現在、大ヒット上映中の映画『鳩の撃退法』。落ちぶれた小説家が主人公の本作は、過去と現在、小説家の書いた小説(ウソ)と彼が体験する現実(リアル)が絶妙に交錯するストーリーで知れば知るほど、もう一度、観たくなってしまう、実に癖になる後味のエンターテインメントとなっている。
いまは落ちぶれてしまった直木賞作家の津田が手掛けた新作小説。そこに書かれていたのは大量の偽札、一家失踪事件、さらに糸を引いていた裏社会の人物……と波乱万丈な内容。小説を読んだ津田の担当編集者は一気に引き込まれるものの、ふと「これは実際に起きた話ではないのか」と怪しみ、津田がかつて住んでいた町を訪れ、検証することに。すると驚愕の事実が次々と発覚していく。
主人公の津田を演じるのは『カイジ』シリーズでおなじみ、身を滅ぼしていく男が誰より似合う藤原竜也。その担当編集者に土屋太鳳、失踪事件に巻き込まれる謎の男は風間俊介、裏社会のボス役には豊川悦司と藤原の相手役にふさわしく、高い演技力で知られる豪華曲者キャストがずらり勢ぞろいしている。
そして何より重要なのが、存在感抜群の彼らに大いなる影響を与えた、影の主役というべき、オールロケを行なった「富山」の街並みである。
富山といえば、立山連峰の入り口として、登山をしているアウトドアズマンには馴染みのある場所。海産物も美味しいし、移住先としても魅力的だ。
原作は直木賞作家、佐藤正午の同名小説。小説の舞台は「地方都市」としか、記されていない。ことの始まりは「雪降る夜」。「地方都市」「雪降る夜」から、自分の故郷・富山を連想して、ロケを決行したのは本作の監督、タカハタ秀太。
約1か月強の間に、富山市中心の商店街である総曲輪通りや中央通り、岩瀬漁港、富山県庁、神通大橋、西高岡・高岡やぶなみ駅など県内各所で撮影が行なわれた。
いつか地元で映画を撮ってみたかったという監督だが、今回のロケで「改めて大好きになりました。人も食も空気も」とその魅力に大いに惚れ直したそう。
富山の人、食、空気に魅了されたのはキャストも同じ
主演の藤原竜也は「富山はきれいな場所でした。立山連峰に囲まれて、白く雪がかった山々に囲まれながら撮影しました。出来上がった作品を観て、改めて思ったのはこの作品はやっぱり富山でしか撮れないものだったということ。何よりも、富山の方たちの協力がなければ不可能な撮影だったので、有難かったです」と語る。
舞台の仕事で地方に行くことも多い藤原は富山でもさっそく、なじみの店を見つけたようで、コロナ前だったこともあり、映画さながら、土屋と一緒に飲んだこともあったそうだ。憧れの俳優、藤原と公私ともに語らい、土屋もまた、「私史上、最も公私混同した作品」とコメントしている。登場人物同様、彼らが富山の街に根付いたからこそ、生まれた関係性もあったろう。
すっかり富山通になった藤原が、彼ならではの富山の楽しみ方を明かしてくれた。
「富山駅の1階には食品売り場があって、白エビ丼やお寿司など、すごくおいしいものがたくさんあるので、それを買って帰るのがすごく楽しみでした。缶ビールを買って、雪の降る夜の富山駅を後にして、3時間半くらいの長い帰路につくわけです。21:30のはやぶさに乗れば、その日のうちに都内に帰れます。まさしく旅です。本当に楽しかったです」
監督曰く、この交通の便の良さも富山をロケ地に選んだ理由の一つ。
作品では富山ビジターや初心者が訪れてみたい場所はもちろん、なかには地元の人もうなる名店も数多く使用されている。
物語の発端となる、津田が謎の男と出会うコーヒー店「ルネッサンスベーカリー」は地元民にとって憩いの場所、ジャーマンベーカリー。乃木坂46出身の西野七瀬が店員役で愛らしい制服姿を披露しているが、いまにも彼女が現れそうな雰囲気はファンにはとびきりの聖地となったはず。
津田が利用するファミレス「あっぷるぐりむ」に反応する人も多い。「あっぷるぐりむ」は北信越地方で展開しているファミリーレストラン。富山、長野、新潟出身者には思い出深い場所なのである。
そのほか、映画のなかでは、歴史を感じさせる古書店「房州書店」となっている「古本ブックエンド2」や東京・高円寺のバー「オリビア」とあるが、実際は桜木町にある「Bar BOU」など、ロケ場所もしっかり、現実と虚構が入り混じっており、その変身ぶりに注目するのも映画の楽しみの一つとなっている。
すべてを越えてそびえ立つ、立山連峰
今回、富山の持ち味を存分に生かしたタカハタ監督。監督にとって富山最大のチャームポイントを聞いてみると、やはり「富山市内から何気に見える立山連峰です」とずばり。「街中にいながら雄大な自然を感じられます」と監督のいち推しだけあり、街と自然が融合した富山らしい壮大なショットが劇中の不穏な空気をより一層、盛り上げている。
美しさと厳めしさを兼ね備えた立山連峰。「善」「悪」をせめぎ合う人間の小ささをあざ笑うかのようにそびえるその姿は、この作品の最も重要なスパイスなのだ。
最後に富山の隅から隅まで見尽くしたであろう監督に今後、富山でやってみたいことを聞いてみると、
「閑乗寺スキー場からハングライダーで飛んでみたいです」との答え。閑乗寺公園から見下ろす富山の街は、また新しいインスピレーションを監督にもたらすに違いない。
文/高山亜紀