ローカル色豊かなクラフトビールの人気が高まっている。地域に根づかせようと奮闘してきたブルワリーがある。
福岡市に創業して22年になるブルーマスターはコツコツとクラフトビールの世界を支えてきたブルワリーのひとつである。創業者で代表の加藤秀則さんにインタビューした。
名ブルワリー「ブルーマスター」はなぜ誕生したのか
博多駅から地下鉄に乗って15分ほどの別府(べふ)。そこから歩いて数分の所に建つブルワリー「ブルーマスター」。車の行き交う別府橋通りからは大きな看板が見える。
代表の加藤秀則さんはこの地で21年、マイクロブルワリーを経営するブルーマスターである。そして2012年からは、博多をはじめ九州各地でビアフェスを開催してきたイベントマスターでもある。
小さなブルワリーで造るビールってなんだ?
加藤さんとクラフトビールの出会いは1993年。日本の地ビール解禁前まで遡る。当時、製缶会社に勤め、ビール缶の研究開発をしていた加藤さん。サンプル缶を各地から取り寄せて調べていると、その中にアメリカの小規模ブルワリーのビール缶がたくさんあった。
「アメリカにはこんなにたくさんビールがあるのか。どのように造っているのだろう?」
もともとビール好きだったこともあり、小規模なビール造りというものに興味がわいた。
1週間の休みを取ってアメリカ・カリフォルニア州へ。90年代、アメリカではクラフトビールのムーブメントが始まっていた。加藤さんはレンタカーを借り、ロサンゼルスからサンフランシスコへ、クラフトビールブルワリーを訪ねて北上した。初めてのアメリカ、初めての左ハンドルで20軒以上のブルワリーやブルーパブを見て回った。
パブの奥に設えた小さな醸造施設でビールを造っている。見たこともないさまざまな種類のビールが造られている。できたてのそれを町の人々が飲みながら談笑している。
客の希望のレシピ通りに醸造してくれるBOP(Brewing On Premise)という仕組みを備えた店もあった。驚き以外の何ものでもなかった。加藤さんはすっかりアメリカのクラフトビールに魅せられて帰国した。
地ビール解禁。しかしフルーツビールがない!
日本でも小規模ブルワリーが可能になる酒税法改正が近いことを、加藤さんは仕事柄、何となく気づいていた。「アメリカであんなにたくさんのブルーパブがあるなら、日本でもできるに違いない」。
地ビール解禁後、加藤さんはブルワーを目指す。
1995年1月には、「缶より中身を造りたい」と製缶会社をスパッと退職。ロサンゼルスに通ってビール造りを学ぶ。当初は、日本にできはじめた地ビール会社に就職するつもりだった。ところが、どうも就職したい醸造所が見つからない。
「私はアメリカでたくさんのフルーツビールを飲んできたので、これを造りたかったのですが、その頃はフルーツビールを造っている醸造所はひとつもありませんでした。ないなら仕方ありません、自分で造ることにしました」
初期の地ビール時代はドイツやチェコなどヨーロッパの伝統的なビール大国から醸造師を招いて技術を学ぶブルワリーが多く、アメリカ系のクラフトビールを造っていたブルワリーはごくわずかだった。
酒類製造免許を取得するのは、「それだけで1時間は話せます」(加藤さん)というくらい苦労した。揃えた書類は厚さ3センチに。個人事業主がブルワリーを起こすという前例がなく、ハードルがとっても高かったことを物語る。
2001年5月に創業。アメリカ・カリフォルニアのブルーパブをお手本としていた加藤さんは、醸造設備はすべてアメリカの会社にオーダーメイドして取り寄せた。麦芽やホップなどの原料もアメリカの原料会社から直輸入している。
創業当初からフルーツビールにこだわった。素材は地元のものをと福岡のブランドいちご「とよのかいちご」と練乳を使用して造った「ホワイトストロベリー」が第1号だ。それから毎月のようにフルーツビールを造った。現在は「とよのかいちご」の後継ブランド「あまおう」を使っている。その他、「おそらくスイカと梨以外は造りました」(加藤さん)と、あらゆるフルーツにチャレンジし、毎月のようにリリースしていた。
横浜ビアフェスで行列ができた「かぼす&ハニー」
2006年にはかぼすを使った「かぼす&ハニー」を醸造。大分県出身の加藤さんが満を持して造ったフルーツビールだ。
これが2008年に開かれた日本地ビール協会主催の横浜ビアフェスでブレイクする。数百のビールが出品される日本有数のビアフェスである。
「私の記憶する限り、そこにフルーツビールは1本もありませんでした。ウチはこの時が初めての出店で知名度もありませんから、初めは自社ブースにはまったくお客さんが並びません。それが最後の1時間になって100人ほど並んだのです。それが3日間、続きました」
翌2009年にも出店すると、今度は初日から人がブースにあふれた。そして開催中に行われる入場者による人気投票では1位を獲得。
柑橘類とビールがこんなにマッチするなんて…。多くのビールファンを、そしてブルワーを唸らせ、驚かせた。
