町の人のハブになる、居場所になる西川口のブルワリーGROW BREW HOUSE
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    2022.10.17

    町の人のハブになる、居場所になる西川口のブルワリーGROW BREW HOUSE

    取材時は「平次」(ヘイジーIPA)、「西川橙」(サワーエール)、「神根セゾン青摘み」(フルーツセゾン)、「阿武隈スマッシュ!」(福島県阿武隈産のあぶくあホップを使ったエール)、「IRON GATE」(ビターエール)、「ちょんまげシャンディ」(シャンディガフ)がオンタップ。

    ブルーバーの隣は中国料理店

    JR京浜東北線・西川口駅の西口を降りる。駅前から並ぶ居酒屋、キャバクラ、バーなどに混ざって中国料理店が何軒も目に入る。西川口はいつからかリトルチャイナタウンに変貌していた。渡中がむずかしい今、気軽に本格の中華料理を楽しむなら、この町かもしれない。

    西川口陸橋通り沿いに建つブルーバーGROW BREW HOUSEの隣も、大きな中国料理店だ。

    代表の岩立佳泰さんは10年ほど前、IPAにはまって、ビールの勉強を始めたという。もともと料理の腕があり、前職は給食の調理人というキャリアの持ち主だ。

    「ビールづくりは料理に似ているところもあります」

    ビールづくりを研究しているうちに、まさに趣味が高じて本職になった。20193月、生まれ育った西川口にブルーバーをオープンした。

    にぎやかなカウンターで。左が代表の岩立佳泰さん、右がスタッフかつ日本ビアジャーナリスト協会所属の南原卓也さん。強力タッグでチャレンジングなビール醸造を続ける。

    町中でできることは何でもやる

    西川口は飲み屋はたくさんあるが、特に観光名所やアウトドアスポットがあるわけではない。ベットタウンとして、近年は外国人も増え、多様な人たちが暮らす町だ。

    ブルーバーの物件を探して地元の不動産屋さんに行き、岩立さんがブルーバー計画を熱く語ると、いい所があるよ、と表に出ていない物件を紹介してくれた。元木材店の空き店舗だ。居抜きにしてカウンターを造り、小さなブルワリーを設えた。

    GROW BREW HOUSEの店舗は元材木店。ロゴマークにはその材木店っぽさが残した。

    ビールは常時5~6種、提供している。つまみ料理は得意なものだが、GROW BREW HOUSEは、うれしい「つまみ持ち込み可」。隣の中国料理店で餃子をテイクアウトして、ここのカウンターでハフハフしながらビールを飲んでもいいのだ。中には、餃子のお代わりを買ってくる人もいるとか。

    本日のビールのラインナップ。ヘイジーIPAの「平次」などネーミングが楽しい。ビールの特徴はもちろん、ビール好きにとっては垂涎ものの原料の麦芽、ホップ、酵母の種類まで表示され、ビール話が止まらない。

    開店以来、GROW BREW HOUSEではいろんなイベントを開いてきた。たとえば、地元の中古レコード屋さんを呼んでレコードの視聴販売を行った。ビールを飲みながら古いレコードを聴く。ターンテーブルを持たない人が多い今、貴重な体験だと思う。

    近所の銭湯に協力してもらい、燻製ビールを造った。麦芽を銭湯の煙突の中にセットして、風呂を焚く煙で燻した。味はもうひとつだったそうだが、“銭湯の煙ビール”は、住民の話題になった。

    屋台販売にもトライ。三輪自転車に屋台を載せタップが2つで町中を移動販売。先述の銭湯の前ではよく売れた。ブルーバーで知り合った他の飲食店の人からは、「お客さんが喜ぶから」と店頭に呼ばれた。今もときどき出動している。

    カフェの前に、GROW BREW HOUSEの幸せの黄色いタップ三輪車。

    店をオープンしてから知り合いが増えたと岩立さんは言う。もともと地元なのだから知り合いも友人も多いのでは? と聞くと、「社会人になってからはここで働いていたわけではないので、そうでもない」とのこと。それがブルーバーを営業するようになって、町の人がポツポツ常連になり、この町に引っ越してきた新参者がフラリと寄るようになり、同業の飲食店の人が情報交換がてら通うようになり、知り合いが知り合いを連れてくるようになった。この町の住民と同様、客層は幅広く、多様だ。

