日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員の金子浩久が、メルセデス・ベンツの新型EV(電気自動車)「EQS450 4MATIC SUV」をチェックしてきました。試乗コースは東京都内の一般道と首都高速道路。ヨーロッパではガソリン車への規制が進み、日本よりも早くEV主流の時代がやってきそうですが、ヨーロッパを代表するメーカーが放つ先駆的EVはいったいどのような乗り心地なのでしょうか?
「EQS450」が従来EVと決定的に異なる点
メルセデス・ベンツの「EQS450 4MATIC SUV」は3列7人乗りシートを持ったSUVタイプのEVです。前後に1基ずつの2モーターで4輪を駆動。航続距離は593km(WLTCモード)です。
メルセデス・ベンツには、これまでにもエンジン車のAクラスをベースとして造られた「EQA」をはじめとする各種のEVがありましたが、EQS450 4MATIC SUVは、EV専用プラットフォームを用いて開発された点が大きな違いとなっています。
エンジンをボンネット内に収める必要がなく、その代わりに前後のモーターの間にバッテリーを敷き詰めることを前提として設計されています。EVならではの性能を向上させ、室内空間を拡大し、より効率的にバッテリーを搭載できるようにして航続距離を伸ばすためです。
そうしてまとめ上げられたボディは、プロポーションがエンジン車とは異なって見えます。外から見てわかりやすいのは、4本のタイヤがボディの四隅に配され、SUVタイプといっても全高が低めに抑えられているところです。空力特性もEVには重要なので、それも反映されています。
価格は軽々1000万超え
では、実際に運転した感じは、見た目と同じように、これまでとはガラリと大きく変わったものだったのでしょうか?
順番に説明していきましょう。まずは値段です。試乗したEQS450 4MATIC SUVの試乗車の車両本体価格は1542万円。オプション合計額280万5000円、合計1822万5000円(消費税込み)。
高級車そのものですね。同じメルセデス・ベンツのエンジン車でも、かなり上位モデルが買える金額です。
運転席・助手席を貫く大型パネル
運転席に座って圧倒されるのが、眼の前のパネル。パネルには、メーター類やインフォテインメントなどのためのセンターモニターなどが映し出されます。
世の中の大多数のクルマでは、まだメーターパネルとカーナビを表示するセンターパネルがそれぞれ別々に二つ存在しています。それが、このEQS450 4MATIC SUVでは、ダッシュボードの端から端までが一枚の大きなパネルになっているのです。
これまでも、メルセデス・ベンツはドライバーの前にあるメーター類とセンター部分のマルチパネルを1枚に統合することを熱心に進めてきました。しかし、それがついに助手席側の一番端まで到達したのです。もうスケボーとサーフボードぐらい違います。
このパネルは助手席の前の部分にも独自に投映が可能で、カーナビや各種インフォテインメントを助手席の乗員が操作可能なのです。
天然素材を配した上質な内装
車内は、高級車らしくとても丁寧に仕上げられています。革やウッド、金属などの素材の特性を活かした造形と配置がなされています。ガソリン車のメルセデス・ベンツの高級車を思い出します。
一方では巨大パネルのような今まで存在していなかった革新的なものが強く訴求されていながら、他方では革やウッドといったクラシカルな素材も用いられています。そのバランスが絶妙です。
例えば、試乗車にはセンターコンソールやドアの肘掛けなどには小さなスリーポインテッドスターマークが、まるで象嵌細工のように加工されて配されていました。ブラウンマグノリアウッドインテリアトリム(メルセデス・ベンツパターン、11万円)というオプションです。
EVでも、ガソリン車のメルセデス・ベンツの延長線上にあるかのようなデザインが施されています。別の試乗車では、スリーポインテッドスターの代わりに高級ヨットに施されているようなラインが埋め込まれていて、そちらも魅力的でした。
他にも、内装の素材づかいや配色、ステッチ、エアコンルーバー類の造形や配色など、細かい部分にまで細工がいきわたっています。また、その作法がEVだからといって突飛なものに変わってしまわずに、エンジン車の延長線上にあって安心できるのも確かでした。
新しいEVで狙ったターゲット層は?
メルセデス・ベンツジャパンの広報部員氏によると、これからEV専用プラットフォームを用いたEVをいろいろと出していくに当たって、
「それらを、まず最初に誰に向けて発売するのか? これまでメルセデス・ベンツを買ってくれた人がEVに乗り換えてくれることを想定するのか? それとも、新しい顧客に販売するのか?」
という議論が社内で沸き起こったそうです。世界で初めて自動車というものを販売したメルセデス・ベンツにしても、そうした根源的な議論が起きるというのはサスガですね。“誰に向けて造るのか?”という自問自答は、とても大切だと思います。製品こそが企業のメッセージになるからです。
その広報部員氏によれば、結論は“これまでメルセデス・ベンツを買ってくれた顧客にまず向けて開発、製造、販売する”ことに決まったそうです。
電動SUVの乗り心地はどうか?
