ブダペスト、ドナウ川に浮かぶカヤッカー
こんにちは!ドナウ川の源流地域ドイツから、エーゲ海沿いのトルコを目指してカヤック旅をしているジョアナです。大自然の中を漕ぎながら、ドナウ川沿いに気になる街を見つけては、歩き回って探索する日々。もはや最近は、漕いでいる時間より歩いている時間の方が長いかもしれないと思えるほどで、カヤック旅なのか散歩旅なのか分からなくなっている今回の旅…。そんななか、「ここまで来たら10日間がっつり滞在するぞ!」と到着を楽しみにしていたのが、ハンガリーの首都・ブダペスト。
ブダぺストという街は、ドナウ川を挟んで西側がブダ、東側がペストという、2つの街が合併して現在のブダペストになったそう。どちらも古い歴史があることから、ドナウ川クルーズの目玉としてたくさんの大型観光船が行き来しています。一見すると、カヤックが入る隙などなさそうに思えるブダペストですが、びっくり仰天!そこで私が出会ったのは、カヤッカーに優しい激安の宿と、船の家で生活する一家でした。
1階にカヤッククラブ、2階に安宿
カヤックで旅をするときの一番の悩みは、町を観光する間どこにカヤックを保管するのか?という問題。きっと自転車やバイクで旅をする人も同じ悩みを抱えているはず。人が誰も来ない大自然の真ん中ならまだしも、人通りがある街中で乗り物を適当に放置して盗まれようものなら、一大事です。
そんな旅するカヤッカーがブダペストで目指すべき場所が「アイランド・ホステル」。
ドナウ川に浮かぶ大きな島ごと公園化した都会のオアシス・マーギット島にあり、建物の1階にカヤッククラブ、2階にホステルという珍しい造り。つまりカヤッククラブ併設のデッキを使用して上陸、交渉次第でカヤックを預けてそのままベッドに泊まれちゃう。最高です。
今回私が泊まったのは、2段ベッドが5つ並んだ男女共用10人部屋で、なんと一泊1,000円ほど。ブダペスト中の同様の安宿と比べてもかなりの破格。電車旅のバックパッカーやオンライン講義を受けながら旅する大学生など、まだコロナ禍の影響があるなかでもほとんど満室の人気宿。
しかしせっかく久しぶりのベッドなのに、じつはよく眠れなかった私。毎晩、森の中で一人でテントで過ごす夜は、生活音がまったく無かったから、今度は雑音に対してやけに耳が冴えてしまうようになったのです。少なくとも3人はイビキの大きい人がいて、そしてある晩、隣のベッドで寝ていた男性が発した「This is bull shit!!」の声で目を覚ました私。どういうわけだか、向かいのベッドの別の利用客が、ベッドを勘違いして潜り込んでしまったそうなのです。靴も履きっぱなしだったし、もしかしたら酔っ払っていたのかも。
しかし、こういう安宿ならではのトラブルこそ、「旅してる」っていう実感を引き立たせてくれたりもするのです。
ちょいと小話
ブダペストという町は、貧乏旅行者が口を揃えて「良かった、楽しかった」と評価する町。少し昔、『地球の歩き方』をお守りに世界を旅する日本人バックパッカーが多くいた時代には、ブダペストにもたくさん集まったそう。
世界には、日本人だけが泊まる安宿というものがあって、それをバックパッカー用語で「日本人宿」と呼ぶのです。日本食や、日本語の漫画も楽しめて、なにより言葉が通じない旅の途中で疲れた日本人を癒してくれる、そんなブダペストの日本人宿が「アンダンテホステル」です。
実際に行ってみると、古いビルに確かに宿の表札が。しかしインターホンを押してみましたが、残念ながら現在は閉業中とのこと。旅をする若者はたくさん見かけますが、日本人はほとんど見かけません。新型コロナのせいか、あるいはその前から、日本人バックパッカーは絶滅に近い勢いで減っているのかもしれません。
私は、貧乏旅行へ向かう人の心と、山やアウトドアに向かう人の心は、どこか似ているところがあると思うのです。持てるだけの荷物を詰めて、自分が見たことがない世界を探しにいくところ。そして、孤独を嫌なものと思わないところ。
世界から消えつつある日本人の旅人が、代わりに向かったのはどこなのか?もしかしたらそれは、日本国内の山や大自然のなかなのかも。そうだったら良いなあ。
ドナウ川最北のハウスボート
ブダペストの安宿にチェックインする前日、川岸でキャンプしていると、どこからともなく現われたのが珍しい風貌のモーターボート。どこが珍しいのかというと、それがインフレータブル式の畳一畳くらいしかない小さなイカダで、そこにモーターを積んでいたこと。
「ソーリー、アイドンスピーク、ハンガリアン」。そういう私に、「ユースピーク、イングリッシュ!ザッツグッド!」と返事が。
「僕たちは、あっちにあるハウスボートに住んでいるんだよ。よかったら明日、遊びにおいでよ」。でも彼が指さす方向にちょうど太陽が沈もうとしていて、眩しくて何も見えません。っていうか、ハウスボートって?