    ブルーバーのカウンターに「キャロム」という見慣れないボードゲームが置いてあった。指先で球を弾くビリヤードといった感じのゲームだ。ほかにも「モルック」というボーリングの木材版のようなゲームがあり、そのチームがブルーバーのメンバーで結成されている。ビール片手にボードゲームで遊べる。ゲームセンターのようなブルーバーだ。

    インド発祥のキャロムゲームに夢中の大人4人。日本には明治期に伝わったようだ。現在、全国大会も開かれている。

    製造されたビールやイベントの写真集になっている。お店を通じて知り合ったデザイナーが毎年作成してくれるという。

    そうやってお客さん同士が仲良くなる。小さな店だし、微妙に斜めにレイアウトされたカウンターは立ち飲みスタイル。カウンターの上にはビール好き必見のメニュー黒板。構造的に、お客同士が仲良くなりやすいバーだと思う。

    「ここで知り合って結婚した人もいるんです」

    ここには飲み仲間で、GROW BREW HOUSEにはサイクリングチームもある。しかもマウンテンバイクとロードレーサー、それぞれのチームが結成されている。岩立さんもメンバーで、先日、秩父までツーリングしてきたという。バーをゴール地点に設定し、ゴール後に「お疲れさま、カンパイッ!」してからの解散になる。ツーリング企画としても最高のブルーバーではないか。

    架空の果物までつくってしまった

    岩立さんは西川口で生まれ育ち、現在も住んでいる。ことさら語ることはないが、この町への愛着はそこはことなく感じられる。

    自分のビールにローカルの味を出したいと常々考えている。しかし原材料の面では、特段、名産があるわけではない。

    それでも何かローカルを感じさせるビールを造りたい……。取材に訪れた日のタップに「西川橙」(にしかわだいだい)というビールがあった。スタイルはSOUR ALEで、柑橘系の酸味が香るエールだ。この西川橙って西川口の柑橘類ですか? とたずねると、「架空の新種の果物を使って造ったエールです」というお答え。架空の果物を使って醸造したビールなんて聞いたことがない。

    「そのへんに落ちていたものがよく調べたら新種の×××だった、なんて話を聞くことがあるでしょ? 西川橙がきっかけで川口に新種の果物が生まれたら面白いかな、と思って」と、岩立さん。地元産の原材料への期待が伝わってくる。

    タップの6番目のラインナップにあった「神根セゾン青摘み」は、川口市の神根地区で獲れたミカンを原料に使ったエールだ。こちらは架空ではなく、実在する果物。川口市のイベントからオリジナルビールを頼まれた際、川口らしい原材料といえば、神根地区のミカンしかなかったため、まだ熟す前の青いミカンを売ってもらって「神根セゾン青摘み」を造ったのだ。

    川口市のコーヒー焙煎店に協力してもらったビールもある。小規模なクラフトブルワリーでは焙煎された麦芽を購入して使うことが多い。しかし、「焙煎したての麦芽でビールをつくりたい」と、岩立さんは知り合いのコーヒー焙煎店に頼んでみた。「焙煎機に麦の香りが移るので引き受けてくれるところはなかなかない」そうだ。そうして焙煎したての麦芽でつくったビールは、やはり「フレッシュさがぜんぜん違う」ビールができた。

    苦労しながらローカルの味を求めてトライする。地元のいいものを見つけてビールを造り、ブルーバーを通して町に、地元にそれを知らせようとしているように見える。

    2019年にオープンし、コロナ禍を乗り越えて来たブルーバーが、町の人たちの待ち合わせ場所のような場に育っている。来年2023年春の4周年に向けての企画も動き出している。郊外の、陸橋沿いの小さなブルーバーが、町のひとつのハブになれることを物語っている。

    2019年にオープンしてから、通りが明るくなったともっぱらの評判だ。

    GROW BREW HOUSE
    所在地:川口市西川口1-25-8 
    http://home.att.ne.jp/alpha/caskandstill/grow_web/index_grow.html

    私が書きました!
    ライター
    佐藤恵菜
    ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@ダイムでも仕事中。

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