地域に根づいたクラフトビールブルワリーを紹介するシリーズ。第23回は、イギリス、アメリカ、カナダからやってきた3人が京都に創業した京都醸造。代表のベンジャミンさんに京都でクラフトビールを造る理由をインタビューした。
職人を大切にする街とクラフトビールの相性
京都駅の南側、東寺の西南にある西九条。はじめに木材加工場として建てられ、その後、印刷工場になり製薬工場になり、そして使われなくなった工場に今、京都醸造というクラフトビールブルワリーがある。
16年前(2005年)に来日したベンジャミンさんと、17年前(2004年)に来日したポールさんと、18年前(2003年)に来日したクリスさんの3人が京都でクラフトビールブルワリーを始めたのが2015年のことだ。
3人が出会ったのは青森だ。スノーボードをしたり飲んだりして意気投合した3人は、日本のビールに物足りなさを感じていたそうだ。クリスさんが醸造の勉強を始め、ポールさんがMBAの勉強を始め、やがて日本でクラフトビールを造ろうという計画が本格化した。
京都の街とクラフトビールは相性がいいとベンジャミンさんは話す。
「京都は職人の街です。世界に誇る技と伝統があり、町の人もそれを大切にしつづけている。職人を大切にする街だから、ビールも大手の製品だけでなくクラフトビールのこだわりが好きな人が多いのだと思います。それに、お茶や日本酒だけでなく、ワインや珈琲の文化も育まれています。外からの文化を受け入れる懐の深さがあると感じます。私たちのような多様な素材や技術を取り入れて、微妙なニュアンスに気を配りながらビールづくりを目指す醸造家には理想的な場所でした」
京都醸造のビールはベルギー産の酵母を使う。ホップは主にアメリカ産などのモダンなものを使う。創業者の3人は伝統ある成熟したベルギービールと、新進性に富むアメリカンビール、どちらもこよなく愛し、双方のよさを取り入れながら実に多彩な味わいのビールをつくり出す。
京都醸造のポリシーや営業、活動内容はHPのブログにくわしく記録されている。2021年、新たに取り組み始めたのが「ご地愛」だ。自愛は自分を大切にすること。地愛という言葉は「地域を大切にする」ことと理解できる。
京都醸造を創業以来支えてくれた京都の街とそこに住む人々にあらためて感謝を表したい、これからはもっと積極的に貢献していきたいという。
コロナ禍の影響は大きい。
飲食店やブルワリー仲間、地域の人が集まることがむずかしいなか、この町に、すこしでもプラスになる取り組みをしていきたい。そうした思いを詰め込んだ「ご地愛」ビール、その第1号「輪(わ)」と名づけられたセゾンIPAは、缶で販売された。そして売り上げの一部は、京都の東九条南河原町にある「THEATRE E9 KYOTO」に寄付された。この劇場、京都醸造の近所ではあるが取引先ではない。
「コロナ禍では劇場も大打撃を受けましたよね。新聞でTHEATRE E9 KYOTOの苦境を伝える記事を読んで、少しでも力になればと」
京都には京都与謝野酒造というクラフトビールのメーカーがある。本シリーズでも5月に紹介している。これまでホップ生産の実績のない京都でホップ畑を始め、京都与謝野ホップ生産者組合を立ち上げ、町の特産品にしようと奮闘している。
京都駅に近い京都醸造と違い、与謝野は日本海側に近い山間地。離れてはいるが、京都醸造は創業以来毎年、収穫されたばかりの与謝野のフレッシュホップを使ったビールをリリースしてきた。そして2021年にはあらためて、ビールスタイルやレシピをホップ生産者組合の人たちとも議論し、ご地愛シリーズで与謝野産ホップ100%のセゾン「与謝野de昼寝」が出来上がった。売り上げの一部は、京都与謝野生産者ホップ組合に寄付されている。
ビールは麦芽、ホップ、酵母、水で造られる。与謝野産ホップを使う意味は、京都醸造のブログに次のように書かれている。
「モルトは北米やヨーロッパから、ホップは世界各国から輸入、ほとんどの酵母はヨーロッパ起源のものです。はるばる遠方から他人の手を借りて運ばれてきたものを加工する現代の醸造を考えると、京都の醸造所から与謝野のホップ畑まで車で90分飛ばし、自分たちの手でホップを収穫してから醸造所まで戻り、醸造するというのは、信じられないほど特別で有り難いことです」
麦芽カスは京都市立動物園のゾウの飼料にも