走らせると、静かで速いのはEVとして半ば当たり前ですが、このクルマではそこに上質の乗り心地が重なります。エアサスペンションならではの、路面からの細かなショックをすべて遮断し、フラットでありながら自然な姿勢変化も容認されていて、とても穏やかな感触です。
EVは多量のバッテリーを搭載しますから、重量が重くなります。このクルマは2880kgもあります。2列シートのミディアムクラスでも2トン超えはザラです。重たいクルマが走るわけですから、コーナーや路面の凹凸などでは、その重さを支えながら、乗員を快適に運ばなければなければなりません。EVはサスペンションにとっては過酷なクルマなのです。
高速道路の路面の舗装のつなぎ目や微かな凹凸などを通過する時でも、サスペンションが支えなければならないエネルギー量は相当に大きなものになります。残念なことに、それを支えきれず、乗員が揺すられるぐらいに直接的なショックを感じさせてしまうEVがあるのも事実です。
重いからといって頑丈なサスペンションにしてしまうと、それはそれで低速域などで乗り心地に問題が発生してきます。あちらが立てば、こちらが立ちません。EVの、特に高速道路での「走行安定性」と「快適性」を両立させることの難しさがあります。
しかし、短い距離でしたが、EQS450 4MATIC SUVは見事に両立していることを確認できました。両立どころか、レベルが違っていました。
スポーツモードでも荒々しくなく、硬過ぎない乗り心地が大人っぽい。セルフレベリング機構を備えているので、走行中の車高を一定に保つほか、走行モードによっても車高が自動的に変更されます。もちろん、手動で選ぶことも可能です。
前輪だけでなく後輪も切れる
全長5130×全幅2035(ミリ)の大型ボディの狭いところでの取り回しを助けてくれるのが、「リアアクスルステア」です。
後輪が最大10度切れる。これによって、最小回転半径5.1メートルまで小回りが利きます。
高速道路ではACC機能で運転ラクラク
首都高速道路では短距離ではありましたが、一新されたADAS(運転支援機能)も確認できました。ACC(アダプティブクルーズコントロール)を作動させると、複数の車線の増減も把握しています。
前方を走るクルマに一定の車間距離で追走していくことだけでなく、周囲のクルマをリアルタイムで捕捉し、映し出します。
速度差のある後続車の接近警告などもモニター内の自車で確認できるなど、最新のインターフェイスが装備されています。おそらく、長距離を走れば、これら以外に試せなかった機能も試せたはずだと思われました。
車間距離に応じて回生ブレーキを自動調節
“インテリジェント回生”を行う「D AUTO」モードが非常に優秀でした。ACC機能を応用し、前車との車間距離に応じて回生ブレーキの強さをクルマが自動的に調節してくれます。
例えば、走行中に前車が速度を落としたり、前車との間に別のクルマが入ってきて自車との車間距離が急に短くなった瞬間に、クルマはそれを見逃さず瞬時に回生ブレーキを強めることによって前車に近付き過ぎてしまうことを防ぎます。
今まで、その一連の動作をドライバーが眼で見て脳で判断し、アクセルペダルを緩めるなり、フットブレーキを踏むなり、パドルでシフトダウンするなりしていました。このインテリジェント回生は、それらをすべてクルマが行なってくれます。
前車の状況を見逃すことがなく、強めた回生はブレーキとして使うだけでなく、同時に多めの充電もされているのです。ドライバーの負担は軽減され、安全性は担保され、電費が向上するという、電動車ならではの先進機能なのです。
理にかなっていて、安全性の向上と電費のセーブを両立した優れた機能です。
BMW 「iX」やアウディ「eトロン」などにも同じ機能が装備されています。
音響はまるでコンサートホール
Apple Musicアプリがインストール済みですので、インターネット経由でさまざまな音楽が楽しめます。ドルビーアトモスによる音響効果も大きく、EVならではの静かな車内と相まって、車内は非常に高音質なオーディオ空間に変わります。
高音質の再生音楽をたっぷりと楽しめるのは、確実にEVの長所の一つになっています。エンジン車とEVの決定的な違いを伸ばすこと、使いやすくすることがEVの商品性を高めることになるでしょう。
ただ、「サウンドエクスペリエンス」なる機能には疑問符が付きました。設定から選ぶと、アイドリング時や加速時に擬似エンジン音が車内に聞こえてきます。これまでのクルマでは当たり前に発せられていたエンジンからの音が一切しないのがEVの長所であり魅力のひとつになっているのですから、これらの擬似エンジン音の必要性をまったく感じませんでした。すぐに飽きて使わなくなるのではないでしょうか?
家を発電所にすることもできる
これまでの輸入EVでは稀だった給電機能(V2H/V2L)を備えている点も、このクルマの長所のひとつです。
家や職場などのソーラーパネルで発電した電気を貯めることが可能で、反対にクルマから家庭に給電することもできます。
ライバル車BMW「iX」と比較してみると
エアサスペンションを備えた大型高級SUVのEVとして、BMW「iX」と共通点が多いEQS 450 4MATIC SUVですが、対照的なところもありました。
iXがEVとしての新しさを強くアピールしてエンジン車との違いをデザインやインターフェイスなどで表現しているのに対して、EQS 450 4MATIC SUVはEV専用プラットフォーム上に構築されていながらも、センスやテイストなどではエンジン車の延長線上にあるものとして、メルセデス・ベンツ流のEVラグジュアリーを表現しています。
EVならではの最新テクノロジーを活用した走行性能や乗車体験などはどちらも申し分ありませんが、商品としてのEVの仕上げ方に違いがありました。どちらも舌を巻くほど魅力的です。