オーストラリア・タスマニア島で「世界最長」リフトに乗ったら…「最恐」だった
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    2023.06.24

    オーストラリア・タスマニア島で「世界最長」リフトに乗ったら…「最恐」だった

    みなさんは「世界最○」というものをいくつ制覇済みですか?

    私の場合……ええっと、「世界最高峰のエベレスト」はもちろん登ったことがないし、「世界最長のサンゴ礁群のグレートバリアリーフ」には何度も行ったけど、もちろん端から端まで「制覇」なんてできないし。

    今まで一度でも「世界最○」を制覇したことってあったかな?いや、いやいやいや。もしかしたらこのまま人生で一度も「世界最○」を経験せずに老いていくのかも……。

    そんな恐怖におののくお年頃の私の耳もとで、「世界最長のリフトに乗ってみる?」とささやいてきたのはオーストラリア・タスマニア島在住のガイドさん。

    リフトっていうと……あのスキー場とかにあるあれね。その「世界最長版」ってどのくらいの長さなのだろう。そして長い乗車時間の間に、偶然「相席」になった美少女と恋に落ちたら……。

    私は思わず即答していました。「私をリフトに連れてって」と。……古いですね、すみません。

    左にいるのが私の心を「バン!」と指鉄砲で打ち抜いた知世ちゃん……ではもちろんなくてガイドのラーニさん。なぜ私がこんな素敵な表情をしているのかは後ほど判明する。

    さてさて。その「世界最長リフト」があるのはタスマニアの第2の都市ローンセストン。タスマニアと言えばオーストラリアの中でも大自然の宝庫です。「世界最長」のリフトからはどんな絶景が眺められるのでしょうか。

    市の中心部のホテルからガイドさん運転の車に乗り、住宅街を走ること約10分。やがて車はハイウェイに入る……とばかり思っていたのですが、高台にある住宅街を進むだけ。そしてそのどん詰まりにある駐車場に停められたのです。

    「ちょっと待て。ここってまだ市街地じゃん。大自然感ないじゃん。高尾山のリフトよりも住宅街に近いくらいじゃん」と疑問満載の私を見向きも振り向きもせず、ガイドさんはスタスタと歩いていきます。

    駐車場と券売所の間にいた野生のクジャクが、少しだけ大自然感を醸し出していた。

    駐車場から徒歩1分。到着したのが「カタラクト渓谷シーニックリフト」です。

    ここでふと私の頭の中に疑問が生まれました。「渓谷?リフトって高尾山でもスキー場でも高原でも、山の斜面にないか?渓谷に渡すのって普通は吊り橋じゃないか?電気の力で動くものの場合だと、リフトじゃなくてロープウェイじゃないか?」と。

    左が切符売り場。

    そんな疑問をまたまた頭に浮かべながらも、私はまるでベルトコンベア上の工業製品のように流れに身を任せ、乗客の列に並びます。そして「世界最長リフト」といよいよご対面!

    さすがは「世界最長」。平日の昼間なのに、それなりに列ができていました。

    最初の感想は「世界最長っていうから最新技術とか駆使しているのかと思ったんだけど……結構歴史を感じさせるな」でした。

    でも「能ある鷹は爪を隠す」と言います。私なんて生まれてこのかた隠しっぱなしです。きっとこの先に一発逆転の最高のサプライズが待っているに違いない、わが人生のように。……そう自分に言い聞かせて、いよいよ乗車位置へ。

    リフトには相変わらず「世界最長」の特別感が見当たりません。強いて挙げるとすると、スキー場のリフトにはあまり見られない安全バーが座席前方についていることくらいです。でも遊園地とかのリフトだと安全バー付きのものもあるしなあ。

    スタート地点直後の眺め。まだ「世界最長」感はどこにも見当たらない。

    なんとなく納得のいかないモヤモヤ気分を一気に吹き飛ばしてくれたのは、出発の数十秒後。道や屋根のほんの数メートル上を進んでいたのに、そうしたものがなくなった途端、地上との高度感が半端ないことになっていたのです!

    一気に高度感が出てきて焦る。

    個人的な話をして恐縮ですが、私は多少、高所恐怖症の気があります。そして遊園地のフリーフォール(座席で両肩をガシッと固められて、高い塔のてっぺんまで徐々に持ち上げられ、そこから重力に任せて一気に急降下するあれです)でも、「てっぺんにいるときに故障で止まったらどうしよう」とまず考えてしまう「ネガティブ思考ちゃん」です。

    このときも私の頭の中には「ここでリフトが停まっちゃったらどうしよう。っていうかロープが切れて落ちたらどうしよう」というネガティブ思考が、大雨のあとの渓谷のように怒涛の勢いで流れてきました。

    もちろんどうしようもありません。高尾山あたりのリフトだったら「落ちたって死ぬことはない。坂道転がり落ちたら別だけど」。雪のない夏場のスキー場のリフトでも「まあ、骨折するかもしれないけど」くらいには考えられます。

    でもここは「落ちたら確実に死ぬ」の一択。これが「世界最長」の間ずっと続くとしたら、完全に「世界最恐」じゃないでしょうか。

    はい、そうです。平静を装っていますが、かなりひきつってます。

    そう、私はもっと早くに気づくべきだったのです。このリフトの名称は「カタラクト渓谷シーニックリフト」。「渓谷」というからには谷を渡るものなので、谷底との高度差があって当然です。

