未知の標高、3776mに挑む登山
富士山は多くの人を魅了し、毎夏たくさんの人が富士山頂を目指しています。初めて本格的な山登りをする人、お子さん、海外から登りにくる人など、さまざまな方が往来しています。
私は登山歴10年のころ、初めて富士山のてっぺんに行きました。それは、過去の山登りとは全く異なるものでした。24時間を通じて登る人が多いこと、山なのに人工物が多いこと、細々とお金がかかること、世界文化遺産の登録など……。
しかし、何といっても特別なのは、「3776m」という圧倒的な標高。この記事で私が伝えたい「高山病のリスク」が、断トツに高い理由です。
高山病になるかならないかは、富士登山の成否を大きく左右します。絶対にリタイヤしたくないという思いが強いなら、高山病対策はマストです。
CONTENTS
富士登山の大きな障壁、高山病
富士山は、国内で唯一、標高3500mを超えます。この「未知の標高」に挑むとなれば、登山経験者でも油断はできません。吉田ルートの八合目救護所(標高3100m)を受診する人のうち、66.1%が高山病の症状を訴えたという2010年のデータもあります。
そこで本記事では、「山のお医者さん」として東北の高校生たちを富士山登頂に導く活動にも携わっている、国際認定山岳医の稲田千秋さん監修のもと、富士登山に向けた具体的な高山病対策を3つの観点から紹介します!
しかし相手は自然。日本一の富士山です。対策を施しても、実際の登山がうまくいくとは限りません。慎重に準備を進めたうえで、当日は寛容な心で登山に臨みましょう。
高山病の原因と症状
高山病は、高地で酸素が少ない環境に体が適応できず、酸素が欠乏することによって起きる病気です。一般に、標高2500m以上で高山病を発症しやすくなります。なってしまうと、頭痛、倦怠感、吐き気、食欲不振などがあり、重症になると嘔吐やめまい、息切れなど複数の症状で、立っていることもできなくなります。
「標高2500m以上で高山病を発症しやすい」といっても、たとえば高齢者や、体に不調を抱えている方などは、それより低い標高でも発症することがあります。人の体は、酸素の少ない環境に体を慣らそうとする機能があり、じつは標高1500m付近から、徐々にこの順応の働きをスタートさせています。とすれば、若くて健康な大人であっても安心はできず、標高2500mより低い標高から高山病に注意している必要があります。
症状の軽いうちは、深くしっかりとした呼吸と水分補給で、標高に体を慣らす対処ができますが、症状がひどい場合は、標高を下げなければ治せません。つまり、登山をやめて下山します。
高山病の予防と対策
もしあなたが、標高2500m以上の山に毎月登り、山中で宿泊もしている方ならば、山慣れして体力があり、高度に適応した状態で富士登山をスタートできます。問題は、そうではない初心者や、ブランクのある登山者です。
じつは私自身がそうでした。当時登山歴10年とはいえ、子育てで標高2000mの山も行けていない状態。とても不安だったので、富士山に登る前から高地を意識した計画を立て、準備を始めたのです。
1.事前トレーニング
登る前のトレーニングが、じつはとても大事です。
◇山に登って力をつける
山登りをして体に負荷をかけ、体の使い方を覚えて筋力を強化、心肺機能を改善しておきます。「重い荷物を担いで登山道を登る」「長距離のトレイルをスピーディに移動する」「岩稜帯のある山を登る」など、テーマを変えて何度か山を登れればバッチリです。
◇酸素の少ない高所を体験する
人は高地の環境に、体を適応させる能力をもっています。この順応に時間がかかるため、富士登山は「ゆっくり時間をかけて登ろう」と指導します。富士登山の前にも高地で過ごす時間を持てていれば、体はその標高に適応しやすくなります。また、自分が「どのくらいの標高では高山病の症状が出ない」という確認ができることも大きなメリットです。
標高の高いところに長く滞在、できれば宿泊すると効果はUP! 私は事前トレとして、標高約1600mにある霧ヶ峰キャンプ場で泊まって過ごし、翌日標高1925mにある車山をめざしてトレッキングしました。この標高でも十分効果を期待できるそうです。
こうした事前トレは、富士登山の1か月前から1週間前のあいだで複数回おこなえると有効です。
2.高山病になりにくい登山計画
登山計画も重要項目です。以下を確認してみましょう。ただしツアー登山では、泊まる場所、時間などが決められているため、登山計画を立てることはありません。その場合は、1と3の予防策をしっかり取り入れて!
