BE-PAL11月号の『シェルパ斉藤の旅の自由型』はもうご覧になりましたか? シェルパ斉藤親子3人が穂高連峰を縦走した3日間を綴った記事で、まさに山あり谷ありの楽しいレポートになっています。今回BE-PAL NETでは本誌連動企画として、長男の一歩さんの視点でお届け。バックパッカーの父とオートバイが好きな次男の南歩さんと歩いた山旅は、遠く離れた場所にいる旧友との記憶を呼び覚ます大切な時間でもあったのです。
シンプルな構造のワラーチでどこまで歩けるか
僕はワラーチと呼ばれる登山用サンダルにはまっています。
きっかけは1年前。ワークショップで自分の足型に合うサンダルを自作し、それ以来低山から八ヶ岳、熊野古道まで、いろんなフィールドをワラーチで巡ってきました。
ワラーチとは、メキシコの山岳民族が履く、走る用のサンダルです。構造はシンプルで、ビブラムソールにパラコードを結ぶだけ。草履や下駄の鼻緒をイメージすると分かりやすいと思います。
僕がわざわざワラーチ登山にこだわる理由は、素足で地面をとらえる感覚が妙に癖になったからです。
今年は9月3日から5日まで、北アルプスの穂高連峰を父(シェルパ斉藤)と弟(南歩)とともに縦走しました。上高地から横尾、涸沢、ザイテングラートを経て奥穂高岳と前穂高岳の稜線を歩き、重太郎新道で上高地へ下る2泊3日の旅です。
登山靴も持参しましたが、どこまでワラーチで歩けるか、根性だめしです。
横尾を過ぎて本格的な登山道に入ると、すれ違う登山者の目線が僕の足下に向きます。
「もう普通の靴に戻れないよね」と道中で出会ったワラーチ経験者が声をかけてくれましたが、僕も同意見です。
ワラーチのメリットは歩行スピードがあがること。靴の重さがないため足運びが楽なんです。おまけに蒸れもなく、涸沢までの道は生憎の雨模様でもワラーチの血流促進効果で少しも寒さを感じません。就寝時に足の裏から全身に伝わるポカポカした温かさは僕を幸せな気分にさせてくれます。
上りよりも下りがきつい
翌朝、いよいよ標高3000m超えです。もし山小屋の人やガイドの方にワラーチで歩くことを止められたら、素直に靴に履き替えようと思っていました。しかしそんな注意は受けませんでした。
僕は出会う人々へ冗談交じりに「修行です」や「宗教ではありません」と返答しておきました。
ワラーチで岩稜地帯を歩くときは足さばきをよく考え、靴を履いて歩く時のようにかかとから着地したり、爪先だけで踏ん張る行為はしません。着地は点ではなく面でとらえ、正しい足の置き場を一歩一歩考えて歩く。これも癖になると楽しいです。
ワラーチのいいところばかり語りましたが、デメリットもあります。
まず足が痛い。それに下りは危険です。とくに重太郎新道のような急勾配は足への負担が大きい。ときおり足が痛みましたが、おそらく足の裏にある臓器のつぼを刺激してしまったのでしょう。ずっと足つぼマッサージを受けている、そんなイメージです。僕は意識的にグーパー、グーパーと指先を広げて地面をとらえるようにしました。この指で踏ん張りをきかす動きが重要です。
上りはほぼコースタイムで歩けましたが、重太郎新道では雨に降られて足とワラーチの接面が滑りやすくなったこともあり、下りはコースタイム以上に時間がかかってしまいました。
かつて一緒に山を歩いたグレッグの思い出
最終日は上高地まで歩き、無事ワラーチで全行程を歩き通しました。クールダウンのために到着後は靴に履き替えたら、父に「順番が逆だろ」と笑われました。
怪我しなかったのは幸いでした。今回は単独行ではなく、父と弟が一緒だったから、多少の無理も許された環境だったと思います。ふたりに感謝です。
ワラーチを万人に推奨するつもりはありません。怪我のリスクと歩きやすさを考えたらトレッキングシューズのほうが断然いいと思います。でもワラーチは独特な世界がある。足裏感覚の歩行は今までとは違う景色を見せてくれるはずです。
後日、アメリカに住む友人グレッグに山のことをメールしました。グレッグは15年前、わが家にホームステイした交換留学生です。その前年、僕はアメリカのグレッグの家でホームステイした経験があり、彼と彼の家族とは今でも親交があります。グレッグと当時中学生だった僕、そして父と弟の4人で、15年前に涸沢を訪れました。日本の素晴らしい自然を見せたかったからです。今回は15年ぶりの再訪になり、僕たちは懐かしさを共有しました。その後大人になってから今まで、アメリカへ行くことはできていませんが、機会があったら再会したいとずっと思っています。
中学3年生の北アルプスでの夏休みは忘れ難い思い出です。グレッグとのお別れの日、バスに乗り込む彼を見送りながら、思春期の僕は普段感情を表に出すことはなかったのですが、その時だけは別れが辛くてたくさん泣きました。こらえても自然と涙があふれたのです。
そんな思い出に浸りながら帰途につきました。家に着いてもなお足は痛く、その痛みはワラーチで踏破した達成感の代償として、涸沢の風景に中学生の思い出を重ねながら、穂高連峰での3日間を振り返りました。
僕らの山旅の詳細は発売中のBE-PAL11月号の『シェルパ斉藤の旅の自由型』をご覧ください。
山梨県出身、大阪府在住。某アウトドアメーカーに勤務する30歳のサラリーマン。マイブームは愛車のクロスカブ110くまモンバージョンで旅すること。30歳を機にトライアスロンへ初挑戦しました。