と外から来た人、いろんな人とのハブみたいな場になれればいいのですが」
コロナ禍の先が見えないこともあり、今は夫婦ふたりで切り盛りする。人々が夜な夜な集まる、一軒のブルワリー&タップルーム。みなかみの町にとって、それは貴重なインフラではないだろうか。
オクトワンブルーイング
群馬県利根郡みなかみ町湯原702-2 https://oct-1.com