◇ご来光を山頂で拝むことにこだわらない
富士山には1泊2日で登ることが多いです。そのとき、山頂で日の出を迎えることを目的にすると、たとえばこんな登山になります。「1日目にできるだけ標高の高いところまで登って泊まりたい」「日の出時刻に間に合うように急いで登ろう」「もっとも気温の下がりやすい時刻に、もっとも過酷な環境である山頂部に滞在していた」など。いずれも体に負担をかけて危険です。
7~8月の登山シーズン中、日の出は東北東から昇ります。吉田ルートと須走ルートはその方角を向いているため、天気次第ではありますが、山頂に達していない山小屋や道中からでも、ご来光を拝むことができますよ! ご来光=山頂で、という考えを、まず捨ててみましょう。
◇標高の低い山小屋に宿泊する
山頂でご来光を拝むことへのこだわりを捨てたなら、宿泊する山小屋は低くても構いません。高山病は、急に高所に上がり、そのまま長時間滞在すると発症しやすいうえ、寝ると呼吸数が減り、高山病を助長します。1日目に宿泊する山小屋は、なるべく低い標高がいいのです。
私は吉田ルートの7合目(標高2700m)付近に宿を決めました。頂上まで標高差1000mほどありますが、仮眠後、深夜2時に再出発し、ゆっくり登りました。
◇まず5合目で1時間以上滞在
登山口となる富士スバルライン五合目は標高約2300m、富士宮口五合目は標高約2400mと、すでに高所。体を慣らすために少なくとも1時間は留まるのが、どんなガイドブックにも記載してあることです。ツアーやガイド登山でも、この対策はスケジュールに組まれているのでご安心を。お店めぐりや食事をしていると、1時間はあっという間!
3.当日できる高山病の予防策
最後に、当日に心がけることをお伝えします。
◇速度はゆっくり、深呼吸を心がけて
とにかくゆっくりと足を前に進め、合間に深呼吸を意識しながら登ります。時折休憩を取り、体力を回復して、疲れすぎないようにしましょう。
◇こまめな水分補給をする
高山の環境では、体の水分バランスが崩れ、脱水に傾きやすくなります。意識して水分の摂取を心がけ、脱水症を予防することが高山病にならないためにも大切です。歩きながら水分補給ができる専用の給水パック(ハイドレーションパック)を装備してもいいですね。
◇山小屋に着いたらすぐに寝ない
人は眠ると呼吸数が減ります。山小屋に到着したら、食事したり散歩したりして、標高に体を慣らしてから就寝するようにしましょう。
ここで私は、「高所登山の常とう手段(稲田医師談)」も取り入れました。「初日に宿泊する標高よりも、少し上の標高まで行き、戻ってきて泊まる」という方法。吉田ルートは登山道と下山道を分けているため強くおすすめはできませんが、私は疲れない程度に上の山小屋を往復してから、仮眠を取りました。
◇気になる富士山での飲酒は?
高山病予防の点からは、飲酒はNGです! 理由として、アルコールの利尿作用により脱水状態になりやすいこともありますが、「睡眠中の呼吸を抑制する作用」のほうが高所ではより危険です。そうはいってもアルコール好きの方は、飲みたいですよね。ご自身の高地順化の具合とよーく相談してくださいね!
私の高山病対策の結果は、◎
1~3の対策をした私の結果は、セーフ。幸い、ブランクが大きくても、高山病に苦しむことはありませんでした! 剣ヶ峰に向かう際に、少々の指先の痺れや息切れを感じて足が鈍りましたが、つらい症状は出現しませんでした。
ほかにも、睡眠不足を避ける、体の冷えを回避するなど、できる予防策はありますが、この記事では重要な観点をまとめています。
事前トレーニングから始まり、当日の天気や体調にも左右され、計画通りには事が進まないかもしれませんが、それでももしこの夏、日本最高峰に登ってみたいと思ったら。高山病に気をつけて、挑戦してみてください!
富士登山の基本を知ろう
富士登山オフィシャルサイト
富士登山についてくわしく知りたい場合は、最初に公式サイトを熟読するのがおすすめ。ルートの詳細から混雑予想カレンダー、さまざまなリスク、必須装備、気象など、すべて確認することができます。
高山病について教えてくれた人
稲田千秋 いなだ・ちあき
国際認定山岳医(Diploma in Mountain Medicine:DiMM)として日本の山岳医療発展のため活動する医師(形成外科医)。国内外で多数の経験をもつクライマーでもあり、ヨセミテ国立公園のビッグウォール El Capitan “The Nose” 完登やカナディアンロッキーでのアイスクライミングなど、幅広いスタイルで山に登る。ウィルダネス・メディカル・アソシエイツ・ジャパン および、カリマー・ジャパンのアンバサダー。2022年、出産を経て子育てという楽しみが増えた
https://www.instagram.com/terastudio.maribe/