その区間はいまいち歩く気がしなかった
東日本大震災の被災地を一本の長い道でつなぐ「みちのく潮風トレイル」を、レストアした自転車「ケルビム」で旅した。
設立段階からアドバイザーの立場で関わっている僕は、2013年からセクションハイクのスタイルで断続的にみちのく潮風トレイルを歩いてきたが、仙台市周辺の海沿いのルートに関してはいまいち歩く気が起きなかった。
断崖の絶景が続く自然豊かな三陸海岸と違って、この区間は新たに整備された直線的な道路が多く、単調な風景が続く。震災以降に建設された防潮堤に遮られて海は見えず、集落も少なく、人々とのふれあいも期待できない。災害ボランティアなどで何度か訪れて見慣れた土地だから景色に新鮮味も感じられないし、舗装された路面は足に負担がかかって疲れる。積極的に歩く気になれない区間なのである。
世界的に有名なスペインの巡礼路、カミーノ・デ・サンティアゴが自転車や馬に乗った旅人にも巡礼証明書を発行しているように、みちのく潮風トレイルもゆるくていい。修行じゃないんだから、全行程を歩かなくてもいいんじゃないかと思い、自転車で旅することにした。
旅の拠点として活用したのは「名取トレイルセンター」だ。
みちのく潮風トレイルの本部として、各コースを紹介した地図やパンフレットがあるだけでなく、歩く旅の文化を発信する施設として書籍や資料も展示されている。みちのく潮風トレイルの開設を提唱したバックパッカーの加藤則芳さんの愛用品や著作を紹介したコーナーもあり、バックパッキングや歩く旅に関するイベントもたびたび開催される。
ちなみに、アウトドア関連の書籍コーナーにはみちのく潮風トレイルの旅を収録した拙著『シェルパ斉藤の遊歩見聞録』や『ニッポン10大トレイル』なども置いてある。
昨年の秋には野営場もオープン。アメリカのアパラチアントレイルに設置されているシェルターを模倣した休憩スペースがあって、テント泊のハイカーを積極的に受け入れる姿勢に好感が持てる。オートキャンプサイトが4,620円~に対して、ハイカーのフリーテントサイトがひとり880円~の料金設定も良心的だ。
防潮堤をサイクリングしながら考えた
名取トレイルセンターから新しくできた道路を南下したが、海と道路を隔てる防潮堤を見たらその上を走っている自転車を発見。ならば僕も走ろうと防潮堤に上がって、自転車を走らせた。
まっすぐで平坦なコンクリートの道が彼方まで続く。浜には無数の消波ブロックが延々と積まれている。莫大なる税金を注ぎ込んで自然の海を人工物で固めてしまっていいのか、と正直に思う。部外者ではあるけれど、税金を払っている日本国民としての正直な感想だ。
でも地元の人々がこの地で安全に暮らすためには不可欠な建造物だったのだ。作ってしまった以上は、この工作物を積極的に利用したらいい。乗り入れを明確に禁じていないんだから、自己責任で防潮堤を歩いたり、自転車で走ればいいと思う。
浜辺には流木のアートがあちこちにあり、僕は道草を食いながらゆっくりと防潮堤を走った。
1日目の宿泊は、角田市の『ゲストハウス66』だ。角田駅から歩いて1分もかからない場所にあって、鉄道の旅人にとっても都合のいいゲストハウスだが、オートバイや自転車の旅人にとってもありがたいゲストハウスである。かつて店舗として使われていた建物をリフォームしてあり、1階のフロアにオートバイや自転車を乗り入れることができる。
2万年前のキャンプの痕跡が!
2日目は阿武隈川を渡って、名取市内の熊野神社と熊野本宮社を参拝。仙台市内では、地底に埋もれた約2万年前の森の遺跡を展示したミュージアムを見学した。旧石器人がしたであろう焚き火や野営の痕跡が見られる稀有なミュージアムである。
仙台市内の宿泊は、『ゲストハウス梅鉢』だ。予約時にオーダーすればオーナーの加賀真輝さんが調理師の腕前を振るって作った夕食が提供され、スタッフと食卓を囲める。生後3か月の愛娘、ひかりちゃんもいるものだから、ほんわかとした空気に包まれたアットホームなゲストハウスだ。世界のビールや『地酒3種飲み比べ』など、アルコール類も充実したゲストハウスである。
かつてスペイン料理店だった宿での偶然事
3日目は国道45号を走って石巻方面に向かった。
国道45号は自転車の安全を確保するために自転車のピクトグラムと青色の矢羽型路面表示が路面に描かれている。自転車の意識づけがされているおかげで、ドライバーはサイクリストに気をつかって慎重に運転してくれる。おかげで交通量が多くても、安心して車道を走ることができた。
石巻の宿泊は、その名も『YADO』だ。震災後にスペイン料理のレストランとして開業した建物を、地元出身の環境活動家の宮城了大さんが受け継いで、ゲストハウスに改装した。レストランだったゲストハウスだから、厨房は当時の設備がそのまま残っている。火力が強烈なバーナーや大型オーブンなどのプロ仕様のキッチンは、料理好きにはたまらない魅力だろう。ここでチャーハンを作りたいと、腕を振るう宿泊者もいるとのことだ。
僕はここに1泊して帰るつもりだったが、偶然の出会いにより、連泊することになった。どんな出会いがあり、どんなドラマが生まれたかは、『BE-PAL』2022年5月号の「シェルパ斉藤の旅の自由型」を読んでもらいたい。『YADO』での出会いで、僕は旅人としてのモチベーションがさらに上がった、とだけ記しておこう。