低山ブームの火付け役!? 酒場詩人・吉田類のNHK『にっぽん百低山』が地上波放送開始!
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    2022.04.03

    低山ブームの火付け役!? 酒場詩人・吉田類のNHK『にっぽん百低山』が地上波放送開始!

    世は低山ブームだ。昨今のコロナ禍で、密を避け気軽に自然と触れ合える場所として、これまで山に興味のなかった人たちも、身近な低山へ足を運ぶようになったのが要因のひとつだろう。

    そのブームに一役買っているテレビ番組がある。コロナ禍前の2019年からNHK BSプレミアムで放送されてきた『吉田類のにっぽん百低山』だ。そして2022年4月、同番組はNHK総合毎週水曜昼12:20放送に移行する。

    これまでBSで平均月一放送だったのが、地上波で毎週放送という異例の昇格。その理由を探るべく、メインキャストを務める酒場詩人の吉田類さんとNHKエンタープライズのチーフプロデューサー・国沢五月さんに話を伺った。

    「酒場のカリスマ」の知られざる横顔を垣間見る

    『にっぽん百低山』のロケで、故郷・高知の横倉山と仁淀川をバックに。

    まずは酒場詩人・吉田類さんをまだご存じない方に、その人となりを紹介したい。

    高知県仁淀村(現・仁淀川町)生まれの吉田さん。若かりし頃は画家としてヨーロッパで活動。その後帰国し東京の下町で暮らしはじめ、イラストレーターに転身。同時に主に酒場をテーマにした取材活動も行う。さらに俳句愛好会「舟」を主宰。

    2002年には立ち飲みブームのきっかけとなった『東京立ち飲みクローリング』(交通新聞社)の取材・執筆を担当。それを契機に、翌年BSーTBS『吉田類の酒場放浪記』の放送が始まる。

    時に若干呂律が回らない状態で大衆酒場をリポートする、その飾らないキャラクターが大いに受け、今や約20年続く長寿番組だ。現在吉田さんは「酒場のカリスマ」として左党だけでなく、もはや下戸からも幅広く親しまれる存在になっている。

    そんな吉田さんだが、実は自然を愛する「山男」だということは、あまり知られていない。これまで酒場を舞台に活動してきた吉田さんが、なぜ山に魅せられ、なぜこの番組のオファーを受けたのか?インタビューは吉田さんのアトリエにて行なった。

    少年時代の原風景が蘇った渓流釣りとの出合い

    アトリエのバルコニーからは、周辺の町並みや山々を一望することができる

    ――「酒場詩人」で知られる吉田さんが、実は「山好き」というイメージを持つ人はまだまだ少ないと思います。山や自然を好きになったいきさつを教えてください。

    吉田 僕が生まれ育った高知県仁淀川町は、平家の落人伝説が残るほどの山奥でした。近くには「最後の清流」と言われる仁淀川の支流があり、そこが僕の少年時代の恰好の遊び場。河童のように毎日その川に通っていました。

    台風で増水した時でも泳いだり、吊り橋のワイヤーの上を歩いたり、今考えれば危険なことも平気でやっていましたね。けれどそれが体幹強化やバランス感覚を養ったのかもしれません。

    自宅の周辺の豊かな自然林でも駆け回っていました。今は植林され、森は変わってしまいましたが、当時の桃源郷のような光景は、僕の原風景として心に刻まれています。

    ――そこから関西に引っ越しをして、その後渡欧されるわけですが、いつから山へ本格的に登るようになったのですか。

    吉田 帰国後、東京の下町に住み始めた30代の頃、編集者とあきる野市の秋川の河原で、渓流釣りと句会を兼ねた芋煮会を開催しました。その時釣竿を持って川の中に身を置いたら、子どもの頃の体験が突如フラッシュバックしたのです。そこから一気に渓流釣りと俳句にハマり、自然の中に入っていくことになりました。

    ある時、釣り仲間が「大井川の源流部に尺イワナが乱舞している」という情報を耳打ちしました。それを確かめるべく、南アルプスの白峰三山に連なる登山道を越えて源流部に至るルートを計画。単独で山に入りました。ところが途中で道に迷い、二昼夜山中をさまようことに。

    装備は軽装で食料もほとんどなく、幻覚や幻聴まで感じるほど心身共に衰弱しました。結局何とか生還しましたが、あれはまさに遭難事故。それを機に、万全の装備を施し、各地の山へ足を運びはじめたのです。

    山形の朝日連峰での山行時の一コマ。当時、ザックの上には常に愛猫からし君をのせて歩いた。(写真提供:吉田類さん)