翌朝あらためて確認してみると、そこにあったのは、屋根にソーラーパネルを積んだ立派な船。なるほど、「ハウスボート」というのは、船をベースに作った家のこと。ちなみに船を保管しておくために屋根がついた場所は、英語で「ボートハウス」というそうです。
このハウスボートのご主人は、趣味でヨット競技をしているのだとか。若かりし頃は、ヨーロッパアルプスでスキーやアイスクライミングを愛した、生粋のアウトドア好き。
「家の脇に浮かんでるヨットが見えるだろ、あれは俺のじゃないんだ。去年、ヨットで黒海まで旅するっていうドイツ人が、急用で帰国しちゃって。それで、今度の夏に旅を再開するまで、ここで預かってるんだ」。どうやら、彼はドナウ川を旅する旅人を見つけては、拾って家に招待しているらしいのです。
それにしたって、ヨット競技も、船を家に改造しちゃうのも、素人が始めるにはかなりハードルが高いはず。「一体どうやって?」と尋ねると、「俺は船職人なのさ。そして僕の父もね。これで大体、説明がついてしまうのさ」。とにかく彼は、その道の人らしいのです。
今回の旅でハウスボートを見たのは、これが初めて。おそらくドナウ川最北のハウスボートです。それもそのはず、ハンガリー国内でハウスボートの係留許可をもらうことは、かなりの困難が強いられるそうで。それは普通に家を建てるよりも煩雑でお金がかかる手続きだったそう。「もしもう一度同じことをするかと聞かれたら、答えはノーだね」と。
「せっかくだから、泊まっていくといい」。そのお言葉に甘えて、まるまる一週間滞在させてもらうことに。
船の家の暮らしは、都会に住みながらも日常にアウトドアの楽しみを全面に取り入れた、贅沢なものでした。家のご主人は朝、出勤前に家のデッキからカヤックを下ろして近所を漕いだり。また、家を係留している土手沿いにランニングしたり。何より良いのは、川の上なので隣近所に誰もおらず、幼稚園に通う子供達が家の中で存分に騒いで遊べること。
船の家の生活を体験して、意外だったこと。それは、家が船であっても、そこに住む人々は当たり前に普通の社会生活を送っていて、良い意味で、必ずしもノマドではないということ。子供たちは朝になると幼稚園に行って、そして大人は仕事へ行きます。
そばを大きな船が通ると、窓の外の水面が歪むのが見えて、それからちょっぴり遅れて家が揺れます。それ以外は、ごくごく普通の生活をしているのです。
キッチンの蛇口から出てくるのはドナウ川の水を濾過したもの。私もドナウ川の水でカレーやスパゲティを作りました。具材は、子供たちが好きなコーン入りで。
飲み水は市販の水ですが、お風呂やトイレ、加熱調理に使うお水はドナウ川の水です。排水は、何重にも濾過してドナウ川へ戻します。
ガスは基本的に使わず、暖房は薪で、コンロと給湯は電気。最近、電線を引いてきたそうですが、以前はソーラーパネルで発電していたそう。オフグリッド生活です。
この記事は、「シンプル・ケルト」で書きました
カヤックで旅しながら記事を書く。そんな私が今回この記事を執筆する場所に選んだのが、廃墟バー「 Szimple Kert(シンプル・ケルト)」。
廃墟になったビルを丸々一棟、探検できるバーとして改築した場所。
船の家の暮らしを体験して思ったこと。それは、川下りをしながら、ほぼ毎日テントで暮らしている私は、実質、ホームレスでもあるということ。だから、将来自分がどんな家に住むのか、正直想像もできません。ただ船の家の生活を体験してわかったのは、世の中にはいろいろな暮らしの可能性があるということ。アウトドアと社会生活のバランスの取り方があるのです。
旅をすることの楽しさの一つは、世界のいろいろな暮らしに触れられること。たくさんの暮らしを知ったあとなら、将来自分がどんな生活を選んでも、「それは数多ある選択肢のなかから、確かに自分が選んだもの」として納得できるかも。
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