旅のついでに走るのか、あるいは走るついでに旅をするのか。その比重はケーズバイケースで異なりますが、私は見知らぬ土地に行くと、周りを走ってみて初めてその土地のことが少し分かったような気になります。今回の目的地は日本最南端に近い島々、八重山諸島でした。
成田空港からLCCを利用して石垣島へ向かうと約4時間で到着しました。空港の建物を一歩出ると、そこはもう南の島。12月上旬でしたので、本州はすでに冬の気配だったというのに、ここではTシャツと半ズボン姿で歩いている人の姿も珍しくありません。
美しいサンゴ礁の海岸に囲まれた石垣島は私にとってはまるで別天地のような土地なのですが、さらにその先にある八重山諸島のいくつかの離島へと向かうための中継地点でもあります。
石垣島フェリーターミナルからは竹富島、小浜島、黒島、西表島、波照間島といった島々に定期客船が就航しているのです。これらの離島には空港がありません。普通の観光客はフェリーでしか訪れる方法がないのです。
自分の足で移動することで見えてくるもの
私はそのなかから竹富島と黒島を選び、別々の日に石垣島から日帰りで行ってきました。石垣島を朝に出発すると、武富島へは片道約15分で着きます。やや遠い黒島でも約35分です。
フェリーターミナルに到着すると、観光ツアーで来ている人たちはそれぞれお迎えの車でいなくなります。ひとりでぽつんと地図を眺めていた私は「レンタサイクルは要りますか?」と声をかけられたりしました。島には公共交通機関がないので、個人観光客はそうするのが一般的なのでしょう。
ところが申し訳ないことに、私は自分の足で走って島を周るつもりで来ていました。恰好だって、普段のジョグをするときと同じなのです。
石垣島と比べても、これらの離島では人も車もぐんと少なくなります。所々に道路が切れる場所もありますが、海岸に沿って走っている限りは方角を失うことはありません。車はもちろん、自転車でも通れないような未舗装路でも自分の足でなら入っていくことができます。
こうしたスタイルで旅をするためには、健康な脚と根性が必要になります。とは言っても、武富島も黒島も周囲10キロ程度の大きさですし、起伏も少ないので、求められる走力レベルはさほど高くありません。散歩をするような感覚で素晴らしい景色を楽しむことができます。あちこちで寄り道をしたり、海で泳いだりもしましたが、それでも島をほぼ1周するのに3~4 時間くらいしかかかりませんでした。
そう、沖縄の海は12月でも泳げるのです。もっとも、海に入っていたのは私ひとりしか見ませんでしたが。海から上がって、また走り始めると、それだけでパンツは乾いていきます。
その間、食事も買い物もしませんでした。アメリカで登山やトレイルランをすると、よく“Take Only Pictures. Leave Only Footprints.” と書かれた看板を目にします。「とるものは写真だけ、残すものは足跡だけ」というわけです。それと同じことを実践したとも言えますし、島にまったくお金を落とさなかったということでもあります。観光に従事する人たちにはさぞ迷惑だったことでしょう。
なぜ離島を走って周るのか
今回に限らず、私は離島を走って見て回るのが好きです。以前、北海道の利尻島でも同じことをしたことがありますが、この島は1周約60キロもありますのでさすがに大変でした。
何もわざわざ離島に出かけて行ってまで走らなくてもよさそうなものですが、あえて快適さを犠牲にした方が得られる楽しみもあると思います。
椎名誠氏のベストセラー『わしらは怪しい探検隊』は日本各地の離島をキャンプして回った「東日本何でもケトばす会」のとても楽しい行状記ですが、ある長老隊員のこんな一言が出てきます。
「小さな島だといざというときワッとやれば占領できちゃうかもしれないからいいよな」
もちろん私はこれほど物騒ではありません。それでも気持ちは分かるような気がします。もう少し穏当な表現をするならば、小さな島を隅から隅まで見て走って回るのは低い山をハイキングすることに似ていると思います。
少々シンドイ思いはしますが、危険はごく少ないうえに、ちょっぴりですが達成感も味わえます。自分だけのお気に入りスポットを発見する喜びもあります。そしてスマホとランニングウォッチが旅の思い出を記録してくれるのです。元気のある人にはおすすめです。
米国在住ライター
角谷剛
日本生まれ米国在住。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。
世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員