    以来、渓流釣りも兼ねつつ、日本アルプスをはじめ各地の山を楽しんできた吉田さん。白神山地への釣行の際、雨を避けるため北上し、北海道まで辿り着く。そこで初めて見る北海道の雄大な風景に感動し、5年間ほど通うことになる。大雪山系の山々を登り、時にはクマ撃ち名人と共にヒグマを追うなど、ハードな山歩きも経験してきた。

    先述の『吉田類の酒場放浪記』の番組内では、いつもほろ酔い姿の吉田さんしか画面を通して見ることができない。一方で著書『酒場歳時記』(NHK出版)、『酒は人の上に人を造らず』(中公新書)、『酒場詩人の美学』(中央公論新社)などには、いくつもの山のエピソードが描かれ、吉田さんの山男としての一面を知ることができるだろう。

    40代の頃、北海道日高山脈アポイ岳山頂にて。(写真提供:吉田類さん)

    およそ30年後の現在、同じアポイ岳にて。(写真提供:吉田類さん)

    日本アルプスから高尾山まで経験しても驚かされる低山の魅力

    滋賀県甲賀市の飯道山のロケで、番組の導入部を撮影するため山頂を背にポーズをとる。

    ――日本アルプスはもちろん、北海道でのヒグマ追跡など、様々な山行を体験してきた吉田さんが、低山(同番組では標高1500m以下と定義)の番組のオファーが来た時にはどう思いましたか?

    吉田 アトリエの近くの高尾山、札幌の藻岩山などはトレーニングを兼ねてよく登っていたから、その面白さは知っていたので、快くオファーを受けました。ただやはり、山の本当の素晴らしさは3000m級の高山にあると、番組収録が始まるまでは思っていました。

    ――ということは、番組収録が始まってから心境の変化があったのですか?

    吉田 例えば北アルプスからの眺望は、どこまでも続く雄大な山並みが魅力だと思います。一方で低山はすぐそこに人里が望め、そこから人間の息づかいがリアルに感じられます。それは高山とは異なり、ある意味絶景だと思います。

    六甲山に登ったときには、北に丹後の山並みを遠望し、南に船が行き交う瀬戸内海、そして神戸の町並みが手に取るように見渡せたのには驚きました。

    また、低山ひとつひとつに歴史や地元に伝わる物語があることも知りました。小説のモデルとなった強力(ごうりき)ゆかりの茶屋がある山、ハイキングコースとは別に厳しい修験道がある山など、新しい発見の連続で日本の山の奥の深さを再認識していますね。

    下山後の一杯も同番組のお約束シーン。吉田さん曰く「この一杯を楽しむまでが登山です」。飯道山下山後、近江牛を肴に同郷という店主と一献。

    ――番組では最後にその山に対する俳句を一句詠まれます。酒場も山も俳句に適した素材が多い場所だと思います。この番組を見た視聴者の方も、山に登って「俳句を詠んでみよう!」と思う方もいるかもしれません。そんな時のために作句のコツを教えてください。

    吉田 「山岳俳句」というジャンルもあるくらい、山と俳句は相性が良いと思いますよ。

    ただ最近の傾向として、夏井いつきさんのテレビで行なう見事な添削の影響もあるのかな(笑)、「評価されよう」と思って詠む人が多いような印象があります。

    まずは評価や点数は脇に置いておいて、季重なり(1句に季語が2つ以上入る)は避けるなど基本的なルールを守った上で、独自の視点から自由に詠むのがいいんじゃないでしょうか。ぜひ自分の素直な気持ちを五七五で表現してみてください。そうすればきっと楽しめるはずです。

    ――番組で詠んだ句でお気に入りの一句を挙げてください。

    吉田 奈良・龍王山を書家の逢香(おうか)さんと登った際に詠んだ句かな。逢香さんの絵とコラボできたのが楽しかったですね。

    「狐火や筆を止めたるあとの闇」

    龍王山にはジャンジャンとうなりを上げて飛ぶ火の玉(狐火)の伝説があるのです。一方で逢香さんは絵を描き終え筆を置いた瞬間に静寂が広がるそうです。その二つの世界を表現してみました。

    ――この番組のロケで気をつけていることはありますか。

    吉田 番組では主に女性ゲストと共に山へ登ります。例えばトレッキング経験豊富な市毛良枝さんから登山経験がほとんどない雛形あきこさんまで、体力・経験共に幅広い方たちと登ってきました。

    登山経験がない人でも山を楽しんでもらえるように、というのはいつも考えていますね。辛い登山はさせたくないですから。

    もう一つは怪我をしないこと。幸いにしてこれまで事故もなく、皆さんが「楽しかった。また登りたい!」と喜んでくださっているのは嬉しいですね。

    ――番組が始まり約3年になろうとしてますが、反響を教えてください。

    吉田 最初の頃は山中で出会った一般の登山客の方から「今日はお酒を飲んでないの?」と珍しがられることも多かったですが、最近では「百低山と酒場放浪記の両方見てます!」と言う方もかなり増えましたね。

