自転車と鉄道を使って、紀伊半島の海沿いを旅した。
日本で「自転車&鉄道」の旅といえば、折りたたみ自転車やバラした自転車を輪行袋に収納して鉄道に乗る旅のイメージが強いが、そうではない。紀伊半島南部を走るJRきのくに線(紀勢本線)には、その名もサイクルトレインがあり、自転車をそのまま列車に乗せることができるのだ。
東は新宮駅から西は御坊駅までの区間、どの駅でも追加料金なしに乗客は自転車ごと列車に乗り降りできる。通勤通学の乗客が多い時間帯は避けなくてはならないが、それ以外の時間帯は自転車の乗り降りが自由で(土日は終日利用可能)予約もいらない。
漕ぎ疲れたら列車に乗って移動。あるいは交通量が多い区間をパスしたり、悪天候の場合に列車に頼ったりするなど、イージーでフレキシブルな自転車ツーリングが可能となる。
自転車ツーリングに適した国道42号線ルート
旅のはじまりは、延縄漁法による生鮮マグロの水揚げ日本一を誇る那智勝浦町だ。そこから白浜方面に向かって、1年前の秋にレストアした愛車、ケルビムのツーリングバイクを走らせた。
紀伊半島の海沿いを走る国道42号はほぼ平坦で、のどかな漁村の風景が広がる。交通量はそれなりに多いけど、国道42号は全長1200kmに及ぶ太平洋岸自転車道の一部でもあるため、路肩に自転車用レーンが表示されている。自転車と歩行者のみが通れる旧国道のトンネルもあって、自転車ツーリングに適したルートだといえる。
ちょっと寄り道!クジラを見に行く
那智勝浦町から6kmほど走って、すぐに寄り道をした。那智勝浦町の隣の太地町は捕鯨で栄えた町だ。落合博満の野球記念館もあるけど、やっぱり捕鯨関連の施設を見学しておきたいと思って「くじらの博物館」に入った。
クジラショーがちょうどはじまる時刻だったので、ショーが開催される天然プールに足を運んだが、冬の平日とあって、観客は僕を含めて7人しかいない。ショーを担当するスタッフの人数もクジラの頭数も、観客の人数とほぼ同じだ。ある意味、ぜいたくなショーともいえる。
ショーの内容はシンプルだ。イルカショーのように輪をくぐったり、ボールを跳ねあげたりするような凝った演出はなく、スタッフの合図でクジラがジャンプするだけだが、体が大きいクジラのジャンプはそれだけでも迫力がある。自然の風景に近い天然プールの素朴さがそう感じさせるのか、ジャンプだけでも存分に満足できるショーだった。
本州最南端の潮岬までペダリング
くじらの博物館を見学したあとは国道42号に戻り、本州最南端の潮岬に向かって自転車を走らせた。
どの駅からも自転車を乗せられるとはいえ、列車の本数は少なく、日中の白浜方面行きは4本しかない。自転車を漕いだり、サイクルトレインに乗ったりするパターンを繰り返して旅をするつもりだったが、列車の運行時刻とうまくタイミングが合わなかったし、ペダリングが快調だったため、潮岬までは自転車ツーリングに徹した。
いよいよサイクルトレインへ
潮岬に到達後は、本州最南端の駅である串本駅へ。Suicaをタッチしてホームへ入ったが、自転車を押して改札口を通る行為が新鮮に感じられる。してはいけないことをしている気になるんだけど、駅員さんは自転車を押す僕に会釈してくれた。
いよいよサイクルトレインだ。ホームに到着した2両編成の列車に自転車を押して乗り込んだ。
車内の乗客は5人しかいない。車両の隅には車椅子やベビーカー用のフリースペースがあって、自転車を置く場所として最適に思えたが、サイクルトレインのチラシには中央のシートに立てかけた写真が掲載されているので、それと同じように自転車を置いた。
僕の自転車1台でシート4席分くらいを占める。さらに自分も座るわけだから、5席分のシートを独占することになる。車内エチケットに反する迷惑行為のように思えてしまう。
車内が乗客で混みいってきたらフリースペースに自転車を移動させようと思っていたが、串本駅から白浜駅までの約1時間、途中駅で乗った利用客はたった2名だった。
なるほど。利用客がこんなに少ない路線だからサイクルトレインが成り立つんだな、と納得した。
サイクリストに優しいサービスの拡充に期待
普通列車に乗せられるだけでもすばらしいサイクルトレインだが、2022年の秋に内容がさらに充実した。特急列車でも自転車の乗り入れが可能になったのである。利用者は専用カバーを自転車に被せれば(専用カバーは特急列車が停車する駅で借りて、降車駅で返却する)、特急「くろしお」のサイクリスト専用車両に自転車とともに乗車できて、自転車をリクライニングシートに置ける。運賃と特急料金は必要だが、専用カバーのレンタル代も含めた追加料金はかからない。
サイクルトレインを導入して、赤字路線を有効活用したJR西日本の英断には拍手を送りたい。きのくに線と似たような赤字路線は全国にたくさんあるから、各地で導入したらいい。乗客が確実に増えるし、赤字路線は山間部やのどかな海沿いのエリアがほとんどなので、ツーリングを楽しみたいサイクリストにとっても都合がいいルートだといえる。自転車の旅も好きなバックパッカーとして、サイクルトレインの全国拡大を切に願う。
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