みんなに行けといわれて
「エステルゴンに行った方が良い」「エステルゴンは見逃せない」
ドナウ川源流地域ドイツからエーゲ海沿いのトルコを目指すカヤック旅の道中、いろいろな人が口を揃えて滞在を進めてくれた町が、ハンガリーのエステルゴン。ハンガリーで一番大きな大聖堂がある町なのだそう。
ゴシック様式の豪華な教会建築なら、この旅の途中、ドイツやオーストリアでたくさん見てきたけれど、それでも行くべきだとみんなに勧められるエステルゴンって、一体どんな場所なんだろう?そんな期待に胸を膨らませてエステルゴンの町を目指して漕ぎ進める私を、その圧倒的存在感で迎えてくれたもの。それは、教会ではなく、ズバリ、川に浮かぶ鉄骨の廃墟でした。
廃墟を支える二本足のコンクリートの土台。その向こうにうっすらとドーム状の頭を覗かせているのがエステルゴンの大聖堂なのですが、それよりこのよくワカラン構造物を前に大興奮。私、廃墟に萌える体質なんです。
廃墟の絶景ビュー
早速、廃墟の目の前の一番眺めが良い砂浜にテントを張りました。それから廃墟探検へ。
カヤックが流されないように繋いで、コンクリート部分をよじ登って潜入です。
建物の内部につながる長い階段は、あちこち木の踏み板が抜けている状態。鉄の部分だけ踏んで慎重に上っていきます。
少しだけ調べてみたところ、この場所はその昔、採掘業が盛んだった時代があったらしく。この廃墟はその名残りだそう。川の真ん中に取り残され、壁も屋根もほとんど朽ち落ちてスケルトン状態になっています。その昔、採石物を集積して積み替えるのに使われたと思われる、巨大な鉄の漏斗状の構造物も階段の途中に見えました。
階段を上り切ると、今度は古い角材の一本橋が出現しました。その先に続く部屋はあちこち床が抜けてギリギリのところで鉄骨に引っかかっている状態。どこを踏んで良いのか分からないので、探索はここで断念。くやしー!
エステルゴンのキャンプ場
もちろん、「こんな廃墟の前でキャンプしたくない」というカヤッカーもいるはず。でもご安心ください。町の中心部へとつながる橋のすぐ手前に、キャンプ場を併設したカヤッククラブがあるのです。
私はハンガリー語が話せないし、キャンプ場の管理人のおじさんは英語が話せない。言葉はまったく通じないけれど、カヤック旅でこのキャンプ場を利用する人は少なくないらしく、トイレはこっち、シャワーはあっちと案内して、荷物を運ぶのまで手伝ってくれたナイスガイ。彼は以前、スズキの自動車工場で働いていたのだとか。エステルゴンにスズキの工場があるらしいのです。製造業を通してこの町の経済に貢献している日本の企業があったなんて、驚き。
ちなみに利用料はチェックアウトするときの後払いで、ハンガリー通貨のフォリントなら1,600フォリント。ユーロなら5ユーロとのこと。スロバキアとハンガリーの国境沿いにあるこの町では、お財布の中でユーロとフォリントが混ざって、ぐちゃぐちゃになってしまうのは私だけではなく、旅人みんなが通る道なのでしょう。ここではどちらの通貨も受け取ってくれるそうです。
海外旅行の定番トラブル発生⁉︎
さて、私が適当に野宿しないでしっかりとキャンプ場を利用するときは、「シャワーが浴びたいから」というのが大きな動機でもあります。しかし、ここで問題が発生。シャワーの水が臭いのです。なんというか、ほんのり硫黄に近い匂い。気のせいかと思って浴びましたが、あとで髪を嗅いでみると、やっぱり臭い。シャンプーの香料と硫黄みたいな匂いが混じって、とんでもない臭さに。
あとで気がついたのですが、手洗い場の蛇口の水も臭い。だけど3つ並んだ蛇口のうち、2つは臭くないのです。あのシャワーも複数並んでいたから、私が使わなかった方は臭くなかったのかも?ハズレを引いてしまったのかなあ。シャワーにまつわる問題は海外旅行の定番トラブルでもありますが、今回の旅で初めて遭遇してしまいました。
エステルゴンの見どころ
忘れちゃいけないエステルゴンの見どころである大聖堂は、行ってみると確かに大きい。ハンガリーで一番大きいというのも納得の大きさです。
エステルゴンの町の歴史は長く、10世紀から13世紀の間にはハンガリーの首都が置かれていた時代もあるそう。だけどこの大聖堂、じつは比較的近代に建てられたものだとか。
大聖堂建造の構想が練られたのが1820年頃で、最終的に完成したのが1869年なのだとか。つまり、エステルゴンに一番活気があった時代は、この大聖堂が建てられるよりずっと前ということ。当時は立派なお城が崖の上にそびえていて、それを囲うように7つの教会が建てられ、そこがエステルゴンの中心地になったそうです。その後、戦いによって失われた教会のいくつかを集約するのに近い形で、現在の大聖堂が建造されたのだとか。
私がこの町を訪れたのが、2022年3月24日。数日前から急に気温が上がって春めいてきた頃です。町の広場には、満開のお花。今あるエステルゴンと1000年近く前のエステルゴンは、きっとまったく違う町。だけど当時もこうやって町のどこかに花が咲いて、「ああ、春だなあ」なんて呟く人がいたはず。
この記事は、「ドナウ・ベント」で書きました
エステルゴンは、ドナウ川の地理を知る人たちの間では、「ドナウ・ベント」とも呼ばれている場所。上流ではこれまでほとんど東西の向きに流れていたドナウ川が、エステルゴンでほぼ直角に進路を変えて、ブダペストに向かって南北に流れ始めるというのがベントの由来。
そしてちょうど、その直角のベントにあるのが、この砂浜。見よ、この絶景。
こんなに開いた場所でキャンプすると落ち着かないのではないかと思う人もいるかもしれません。でも、それはまったくの逆。こういう開放的なキャンプにすっかり慣れて、甘やかされてしまった私は、キャンプ場を利用すると窮屈に感じてしまうのです。
キャンプ場は、敷地を柵に囲まれていて、近くを自動車や人が通ったりするもの。それに比べると誰もない川岸での野宿の方が、私にとってはよっぽどプライベートな空間なのです。
勧められた有名な観光スポットに限らず、各地の絶景に予期せず出会い、それを存分に楽しめること。これは旅程のお尻を決めずにのんびりと川を下る旅の良さかも。1日どれだけ進まなくちゃいけないとか、そんなことは考えずに「この絶景の前で寝たい」そう思った時にテントを張る解放感。「攻めたアウトドア」的なカッコよさはないけれど、このユルイ感じが、私にはちょうど良いのです。