毎年春になると僕は北極圏の川に出かける。と言っても極北の春の訪れは遅いから、行くのはだいたいいつも5月中旬だろうか。この時期は半年以上凍っていた川の氷が割れる瞬間が見られる。今年もこれを見に出かけた。
春というと少し季節遅れな感じに聞こえるかもしれないけれど、これから暑くなっていく日本の皆さんに、少しでも清涼感が届けられたらと思う。
向かう先は陸の孤島
僕の住むカナダのユーコン準州は日本の約1.3倍以上の広さがありながら、人口4万人強とかなり少ない。そうは言っても10以上のコミュニティーがあって、人々が住む場所へは車で行くことができる。しかしユーコン準州で唯一、道で繋がっていないコミュニティーがある。そこが今回の目的地、人口300人弱の北極圏内に位置する村、オールドクロウだ。とんだ僻地のように聞こえるかもしれないけれど、僕の住む街ホワイトホースから毎日飛行機が飛んでいるからアクセスは簡単。このコミュニティーを流れる川、ポーキュパイン川の流氷が目的。
どうやって氷は割れていくのか?
到着翌日。友人と一緒に鴨猟に出かけた。行き先は川の中洲。行き方は凍った川の上を歩くだけ。氷の厚さは定かではないけれど、おそらく1メートル近くはあるだろうから、人間が歩くのには何の問題もない。
到着後2日目。気温が急に上がり出した。川の氷の上に積もった雪がシャリシャリとし始めて、そうなると足を取られながら雪の中を歩くことになりはじめる。そろそろ川を歩いて渡ることを控えた方が良いかな?
到着後4日目。ところどころ割れた氷の隙間から水が溢れて、オーバーフローが起こる。時間が経つにつれて氷表面を流れる水の量が増えて、そのうち普通の川と同じに見えるくらいまで水量が増える。ここまで来ると川の氷が割れて流氷となるのも時間の問題だ。
到着後5日目。ついに氷が割れて流れ出した。大小様々な大きさで流れてくる。大きいものになると、バスケットボールコートくらいはあるのでは? と思うサイズのものまで流れてくる。氷の間には流木も一緒に流れてくる。
水の中で細かくなった氷どうしが当たって、カランカランとガラス製のドアベルのような綺麗な音が時折聞こえてくる。この音が何とも言えない綺麗な音だ。村の友人たちと川沿いのベンチに腰をかけて、たわいもない話や冗談を言い合いながら氷が流れていくのを眺めながら思う。こうやって地元の人たちは春の訪れを実感しているんだろうなぁ。特に北極園内の冬の日照時間は短いし、冬至とその前後は太陽が地平線から顔を出さないから、この意味は彼らにとって大きなものなんだろうなぁ。
新たに発見した遊びは仕事になるか?(笑)
ユーコンには今でも冬の暖房を薪ストーブに頼る人がたくさんいる。大きな町では業者から薪を買って配達を依頼することも簡単にできるけど、小さな村では自分たちで行わなければならない。
夕方に川沿いを散歩していると、友人たちが何やら始めようとしていた。そこには10メートルくらいの長いロープがあって、その先にはブロック塀を作るときに使う様な鉄の真棒をフック状に曲げたようなものが結び付けられていた。どうやら流れてくる木が村の中で取れたら、村の外に取りに行く手間が省けるということみたいだ。なるほど、確かに流れてくる流木の数は普段とは比べ物にならないくらい多いから、これは効率が良いかも? 面白そうだから一緒にやってみよう!
比較的自分たちの岸に近くて、そして大きすぎない流木に目標を定める。流木の向こう側めがけてフックを投げて、ロープを手繰り寄せながらうまいこと木に引っかけて、岸まで引っ張ってくるという作戦だ。流木は長いこと水に浸かっているから、表面がツルツルと滑ってフックが思うように引っ掛かってくれない。引っ掛かっても木が重いのと流れが意外とから、何人かで協力して引っ張った方が良い。
そんなことを何度も挑戦していると、自分たちが木を釣ろうとしていることに気がついた。ということで、自称ログアングラー(木を釣る人)という職業が出来上がった。もちろん冗談だけれど。
何度も挑戦しているとたまには釣れるもんで、釣れた木は不思議と魚っぽく見えた。
生活に密着した、でも食べることはできない新種の釣りを発見してしまった。今年はそんな春の訪れを体験することになった。
ビデオグラファー
杉本淳(すぎもとあつし)
2008年にユーコン川下りで訪れて以来、ユーコン準州に通い始める。2011年に移住後も、ユーコンに生きる野生動物、風景、自然と共に生きる人々を引き続き撮影中。2019年First Light Image Festivalにて最優秀賞受。Canadian Geographic、BBC、カナダのテレビ番組などに作品を提供。ユーコンから色々なトピックをお届けします!