これから京都醸造が力を入れていきたいというのが「アクティビズム」。コミュニティと環境への取り組みだという。中心にある考えは、「エコというよりエシカルのほうが正確です」とベンジャミンさん。
「エシカル消費」という意味で聞かれること多くなったエシカルとは、もともとはethical=倫理的という意味だから、地球環境だけでなく人や社会環境のことも考えた行動ということになるだろう。2020年に始まったコロナ禍は、エシカルについても多くを考える契機になった。
「ビール製造自体は、基本的に環境にかける負荷が大きい。水も電気もかなり使います。できるだけ環境へのインパクトを抑えながら、逆に環境にポジティブにできることを考えてやっていきたい」とベンジャミンさんはアクティビズムのコンセプトを説明する。
京都醸造は2015年、醸造開始当初から廃棄物である麦芽カスを京都は滋賀をはじめとした関西地方の農家に肥料として提供してきた。
京都市立動物園への提供も始めた。こちらは動物の飼料として。
「動物園もお客さんが来られなくなって経営が苦しくなっていると聞いています。麦芽カスはいろんな動物、たとえばゾウさんやゴリラ、ヤギなどが食べてくれるそうですよ」
麦芽カスを近所の牧場に提供しているブルワリーの話は聞いたことがあるが、動物園でも利用できるとは!
今後は「麦芽カスが湿ったままだと肥料にするにも飼料にするにも使い勝手が悪いし、輸送もタイヘンなので、乾かしてから提供できるよう考えていきたい」とベンジャミンさんは話す。
2021年、京都醸造は缶ビール製造を始めた。製造が軌道に乗るまで試行錯誤があった。缶詰めマシンを整備すればいいというものではなく、最初に缶に詰めたビールは賞味期限が短くなってしまったという。そのビールを京都醸造は市内の医療関係者に無料で提供することにした。ラベルには「感謝」の大きな文字。京都九条病院や足立病院など、京都府内のいくつかの病院に寄付された。
コロナ禍で忙殺された医療関係者に「感謝」。なんとダイレクトでエシカルな行動だろう———どんな評判でしたか?
「ビールの味についてというより、ラベルに喜んでもらえたようです。私たちもそれがうれしかった」とベンジャミンさんは語る。
コミュニティのハブになれたのがうれしい
京都醸造のブログを読んでいると、豊かな発想と思考に裏打ちされた行動力が感じられる。メンバーが多国籍であること、つまり豊かな多様性が関係しているのだろうか。
「特に国籍や多様性にこだわってメンバー募集しているわけではありません。創業者の3人も、たまたま別の国だっただけ。多様性へのこだわりはありませんが、逆に国籍や性別、年齢などにこだわっていたらいいチームはつくれないでしょう。同じ考え方の人といっしょに仕事するのは楽かもしれないけれども、いろいろな考え方がないといいものはできないと思います」
今後、どんなブルワリーをめざしていますか?
「今よりおいしいビールを造っていきたいというのがありますけれど、ただおいしいビールを造っているだけではなく、弊社のコミュニティや町の人たちをポジティブにできる会社でありたいと思っています」
ご地愛やアクティビズムのコンセプトとつながる。京都を愛してやまない。
2015年、京都醸造のタップルームをオープンしてから約半年、とてもうれしいことがあったと言う。
「当時はスタンディングしかなかったのですが、その席で近所の人たちが集まって楽しそうに飲んでいたのです。私は勝手に、タップルームに寄ってくれるのは観光で来た人だと予想していたのですが」
近所の住民が知り合いを連れて来るようになり、コミュニティのたまり場になり、つながる場になった。
「コミュニティのハブになれたのがとてもうれしい。
京都には保守的なイメージもあるかもしれません。でも、私たちはそれを感じていません。タップルームに来るお客さんは、旅の人が来ればすぐ話しかけます。人と人のつながりを大事にする街。私はそう思っています」
京都でクラフトビールを造りたかった、だから京都醸造と名づけた。今、京都とクラフトビールを造りたいと願っている。クラフトブルワリーはおいしいビールを造るだけでなく、町にいろんなものを育てていくのだと思う。
京都醸造 京都府京都市南区西九条高畠町25-1 https://kyotobrewing.com