梅雨空の地域が多いこの時期。夜空を見上げる機会も少ない季節です。
そのせいか、春の星座と夏の星座のはざまにある星座たちは見過ごされがちです。今回はこの時期の、見過ごされやすいけれど見どころあるタイニーな星座をご紹介します。
梅雨時期に見落とされやすい星座ベスト3
王冠か欠けたお皿か「かんむり座」
まず、かんむり座です。うしかい座の1等星アルクトゥールスを見つけたら、その少し東側にあります。
こぢんまりとまとまった形で、いちばん明るい星は2等星のアルフェッカ。街中でも外灯を避ければ、アルフェッカが見えるでしょう。
もう少し遅い時間になると、こと座のベガが昇ってきます。ベガとアルクトゥールスを結んだラインのアルクトゥールス寄りにある少し明るい星がアルフェッカです。
星座絵では、いわゆる王冠の絵になっていることが多いのですが、ギリシア神話ではバッカスという酒の神様が妻に贈った、宝石を散りばめた冠というエピソードがあります。妻への贈り物なら、大げさな王冠というより、華やかなティアラかもしれません。実際、星の並びからイメージしやすいのもティアラの方です。
所変われば由来も変わります。
2等星のアルフェッカの名はアラビア語に由来し、割れたものとか、欠けたものといった意味をもちます。アラビア圏ではかんむり座は「割れたお皿」であり、「貧しい者の皿」だったのです。冠のイメージとは対極です。
実際、かんむり座は不完全な円を描いています。ご自分の目で観察して何に見えるか、確かめてください。ほぼ天頂近くを通過していくので、その点は冠っぽいかもしれませんね。
天秤とさそりのはさみが共存している「てんびん座」
てんびん座は黄道12星座のひとつです。この名を知らない人はいません。が、夜空で「あれがてんびん座」と見分けられる人は少ないのではないでしょうか。
おとめ座とさそり座、ともに1等星をもつ黄道12星座の間にあって、どうしても存在が埋もれがち。いちばん明るい星が3等星なので、たしかに街中では存在感はありません。キャンプサイドなど暗い場所なら見つけられるはずです。
てんびん座がおもしろいのは、α星とβ星の名が「爪(またははさみ)」を意味していることです。α星ズベンエルゲヌビは「南の爪」、β星ズベンエシャマリは「北の爪」という意味。どちらもアラビア語由来です。爪は、隣にいるさそりのものです。
てんびん座は古くからある星座で、今から3千年前までには古代メソポタミアで使われていた証拠があります。天秤のイメージはギリシアにも伝わり、現代につながっています。
ところで、メソポタミア・ギリシアの星座を現代に伝える上で大きな役割を果たしたのが、2世紀の天文学者プトレマイオスです。彼がまとめた「48星座」の中に、てんびん座も入っています。ところが、プトレマイオスがこの星座に付けた名前は「天秤」ではなく「爪」でした!星の名前がアラビア語で「爪」だったのはこれが理由です。
メソポタミア時代からてんびん座があったにもかかわらず、なぜ「爪」とも呼ばれていたのでしょうか。
さそり座はてんびん座以上に長い歴史を持つと考えられ、そのS字型といい、血のような赤いアンタレスといい、全天でも有数の美しい星座です。その上、かつては、爪の先端が現在のてんびん座の方まで伸びていたのだと考えられます。そう、てんびん座は「さそりの爪」が独立して誕生したのです。
てんびん座が独立したのは、惑星の通り道に星座が11個あったので、きりよく12個(黄道12星座)にしようとしたからだという説があります。
なぜ天秤かと言えば、昔、秋分点の太陽の位置がてんびん座の位置にあったので、均等のイメージから天秤を置いた、というものです。かくしてこの星座は2千年以上にわたって「天秤」と「爪」という2つの名前で呼ばれたのでした。
そもそも今のように星座名やその領域が国際的な学会で定められるまでは、星座の位置や名前について「これ」とひとつに決められていたわけではなく、大きさも形も流動的でした。
先述のかんむり座も王冠だったり、割れた皿だったりします。かんむり座の隣にいるヘルクレス座もギリシア時代は一般的に「ひざまずく者」と呼ばれていて、必ずしもヘルクレスの姿とは見なされていなかったそうです。
見る人によって、地域によって、ぜんぜん違う絵に見えることも星座の面白さです。
不思議すぎて放っておけない「おおかみ座」
この季節、見過ごされがちな星座がもうひとつ。見過ごされる星座ナンバー1といっても過言ではないかもしれません。
「おおかみ座」です。名前を知っている人は星座観察上級者でしょう。
位置がさそり座より南なので、東京あたりからだと地平線が開けた場所でないと見えません。ただ、2等星と3等星をもち、決して暗すぎる星座ではありません。
しかし、なぜかこの星座には固有名をもつ星がひとつもないのです。多くの星座では主要な星、特に2等級より明るいものには、固有の名前がついています。かんむり座のアルフェッカも2等星です。てんびん座のズベンエルゲヌビとズベンエシャマリは3等星です。さそり座に至っては4等星以下でも名をもらっています。
おおかみ座には2等星が1つ、3等星が4つもありながら、ひとつも名づけられていないのです。
しかも、おおかみ座は先述のプトレマイオスが定めた「48星座」に含まれる歴史ある星座です。17世紀につくられた「らしんばん座」「テーブルさん座」などの新参者とは生まれが違います。
近年は国際天文学連合によって、惑星が見つかっている星に名前をつけるキャンペーンが行われています。肉眼で見えないものも含めて100個以上の恒星が固有名を得て、あのテーブルさん座(一番明るい星が5等級)にすら固有名持ちの星ができました。しかし、おおかみ座に固有名をもらえた星はありませんでした。あまりに不憫です。
どういう謂われのある狼なのか、エピソードもほとんど見当たりません。おおかみ座のすぐ近くに「さいだん座」という祭壇があるのですが、元々は「ケンタウルスに捕らわれて祭壇に捧げられる生け贄としての獣」だったのが「おおかみ座」として独立したと考えられています。
私の想像ですが、これだけ見過ごされているワケには、位置的な理由もあると思います。北半球からすると南過ぎて見にくい。それならと南下していくと、南の空にはケンタウルス座や南十字星がキラキラ輝いていて、おおかみ探しどころではなくなってしまう……。
そんなおおかみ座ですが、一度だけ、文字通り輝いたことがありました。観測史上最古の超新星がおおかみ座に出現したと記録されているのです。1006年のことです。平安時代の日本にも記録が残されています。三日月から半月くらいの明るさがあったようです。
梅雨の晴れ間でがんばる小さな星座を探そう
かんむり座、てんびん座、おおかみ座。これらはちょうど春の星座と夏の星座の中間にある、つなぎ役の星座たちでもあります。梅雨で観察しにくい時期ではありますが、梅雨の晴れ間には、つなぎ役でがんばっている小さな星座を探してみてください。
かんむり座やてんびん座、あなたは何に見えますか?おおかみ座もお忘れなく!
構成/佐藤恵菜