    もう一つ、乗車前に気づくべきだったこと。それは「渓谷」を渡すものといえば「吊り橋」か「ロープウェイ」が定番である理由です。それは「リフトのように足が宙ぶらりんだと恐怖に耐えられないから」なのです、きっと。

    下を流れる川が地獄に見えるほど、地上は遠い。

    この「地に足がつかないこと」への恐怖はもう理屈でありません。それはおそらく人間が他の哺乳類たちとたもとを分かち、二足歩行を始めたときからの宿命なのです!(……すみません。冷静に考えたらたぶん違うと思います)

    でも私だって人間の端くれです。地に足をつけずに大空で豪快にそよいじゃっていますが、「考える葦」の末輩です。どうやったらこの恐怖から逃れられるか、オーギュスト・ロダンの「考える人」ポーズまで取って真剣に考えました。そしてハタと気づきました。「なんだ、この真下を見る格好がダメなんじゃん!」と。

    そうなんです、そうなんです。な~んにもない不安定な足もとのさらに下を見るから不安になるのです。

    遠くの地面を見て妙な想像を働かせない限り、景色は最高なのです。なんたって渓谷ですから。

    高尾山のリフトのように左右の視界を木々の梢にさえぎられることもありませんから(まあ、あれはあれで特に紅葉の季節は最高ですが)。右も左も前も後ろも、360度絶景なのです!もちろん上も下も、360度……いや、下を見ちゃダメだろ、私!

    遊歩道が気持ちよさそう。……と思えるくらいの余裕が出てきた。

    右奥の橋を渡るのもきっと「カイ・カン!」。……あっ、それは薬師丸さんのほうだった。

    池に架かる橋を渡る人たちが豆粒のような大きさで。まさにこれは「空中散策」。「カタラクト渓谷シーニックリフト」の「シーニック」とは「眺めがよい」とか「風光明媚な」という意味ですが、その言葉に嘘偽りはまったくありません!

    近くに視界を遮るものがなく、なかなかの眺め。

    振り向くとこんな感じ。池の向こうは「市民プール」みたいなもの。

    そんな絶景の堪能が8分ほど続いたでしょうか。やがてリフトは左右を木々の梢に囲まれたエリアに入っていきます。ははん。なるほど。あまり絶景続きだとテンションが爆上がりしすぎるので、おそらく小休止といったところなのでしょう。

    さてさて次はどんな風光明媚に出会えるのやら。なんたって「世界最長リフト」です。第2ステージ以降、第何ステージまであるかは知りませんが、期待に胸が高まります。ところが……。

    ん?いやいやいや。えっ?

    リフトを吊るすロープの先に見えるのはどう考えても終点。えっ?どういうこと?

    どうみても終点感が半端ない。

    気持ちはまだまだそんなふうに宙ぶらりんのまま、私はリフトから降ろされていたのです。

    合計乗車時間は10分ほどだったでしょうか。これが本当に「世界最長」なのでしょうか?どう考えたって高尾山のそれのほうが長いのですが……。

    下車してから、乗車地点で撮った画像を見返してみました。切符売り場の横に貼られたプレートには確かに「世界最長」とあります。でも……その下の小さな小さなプレートには「全長456m」の表示。

    全長456m?それってやっぱり高尾山より短くないか?すぐにサクッと検索してみたところ、世界で最も多くの登山者が訪れるわが高尾山のリフトの全長は確かに872mです。2倍近く長いのです。

    乗車前に撮った写真の拡大版。「Worlds Longest」と「Total Length」の文字の大きさの差が半端ない。一文字15センチくらいで「大仁田爆死」とあおって、その下に1センチくらいの文字で「か!?」と言いつくろう某新聞的見事な手法。

    で、今度は「カタラクト渓谷シーニックリフト」をネット検索してみることにしました。もしかしたら「世界最長」というのは、ウソをついたら伸びるピノキオの長~い鼻みたいな話なのではないかと。だったらその長い鼻をへし折ってやろうと。……すみません。話が脱線しました。リフトでも脱線は困ります。

    そして「タスマニア政府観光局」の「ディスカバータスマニア」という英語サイトを発見しました。そこには確かにチャンピオンベルトのように燦然と輝く「世界最長」の文字。でも世界最長なのは「支柱と支柱の距離308メートル」とのことでした。ううっ、そこかあ~。

    さらにさらに、そのあとに続いていたのは「世界最長……と信じられている」という超アバウトな記述!どんだけ「大仁田爆死……か?」スタイルが好きなんだ、タスマニア!爆死マニアかっ!

    それでも下を見れば「最恐」、周りをみれば360度「絶景」。そんなちょっと変わった体験を楽しみに、ぜひぜひタスマニアの「カタラクト渓谷」へ。

    とにかく「世界最○」(と信じられているもの)を一つ制覇できることには間違いありません!

    私が書きました!

    オーストラリア在住ライター(海外書き人クラブ)
    柳沢有紀夫

    1999年からオーストラリア・ブリスベン在住に在住。オーストラリア関連の書籍以外にも『値段から世界が見える!』(朝日新書)、『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)、『世界ノ怖イ話』(角川つばさ文庫)など著作も多数。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブのお世話係https://www.kaigaikakibito.com/

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