スポーツクライミング全盛の中、ひたすら自然の岩のクラック(割れ目)を登り続けてきた山岸尚将さんが見いだした「不確定要素が多い冒険だからこそ必要なコト」
探検家・関野吉晴さんが、時代に風穴を開けるような「現代の冒険者たち」に会いに行き、徹底的に話を訊き、現代における冒険の存在意義を問い直す──BE-PAL7月号掲載の連載第24回は、日本最難のワイドクラック(幅の広い割れ目)の初登攀者、山岸尚将さんです。
「安全確保をおろそかにするのは手抜き。どれだけ高い石垣から飛び降りられるか競うような無茶な行為です」と言いきる山岸さんの考える冒険とは? 関野さんが迫ります。その対談の一部をご紹介します。
関野吉晴/せきの・よしはる
1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人びとのルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。
山岸尚将/やまぎし・なおまさ
1969年東京都生まれ。大学時代に本格的なクライミングを始め、アイスクライミングジャパンカップなどのコンペにおいて優勝・入賞多数。「夢のブライダルベール」単独初登、日本最大の称名滝初完登、日本最難のワイドクラック「不動の拳」初登など数々の記録を持つ。
冒険は博打ではない
山岸 クラッククライミングでは、クラックの中に楔となる道具を突っ込んで支点を作り、ロープを使って安全確保します。落ちて死なないために安全確保は非常に重要となります。
関野 自然との一体化を突き詰めると、できるだけシンプルに、可能な限り道具を使わないで登るという考え方にはなりませんか? 極端にいえばロープを使わずにフリーソロで登ることはないのですか?
山岸 じつは、「夢のブライダルベール」という高さ130mの氷瀑を単独初登したときは、ロープを使わずに登りました。
関野 落ちたら死にますよね。
山岸 はい。アイスクライミングについては技術に絶対の自信があったので、ロープなしで一気に登りました。支点を作る手間やロープワークがなくなるので、めちゃくちゃ楽に速く登ることができました。当時の私は、そのスタイルが生身に近くて一番いいと思っていたので、他の氷瀑でも単独でロープを使わずに登ることがときどきありました。でも、やっているうちに、「手抜きだな」と思うようになったんです。かつての冒険や探検は人類の新しい道を探るための命がけの活動でした。しかし、いまやそのような課題・対象はほとんどありません。そんな現代において、命がけのクライミングは自分の中の小さな自己満足にすぎず、安全確保をおろそかにして登るのはすごい手抜きだと思い至ったんです。さらに子供を授かって、その意識はより強くなりました。子供を育てるという大事な使命がありながら、トウチャンがロープを使わずに落ちて死んだら馬鹿みたいじゃないですか。
関野 ただ、困難を求めると、そこに自ずと危険は存在します。
山岸 どれだけ安全確保を追求しても、どうしても最後に危険は残るかもしれません。それでも、安全確保という高度な技術を用いて危険をできる限りコントロールすることが大切です。安全確保をおろそかにするのは、冒険というよりは、子供がどれだけ高い石垣から飛び降りられるかを競うような無茶な行為にほかなりません。一か八かでフリーソロするのは、たんなる賭け・博打であって冒険ではないと私は思うんです。冒険とは、危険を冒すのではなく、不確定要素が多い中で危険を予測してプランを立て、危険をコントロールして安全に行動することであると考えています。
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