    そのうち『にっぽん百低山』が浸透すれば、酒場で出会う人たちに「お酒も飲むんですか!?」と驚かれる日が来るかもしれないね(笑)。

    酒場と異なる類さんを通じて、身近な山の物語を知るきっかけになってほしい

    同番組のチーフプロデューサーを務めるのが「NHKエンタープライズ」の国沢五月さん。これまで国沢さんはプロアドベンチャーレーサー田中陽希さんの『グレートトラバース』や、日本一過酷な山岳レースとして知られる『トランス・ジャパンアルプス・レース』など、ハードな山番組を数多く手がけてきた。

    そんな国沢さんが、なぜ対極とも言える「低山」をテーマにした新番組を企画したのか、その思いを聞いてみた。

    NHKエンタープライズ・チーフプロデューサーの国沢五月さん。学生時代にはオリエンテーリングを通じて自然と親しんできた。

    ――これまで国沢さんが手がけてきた過酷な山番組と比べ、低山がテーマとは少し趣が異なる印象があります。

    国沢 先日放送が終了した『グレートトラバース』は、田中陽希さんが日本の名山301座を4年かけて人力で繋ぐ壮大な旅でした。回を重ねるごとに、田中さんの人間としての成長と共に、地元の人との交流が生まれ、彼らの山に対する思いや物語の存在を知ることができました。

    あまり知られていない三百名山でも、それぞれに歴史や物語があるのです。「身近な里山ならもっと物語があるはずだ」と、この『にっぽん百低山』の企画を思い立ちました。

    一見すればこれまでとは異なるようですが、実はかけ離れていない『グレートトラバース』のアフターストーリーとも言えます。

    ――それでは、なぜ吉田類さんをメインキャストに据えたのでしょうか?

    国沢 以前から山が好きだとは伺っていたので、一度『にっぽんトレッキング100』という番組に、北アルプスの船窪小屋からの中継でご出演していただきました。

    その時の吉田さんの山に対するモチベーションの高さに正直驚かされました。それ以降も同番組にご出演していただき、毎回とても楽しそうに登られる姿が印象に残っていたのです。

    またメインキャストは、文化人でありながら山を介して語れる方、山に登れるだけでなく土地の人と触れ合い、魅力を引き出せる方がふさわしいと思っていました。詩人という文化的素養をお持ちで、誰とでも仲良くなれる吉田さんはまさに適任でした。

    ――地上波に移行ということはBS時代の反響も大きかったからと思いますが、この番組の見どころとはどういった点でしょうか?

    国沢 視聴者の方からは「田中陽希さんと同じ山登りは無理ですが、吉田類さんが登る低山なら私も登れる」、「これまでの山番組と違い、歴史や文化にも触れ、リラックスして楽しめる」という前向きなご意見をいただき、手応えを感じています。

    地上波の昼に移ることで、「夜の酒場の吉田類さん」ではなく「昼の低山の吉田類さん」という、これまでと違う吉田さんをお見せすることができます。

    そんな吉田さんが、その山をどのように楽しまれ、登られているのかをぜひ見てほしいです。また地元の人との交流で、その山がどんな存在だったのかも掘り下げたいと考えています。

    この番組を通して、皆さんの身近な山を見つめ直し、「日本人にとっての山とは何だったのか」を考えるきっかけになってもらいたいですね。これからも吉田さんの体力とご相談しつつ、タイトル通り100座を目指して、番組作りに取り組んでいきます。

    折からのブームもあり「手軽に楽に登れる」という軽いノリで、低山へ足を踏み入れがちかもしれない。しかしルートによっては危険な箇所や神聖なエリアもある。

    今一度、自分の身近にある低山としっかり対峙し、隠された歴史や物語を紐解いてみてはいかがだろうか。「にっぽん百低山」はそのヒントを与えてくれる新たな山番組になりそうだ。

    『にっぽん百低山』

    放送日時/<NHK総合>毎週水曜昼12:20〜

    ・吉田類のにっぽん百低山(NHKオンデマンド)

     

    私が書きました!
    ライター・カメラマン・編集者
    藤川満
    札幌の情報誌編集長を経て独立。現在は神戸に拠点を設け、各地でアウトドア・旅行・グルメ・酒などをテーマに雑誌、Web等で取材を行っている。四万十川や仁淀川をはじめとするカヌーツーリングやトレッキング後に楽しむその地の地酒に目がない。手抜きキャンプ飯を得意とするが、なぜか「山メシの達人」としてTV出演もあり。吉田類氏とは同郷のよしみで長年の山仲間。

     

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