カヤックで国境って越えられるの?
ドナウ川をカヤックで旅することを友人に伝えると、まず聞かれたのが、この質問。「国境ってどうやって越えるの?」
ドナウ川は、ドイツからウクライナにかけて10か国を貫いている。ヨーロッパの物流機能を担っていることから「国際河川」といって、原則として国籍や船の大きさに関係なく、誰でも川を通行して良いことになっている。ただし、自由なのは川の上だけで、国境を跨いで陸地に上がるときは、入管(出入国管理窓口)を通ってパスポートにスタンプを押してもらう必要がある。
幸い、これまで通過してきたドナウ川下りの旅の前半部分にあたる、ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリーはシュンゲン協定加盟国。それらすべてをひとつの国とみなす形で、観光などの短期滞在者の出入国管理をしている。よって、ドイツからハンガリーまでは、入国審査もなく、カヤックで川を下っていたらいつの間にか隣国に突入しているのが常だった。あっけないものである。
ドキドキなのは、シュンゲン協定非加盟国に突入するとき。ドナウ川下り初めての入国審査は、ハンガリーからセルビアへ渡るときのこと。果たして入管はどこにあって、一体何を聞かれるのか…。ドキドキ。
モハーチの税関が、見つからない
はじめに、国境を越えるのに必要なステップを整理しよう。
- ステップその1:出国する前に、最寄りの入管でパスポートに出国スタンプをもらう。
- ステップその2:入国したら、最寄りの入管で入国スタンプをもらう。
本当に、たったこれだけのことなのだけど、困ったことに入管の場所が分かりにくくてなかなか見つからなかったりもする。
私がハンガリーで立ち寄った最後の町が、モハーチ。ここの公園でキャンプをして、いざ、入管探しへ。
まず向かったのが、町の観光案内所。入管について尋ねると、隣町に向かって3km先にあるとのこと。お、おかしい。それだと、船の人が入管を通るのに、川沿いではなくかなり内陸まで行かないといけない。
続いて警察署で同じことを尋ねてみると、やはり、案内されたのは3km先の入管。しかしあらためてカヤックであることをアピールしたところ、どこかに電話をかけて確認してくれた。そして地図を指差して示してくれたのは、キャンプ地から約1kmの川沿いにあるらしい。
ハンガリーとさようならする前に、両替して余った小銭をすべて使ってしまおうと、途中のパン屋で買い食い。パンを片手に意気揚々と入管まで向かうも、そこにあったのは、なんと製鉄工場。おかしい、示してもらった場所は、たしかにここなのに。工場の人に尋ねては迷い、また尋ねては迷い、ようやく入管を見つけた。
ステップその1 :出国スタンプをもらう
飛行機での入国審査と違うのは、カヤックに関して書類を一枚書くこと。カヤックの名前、大きさ、何人乗りで誰が乗っていて、どこから出発してどこへ向かっているのか。これは大型船で書かされる書類と同じものらしく、船の重さの記入欄はトン単位で、各種検疫についての質問欄もある。明らかにカヤックでは記入できないようなものが出るたび、「あのー…。私、カヤックなんで…。」と言うと、係員が空欄に棒線を引いて「これでヨシ」と。
ステップその2 :パスポートに入国スタンプをもらう
ハンガリーで出国スタンプをもらったら、次にセルビアに入国スタンプをもらいに行く。
出国スタンプが押されっぱなしのまま、まだどこにも入国していないことになっているパスポートで、川の上をフラフラ移動するのはソワソワする。この状態は、まるで自分が世界のどこにも存在していないみたいな。そんな不思議な気分。
セルビア入国審査のために目指す町は、バティナ。以前紹介した、イスタンブールの船の家のご主人が教えてくれた。「バティナに着いたら、でっかい船がふたつ並んでいて、そこで入国手続きができるんだ。船に大きな可動式の階段がかかってるから、行けばすぐにわかるよ」
だけれど実際に行ってみると、その大きな船は、錆だらけのボロボロで、そこで入国審査をやっている様子はまったくなし。
不安だが、裏にカヤックを留めて、土手を上ってみる。
それらしい建物を発見。すぐ隣の商店にいたおじさんが、税関だといっていたから、間違いない。だけど、入口のドアノブが壊れている。捻っても手応えがなく、どの角度でも、押せば扉が開く。開くのだが、「ンギギィィーーーッ」と。そう、まるで稲川淳二の怪談に出てくるみたいな音がする。
中に入ると、広間を囲うようにして何枚かドアが並んでいる。順番に確認していく。1枚目、鍵がかかっている。2枚目、開くと室内の窓ガラスが割れていて、机も椅子も埃を被っている。3枚目、ドアの隙間から薄灯が漏れているが、どうやら重い本棚か何かでドアが開かないようにされているらしい。
宝くじ屋さんみたいな小さな出窓に張り紙がしてあるが、セルビア語だけで英語が添えられていない。まったく読めない。
ここは本当は廃墟なんじゃなかろうか。そんなことが頭をかすめつつ、階段で2階に行ってみると、ようやく人間に出会えた。
パスポートに、スタンプが欲しいと、大きめのジャスチャーを交えて伝えると、また一階に連れて行かれた。私が唯一トライしなかった扉が、正解だったらしい。
「この子、一人でカヤックで来たんだってー!あっはっはー!!」多分、そんなことを言って係官にバトンタッチ。
「船で来たら、特別な書類がいるんだ。えっと、担当者は…。うん、今、外出中だね。20分待ってよ」と言われて40分近く待った。
特別な書類、というのは、ハンガリーを出国したときに作成したもののセルビア版。出国時に、この書類の控えにサインをもらって、次に入国する国に提出するシステム。つまり、入管を通るたびに紙が1枚ずつ増えていく。カヤック旅なので、濡らさないように、気をつけないと…。
なにはともあれ、無事に、パスポートのスタンプをゲット。
ドナウ川下り、セルビア編の行く末に乞うご期待!
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