竪琴なのに、なぜかベガは地上に降り立つワシ
七夕といえば、日本では織姫と彦星の年に一度の逢瀬の物語が有名です。天の川をはさんで光る2つの明るい星が、そうしたロマンティックな連想を育んだのでしょうか。
今回は、織姫と彦星で知られること座のベガと、わし座のアルタイルの正体をご紹介しましょう。
ベガ(こと座)とアルタイル(わし座)、デネブ(はくちょう座)の3つの1等星を結ぶと、夏の大三角形になります。7月前半の21時では、まだ上の図のように南東の空に、斜めに架かって見えます。特にベガとアルタイルは明るいので町中でも見つけられるでしょう。
こと座の起源をたどると、星座が形づくられるようになった古代バビロニア(紀元前1000年くらい)の時代には、ヤギに見立てられていました。それから長い時をへて、古代ギリシア(紀元前4世紀以前)には、竪琴に見立てられていました。
しかし、「ベガ」という名前は、ギリシア語でもラテン語でもありません。星座は古代ギリシアからやがてアラビアに渡りますが、ベガはアラビア語で「降り立つワシ」を意味する「アン=ナスル・アル=ワーキ」が語源になっています。ベガを中心にした3つの星を結んだVの字が(下の図)、翼を畳んで地上に降りるワシの姿に見立てられたのです。
それにしても、星座の名が「琴」のに、なぜその中心になるいちばん明るい星がアラビア語経由の「降り立つワシ」のままなのか?不思議ですね。どうやらギリシア星座が伝わる前から、アラビアではベガをワシと呼んでいたようです。しかし、アラビア語の本当の意味をあまり理解しないまま、ヨーロッパに伝えられ、「ワーキ」の部分が「ベガ」という発音で根づいてしまったのではないかと思われます。
一方、日本では「ひこぼし」の名で知られるアルタイル。こちらの語源もアラビア語由来で、「飛翔するワシ」という意味です。
上の図のように、アルタイルを中心に前後の星3つをつなぐと、ほぼ直線になりますが、これが翼を広げて悠々と飛ぶワシの姿に見立てられているのです。
このようにベガとアルタイルは、アラビア語つながりで、降下するワシ/飛翔するワシという、セットでもあるわけです。こと座もわし座もワシだった……のです。
何羽いるのか?ギリシア神話にはワシがたくさん
こと座もわし座もギリシア神話に由来をもちますが、こととワシがペアで出てくるエピソードはありません。
こと座は、音楽家のオルフェウスの竪琴。または、同じく音楽家のアリオンの竪琴として登場します。「ギリシア神話」というのは原典が1つではありません。いくつものバージョンがあり、どれが本物とか本流というものではありません。そのため竪琴の持ち主も何通りかあるというわけです。
わし座には4つくらいエピソードがあります。有名なのは、ギリシア神話の主神ゼウスが、美少年ガニメーデスをさらうためにワシに化けたというものです。ガニメーデスは水瓶座の少年です。ゼウスはお酒の酌をさせるのにガニメーデスをさらったのです。まったく。
もうひとつ紹介します。ゼウスが幼いころ、父親に殺されないようクレタ島の洞窟にかくまわれていたとき、ワシが毎日ゼウスに食事を運んできたというエピソードもあります。
ひこぼし、あるいは牽牛をイメージさせる物語はギリシア神話にはありません。七夕の物語の由来は中国の後漢時代(1〜3世紀)あたりにあるようです。日本に伝わってからは、日本独自の物語として言い伝えられ、今に残る年中行事として親しまれています。七夕の夜、ベガとアルタイルが空に見えたら、その不思議な由来も思い出してみてください。
構成/佐藤恵菜