地域とともに生きるクラフトビールが増えている。まちの持続性を考えるクラフトビールブルワリーが増えている。旅先で、そんなブルワリーのビールと出合ってほしい。まちの再生プロジェクトの一環で始まったブルワリーが和歌山県の有田川町にある。Nomcraft Brewing(ノムクラフトブリューイング)の金子巧さんに話を聞いた。
ブルワリーを有田川町に。動いたのは3人の移住者だった
和歌山県のほぼ中央を、東西にまたがる有田川町。東は高野山へと続く山地、南へ下れば白浜。西には海。トレッキング、キャンパー、ランナー、自転車ツーリスト、釣り人など、いろんなアウトドア好きが訪れる町だ。
2006年に吉備町、金屋町、清水町の3町が合併し、その中央を流れる有田川にちなんで有田川町になった。現在の人口は2万6000人(2022年)。それが2040年には2万人ほどまでに減少し、「消滅する可能性のある自治体」に数えられる。2014年、元総務相の増田寬也氏が発表した地方都市消滅説が、日本各地にショックを与えた。こうした予測には議論の余地はあるものの、今後しばらく人口減が続く日本では、多くの自治体が限界を迎えるおそれはある。
町の将来を見据え、地元の有志がまちづくりチーム「Keep Aridagawa Weird」(以下AGW)を結成し、プロジェクト「ARIDAGAWA 2040」が始まったのは2015年のことだった。
Nomcraft Brewing(以下ノムクラフト)が設立されるのは、それから4年後の2019年。設立に動いた3名は全員、移住者だった。
はじめに有田川町にクラフトビールブルワリーの計画を持ち込んだのは、アメリカのシアトル出身のアダムさんと、ポートランド出身のベンさんのふたり。そして、ブルワリー立ち上げメンバーであり、今回のインタビューに応えてくれた金子巧さんは愛知県の出身。
アダムさんとベンさん、ふたりは日本に来てから知り合い、はじめは大阪でブルワリー開業を目指していたそうだ。しかし、たまたま大阪の百貨店で開かれていた物産展で有田川町のことを知る。大阪より自然環境に恵まれ、農産物も豊か。水もいい……と、ふたりは有田川を訪れ、そして、この町が気に入った。
そこに並行していたのが、まちづくりプロジェクト。当時、2016年に廃所になった田殿(たどの)保育所の活用について議論されていた。
クラフトビールブルワリーは町の活性化に資する。ブルワリーは町の人の居場所になる。大人も子どもも集まれる場所になるし、外から遊びに来る人たちのランドマークにもなる。新たなコミュニティを形成し、農産物の利活用にもなる……。ふたりの熱いプレゼンテーションを町の人に通訳したのが、たまたまそのとき有田川町を訪れていた金子さんだった。
金子さんはなぜそのとき、有田川町にいたのか。
有田川町では、まちづくりチームAGWが活動する前から、アメリカのオレゴン州の街ポートランドと交流があったそうだ。ポートランドは数十年前から自然と都市機能がバランスよく共生するまちづくりに取り組み、それが成功した都市として知られる。そんなポートランドのまちづくりを参考にしようと、AGWのメンバーがポートランドに視察へ行った。
その時期、たまたまポートランドに滞在中だった金子さんがボランティアで手伝っていた畑に、たまたまAGWメンバーが視察に来て、知り合った。それがきっかけで、金子さんは帰国後、有田川町を訪ねることに。そのタイミングで、アダムさんとベンさんの「ブルワリーはまちづくりに大きな役割を果たす」という熱いプレゼン会議が行われていたというわけだ。
金子さんはそのとき28歳。30歳まではいろいろ見てやろうと、世界を旅して回っていた。オーストラリアで飲んだペールエールに感動し、カナダではブルーパブでアルバイト。そこでさらにビール好きになり、その流れでポートランドに来たという。ポートランドはクラフトビール界でも注目される街だ。たまたまとは言え、金子さんが有田川の町でブルワリーの設立に立ち会うことになったのは偶然ではないように思う。
元保育所の活用法については当初、取り壊しも含めて検討されたという。保育所の後ろにあるお寺への参道を確保することを条件に、町の人は保育所をリノベーションして活用することを決めた。そして、元保育所の教室の1つにノムクラフトが入ったのだ。2019年5月、第1弾のビールが発売された。
