ドナウ川を下る途中、ブルガリアで見つけたワイルド男が集まる秘密のカヤッククラブに潜入
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    2022.10.28

    ドナウ川を下る途中、ブルガリアで見つけたワイルド男が集まる秘密のカヤッククラブに潜入

    ブルガリア秘密のカヤッククラブのメンバー

    ブルガリア「秘密のカヤッククラブ」のメンバー。(右)トニーさん(中央)ジョーダンさん。

    秘密のカヤッククラブ

    ブルガリア・ヴィディンの町には、グーグルマップに載っていない秘密のカヤッククラブがある。

    ドナウ川をカヤックで下る旅の途中、私がいつも頼りにしていたのがカヤッククラブの存在。カヤックを収納する大きな小屋と、シャワーや練習設備がある施設のことで、観光に出かけるのにカヤックを預ける場所が必要なときは、いつも最寄りのカヤッククラブを検索して上陸していた。

    陸も川も、ベターっと平べったいドナウ川

    陸も川も、ベターっと平べったいドナウ川。ブルガリアにて。

    旅を始めた前半のドイツ、オーストリア、ハンガリーは、とくにカヤック人口が多く、川沿いにカヤッククラブが点在しているため困ることがなかった。だけど、どういうわけだか、ブルガリアに入った途端、カヤッククラブが検索に引っ掛からなくなってしまった。文字がキリル文字に変わって、うまく検索に引っ掛からなくなってしまったのだろうか。いや、それにしたって、ドナウ川沿いにカヤッククラブがまったくないハズはない。絶対、誰か漕いでるはず。

    「まあ、町の近くまで行けば、何か適当に見つかるだろう」

    そんな安直な考えでとりあえずヴィディンの町まで漕ぎ進めると、ビンゴ。まっすぐこちらに向かって漕いでくるカヤックの姿が見えた。

    「僕、マーティン。君は旅してるんだろう?僕のカヤッククラブに案内するよ!」この出会いをきっかけに、私は予期せずヴィディンに長居してしまうことになる。

    「これ本当に、カヤッククラブ?」

    マーティンが進んでいった先には、カヤッククラブらしいスロープも、上陸用の台も浮かんでいなかった。ガラス混じりの砂浜と、錆びかけた急な階段があるだけ。カヤックを担いで階段を登っていくと、あった。コンテナみたいなカヤッククラブが。

    急な階段を登った先にカヤッククラブがあった

    この急な階段を登った先に、カヤッククラブがあった。

    コンテナは夏の太陽に照らされて、扉を開けるとムワっと熱気が飛び出してきた。室内は、お酒を飲んだあとと思われるグラスがあちこちに転がっている。シャワーはない。壁の時計が示す時刻は、4種類だけ。「漕ぐ時間」「宝くじに当たる時間」「お酒を飲む時間」「掃除する時間」。

    「だけど、時計の針が掃除をする時間を指しているのは見たことないよ!ハハハ!」

    不思議な壁時計

    ピンボケしてしまったが、奥の時計が示す時刻は「漕ぐ」「宝くじに当たる」「酒を飲む」「掃除する」の4つだけ。

    こんなワルい大人の秘密基地みたいなカヤッククラブは初めてだったけれど、倉庫の中は珍しいカヤックでいっぱい。ヨーロッパの古いフォールディングカヤックもあった。

    室内のカヤック置き場

    ヨーロッパ製フォールディングカヤックはジョーダンさんの持ち物。

    持ち主のジョーダンさんは、フォールディングカヤックをこまめに修理しながら使っているという。ほかの棚にもフォールディングカヤックがいくつか並んでいて、こんなに集まっているカヤッククラブはかなり珍しい。正直、今までお邪魔してきたカヤッククラブで1番ボロくて汚いけれど、揃っているカヤックは私にしてみればお宝級だった。

    「ブルガリアの男なら、火を扱えないと」

    バーベキューを作るマーティンさん

    バーベキューをご馳走してくれるマーティンさん。

    マーティンさんがバーベキューをご馳走してくれることになった。バーベキューというと、準備もあと片付けも大変な1日がかりのアクティビティで、なかなか腰が重かったりするけれど、彼のバーベキューはとても手際が良かった。

    セルビアで買ったラキヤ

    セルビアで買った余りのラキヤをここで飲み切った。

    地面の窪みに焚き火を起こして、熾火になるまでお酒をチビチビやったら、バーベキュー用の網を置いて、肉を焼く。マーティンさんの自信作は豚バラ。昨日から冷蔵庫に漬けておいたらしい。漬けダレのコツは、コーラを少し入れること。ニンニクとコーラが入っていれば、あとは適当にスパイスを足せば失敗しない。

    「僕は田舎で育ったから、子供のころから火をつけるのを手伝ったりしてたんだ。ブルガリアの男なら、みんなやることさ」。彼にとっては、薪で調理することは日常的なことで、なんら特別なことではないという。