今では柚子やすだちなどの柑橘類、桃やリンゴ、トマトや赤じそに至るまで、果物や野菜を副原料に使ったビールは珍しくない。地域の生産者やJAとブルワリーが協力し、廃棄物のアップサイクルも行われ、地域の人々にとっても身近に感じられるビールが生まれる。
そんなフルーツビールの黎明期に、ブルーマスターの「かぼす&ハニー」のヒットがあった。
“10万人が来場するビアフェス”が九州で誕生するまで
フルーツビール人気もあってかブルーマスターのビールは福岡市内では堅調に伸びていった。
とはいえ時代は2000年代。地ビール暗黒の時代である。九州では2000年を最後にビアフェスもなかった。加藤さんのビール仲間が2010年、九州ビアフェスティバルの開催に乗り出した。しかし、なかなか思うように集客できなかったようだ。
「次回、やってくれないか…」と白羽の矢を立てられたのが加藤さん。「東京あたりと違って、他にやる人がいなかったんですよね」と、2012年から実行委員長を引き受けた。
加藤さんはビール屋さんである。イベントの企画や開催などまったくの門外漢…だったが、それから着々とイベントの集客数は伸びていった。会場は福岡市内のホテルから繁華街にも近い福岡市役所前広場へ、そして広大なスペースが取れる舞鶴公園へとスケールアップ。じわじわとクラフトビール人気の波も受け、2019年のゴールデンウィークには10万人が来場した。
その翌年にやってきたのがコロナ禍である。
全国でビアフェスは軒並み中止になった。そんな中でも加藤さんは智恵を絞り、協賛者を求めて奔走した。手を挙げてくれたのはLINE福岡。イベント会場のフードオーダーをテーブルにいながらできる「モバイルオーダーシステム」を共同で開発した。段ボールやビニールシートでパーティションを設置、人数制限、できる限りの準備をして県・市の許可を取り付けた。
2020年秋、“歩き回らない”異色のビアフェスが「BEERS OF JAPAN FESTIVAL」として初開催された。
「会場内を歩き回るのがフェスのいいところなんですがね。とにかく、ビアフェスを止めてはいけないという思いでした」と、加藤さんは振り返る。
商業施設の直営店はクラフトビールのアンテナショップに
「ららぽーと福岡」に直営店を出店した理由
2022年4月、博多駅からバスで20分ほどの場所にオープンした「ららぽーと福岡」の中に、ブルーマスターは直営店を出店した。場所柄、訪れるお客さんは九州全土から、さらに遠方からの観光客、インバウンドで賑わう。
その1階にある直営店を訪れて驚いた。ブルーマスターのビールのほか、全国各地のクラフトビールが100種類ほど並んでいる。さらにはワインや日本酒、鹿児島の蒸留所によるウイスキーまで並ぶ。
「お土産を探しに来られるお客さんが多いので、ウチだけでなく九州のクラフトビールも置いています。また、海外を含め九州以外から来られる方も多いため、日本各地のビールやお酒も。逆に九州の方には、日本各地のおいしいクラフトビールやお酒を知っていただく場になればと思います」
加藤さんは長年のビアフェス開催の経験から、全国各地のブルワリーとつながっている。それらからチョイスされたビールが並び、さながらクラフトビールのアンテナショップ、ひいては日本の酒のセレクトショップになり得ている。
まだまだ続くイベントへの挑戦
今年のゴールデンウィーク、加藤さんはこの広場で「BEERS OF JAPAN FESTIVAL 2023ららぽーと福岡」を開催した。ふだんのビアフェスとは異なる客層、家族づれや観光客なども集まった。
「クラフトビールのファン以外へ裾野を広げていきたいと思っています。その意味では商業施設の広場で開催できてよかった」と、次なるファンづくりの手応えを話す加藤さん。
今年9月には、博多の繁華街にある天神中央公園で「BEERS OF FESTIVAL2023福岡」を開催した。同時に、九州各地の名物料理を集めた「九州オータムフェスティバル」も開催。
こちらはフードだけではない。大分県別府からは足湯体験を、アジア最大級の熱気球大会の地、佐賀県からは熱気球の展示。宮崎県からは元知事の東国原英夫氏をトークイベントに招待し、そのトーク相手を加藤さん自身が務めた。九州のいいものをギュッと集めたようなイベントである。
もともと「九州うまいものフェスティバル」というフードフェスも加藤さんが企画し、ここ5年ほど前からはビアフェスと共催しながら継続している。こうしたイベントの会場探しから出店者やスポンサーの誘致まで、加藤さんが奔走している。
「なんだかイベント開催が私のライフワークのようになってしまいまして」と笑う加藤さん。「前回よりいいイベントにしたい」という気持ちが、少しずつイベントを育て、広がってきたのだろう。
「ふだんは大手のビールを楽しんでいる人がたまにクラフトビールを飲もうかなと思ってくれて、その中の1本にウチのビールが入っていればいい」と話す。
ファンはまだまだ増える。選択肢もどんどん広がる。そんな明るいクラフトビール界を感じさせる福岡のブルーマスターだった。
ブルーマスター福岡県福岡市城南区別府1-19-1
https://www.brewmaster2002.com