「町の小さなイベント」で気楽に集まれる場所へ
元保育所はリノベされ、「THE LIVING ROOM」として生まれ変わっている。町の人がくつろげる場所として、また外から来た人をおもてなしする場所として。
町の人からのリクエストでTHE LIVING ROOMにはパン屋がオープン。女性からのリクエストで睫毛エステ店もオープン。保育所の職員室だった部屋はビアバーGOLDEN RIVERに。その隣に、ノムクラフトのブルワリーだ。創業から4年が経った。
GOLDEN RIVERではノムクラフトのできたてビールが飲める。ポートランドのスペシャリティコーヒーも飲める。フードメニューではガッツリ系ハンバーガーなど、アメリカンフードが評判だ。有田川町に現れたさながらリトルポートランドには、ビールを目当てに来る人もいれば、ハンバーガーを目当てに来る人もいる。
コロナ禍に見舞われながらも、ノムクラフトは着々と醸造を続けてきた。そのなかで、「大事にしているのは町のちょっとしたイベント」と金子さんは言う。「町の人たちが気楽に集まれる場であること」が、“町のリビングルーム”に入るブルワリーとしての役目でもあるようだ。
もともと保育所だっただけに、店の前には広いスペースがある。町の花火大会の日に合わせてビアガーデンを開いたり、町の外からも飲食店が出店するフードマーケットを開いたりしている。「クラフトビールを飲んだことのない、おじいちゃんやおばあちゃんにも飲んでもらいたい」と金子さん。
ランニングチームと組んだイベントRUN for NOMも好評だ。和歌山県内でトレランやランニングで汗をかいたあと、ノムクラフトのビールでカンパイ。隣の有田市や和歌山市のチームと協力して開くこともあり、ビールの輪もジワジワ広がる。
「クラフトビールのよさは、そうした機動力にあると思います」と金子さんは言う。できること、チャンスがあることにすぐトライできるフットワークの軽さがある。
3月には、2つの教室をリノベーションしたゲストハウスTADONO THE BEDROOMがオープンする予定だ。これはブルワリーにとっても大きなアドバンテージになる。
「近くに高野山がありますし、南に行けば白浜があります。車10分で海に出られます。ここを観光の拠点にして、帰って来て温泉に入ってビールを飲んで泊まって、翌朝パンを買って食べて帰ってもらえたらうれしいです」と、すでに金子さんの頭の中にツアープランが出来上がっているようだ。
有田川町のブランド発信力を高めるための缶製品化
ノムクラフトの定番はGolden AleとIPAの2種。季節限定のビールが次々とリリースされるのが特徴だ。副原料に地元産の柑橘類を使ったビールが目立つ。
有田川町の農産物を使ったビールづくりは、ブルワリー創設当初からヘッドブルワーのアダムさんの計画の中にあった。特に有田みかんが有名だが、デコポン、はっさく、河内晩柑(かわちばんかん)などの柑橘類や、ぶどう山椒の名産地でもある。「うちのビールを飲んで有田川町のみかんを知るきっかけになればうれしいし、そうしたことで有田川町のブランド力を高めていきたい」と金子さんは語る。
瓶製品から缶製品にする計画も進行している。瓶より缶の方が何かと扱いやすく、生産効率は上がる。醸造量が増えることが前提だが、販売量が増えれば、それは有田川町のブランド発信力を高めることにつながるし、ブルワリーの経営安定にも直結する。
かつて、1990年代に日本各地に生まれた地ビールは「ビールでまちおこし」を掲げ、大いに期待もされた。思惑通りに行ったところは多くはない。それから四半世紀が経ち、日本の状況が地方も都市部も大きく変わる中で、「ビールでまちづくり」が再び注目されている。クラフトビールも大きく変わった。呼び方が変わったし、何より品質が格段に上がっている。ブルワリーの規模もビールをつくる人も多様化が進む。
クラフトブルワリーのあるまちは明るい――。3人の移住者が始めたノムクラフト。現在は新たな4人のチームが楽しくビールづくりの日々を送っている。ブルワリーと有田川町はこの先、どんな関係に発展していくのだろうか。10年後、20年後を想像したくなる。
Nomcraft Brewing
和歌山県有田郡有田川町長田546-1