    サラダにはたっぷりチーズを乗せるのがブルガリア式

    サラダにはたっぷりチーズを載せるのがブルガリア式。パンも網で焼いたので、炭火の香りがして美味しい。

    そういえば、私の母方の実家、フィリピンの田舎でも、「ガスより薪の方が安い」と毎日、薪で煮炊きしている。フィリピンの叔母たちはそれを「貧乏臭い」と恥ずかしそうに言うこともあったが、私が思うに、肉でも魚でも料理を美味しくする一番のスパイスは炭火の香りだと思う。たとえ塩胡椒だけで味付けしたって、炭火で焼けばなんでも美味しい。私もいつか、田舎に住んで、気軽に薪で料理ができる生活をしたいなあ。

    ブルガリアの入国スタンプをもらおう

    さて私がヴィディンに来た一番の目的は、ブルガリアの入国スタンプをもらうこと。カヤッククラブから川沿いに15分ほど歩いたところに入国管理局があって、係官のおじさんが入口のベンチに座って、タバコでも吸いたそうな顔でドナウ川を眺めていた。係官が暇そうなのは、今まで通過してきたドナウ川沿いのどの入国管理局も同じだった。

    入国管理局の建物

    入国管理局。ビルが大きい割には、職員はほとんどいない様子だった。

    必要なのはまずパスポート。それからドナウ川下りの途中でハンガリーとセルビアでそれぞれ発行してもらったカヤックによる出入国記録を証明する書類を提出。

    10分くらい待って、スタンプが押されたパスポートと、新たにブルガリア版のカヤック出入国記録の証明書を渡された。拍子抜けしてしまうくらいスムーズだった。

    「一緒に川を下らないか?」

    カヤッククラブのソファは、ヤニとお酒の匂いが染み付いている。こう書くと嫌なソファに思うかもしれないが、そういう人間の生活感のあるニオイが、クサいながらもどこか心地よく、ぐっすり眠った翌朝。さて再出発するかとジョーダンの助けを借りてカヤックを浜まで下ろしたところで、やたら陽気な大柄の男がやってきた。彼の名前は、トニー。このカヤッククラブのリーダーだ。

    「もう1日、出発を待ってくれないか」。ジョーダンもトニーも、最近は日帰りのカヤックツーリングばっかりだったけれど、私を見て久しぶに泊まりがけでツーリングに出かけたくなったらしい。

    「明日から数日、仮病で病欠を貰うから。3人で一緒に川を下らないか」という誘いだった。旅は道連れ。ブルガリア人のキャンプスタイルを見てみたくなって、私は快諾した。

    浜で泳ぐ近所のおじさんたち

    浜で泳ぐ近所のおじさんたち。みんな海パンというより、ただのパンツで泳いでいる。泳いでいるのは男性ばかりで、女性はほとんどいなかった。

    約束の翌朝

    さて、翌朝、約束の時間になるとトニーは現われず、代わりに電話をくれた。せっかくだからトニーの彼女も連れて行きたいという話で、彼女の仕事の休みを手配するためにもう1日出発を延期したいという相談だった。

    家なきカヤック放浪旅をしている私にとって、1日の延期も2日の延期も大差はない。こうなったらもう1日、待ってみるか。

    しかし1日暇になったところで、とくにやることはない。

    カヤッククラブ近くにある要塞

    カヤッククラブ近くにある要塞。有料で中を探索することができる。

    昼間はヴィディンの要塞を散策して。夜はカヤッククラブの人と飲んだ。ダラダラした1日だった。

    お酒のおつまみの定番は、小魚の唐揚げ

    お酒のおつまみの定番は、小魚の唐揚げ。カリカリ香ばしくて、美味しい。

    一念発起!グータラとの決別

    3度目の正直となる出発の朝、トニーはまたしても現われなかった。電話をするといかにも体調が悪そうな声で、熱が出たらしい。残念だけど、今回は縁がなかったと諦めて、私一人出発することになった。

    もともとずっと一人旅だったから、何も問題はない。だけど何だろう、この喪失感は。フラれてしまったという悲しさもあった。けれどそれより、「どうせ時間ならあるから」と旅の数日間を無駄に過ごしたことで、自分は時間を浪費することをなんとも思わない自堕落なダメ人間であるような気がして、急に悲しくなった。

    カヤックの上でコーヒーで乾杯

    心を入れ替えた私に、乾杯。

    この日を境に、私は心を入れ替えて、天候が許す限り毎日少しでも必ず漕いで進むことに決めた。

    私が書きました!
    剥製師
    佐藤ジョアナ玲子
    フォールディングカヤックで世界を旅する剥製師。著書『ホームレス女子大生川を下る』(報知新聞社刊)。じつは山登りも好きで、アメリカのロッキー山脈にあるフォーティナーズ全58座(標高4,367m以上)をいつか制覇したいと思っている。

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