東京23区内、特に山手線の内側はビル街や飲食店街、住宅街ばかり。そう思っている人が多いかもしれません。でも、目を凝らせば東京都心にも「山」はあります。そんな東京の山の世界を、日本で唯一のプロハイカーである斉藤正史さんが案内します。
第1座目は、東京23区内最高峰の「愛宕山」をめぐります。
「東京ハイキング」のススメ
渋谷、代官山、青山…東京の地名には「山」や「谷」が付いているものがたくさんあります。今では全く面影を感じませんが 、かつて渋谷は「谷」だったとテレビで見かけたことがありました。では、代官山や青山には「山」があるのでしょうか。
調べてみると、東京は23区内にも、山手線の内側にも「山」はあるようです。数カ月に1度、地元の山形から東京に来る機会があるのですが、仕事の打ち合わせなどの前後に「ちょっと歩いてみようか」と始めたのが、僕の「東京ハイキング」です。
山頂に三角点が設置されていたりと、いかにもな「山」もありますが、それだけではありません。周辺の地名に「山」や「岳」が付いている、どことなく山っぽい雰囲気を感じるなど、独断と偏見で「山」と認定することもあります。客観的には「山」と見なされないケースもあるかもしれません。何より都会の山は標高もそれほどではないし、ただ登るだけなら数分で済んでしまいます。
でも、駅を登山口に見立て、山麓の街を渉猟し、歴史を踏まえ、山頂までのルートをじっくりたどっていくと、得もいわれぬ楽しさが感じられます。そこで、個人的にオススメのTOKYO山行ルートを紹介します。さて、東京23区内には何座の山があるのでしょうか。
第1座目「愛宕山」
まずは、絶対に山なんかありそうもない、東京の中でも中心部の港区から登ることにしました。記念すべき第1座目は「愛宕山」。低山好きにはおなじみの「山」です。自然の山として、山手線内で最高峰の山で標高25.7m。
どのルートで登るか、地図を見ながらイメージを膨らませました。愛宕山への「最寄り登山口」は、日比谷線神谷駅か、日比谷線虎ノ門ヒルズ駅です。でも、今回チョイスしたのはJR新橋駅・烏森登山口。地図を見て面白そうなルートだったことと、登る前の仕事のアポイントがJR品川駅だったことが理由です。
さっそく、JR新橋駅烏森口登山口をスタート。さすが新橋、ビジネスパーソンをはじめ多くの人々でごったがえしています。まずは、烏森口を出てまっすぐ道なりに進みます。
山頂に至る5ルート
最初の信号を渡ると、すぐ右手に鳥居が見えてきました。烏森神社です。本来なら最短ルートを進むのでしょうが、東京ハイキングでは面白そうなものを優先して歩きます。鳥居をくぐり神社へ向かう参道へ。着物姿の女性の後姿の看板が印象的なコーヒーショップ「烏森珈琲」があります。のぞいてみると、店内もオシャレです。驚くべきは、夜になると「烏森百薬」という居酒屋に変わるようです。後で調べると、居酒屋の評判も良さそうです。
個人的に気になったのはその向かいにある焼き鳥屋の「ほさか」でした(吉田類氏の「酒場放浪記」にも登場したお店のようです)。それにしても、さすが新橋らしい素敵な参道です。烏森神社は、必勝祈願の成就、商売繁盛、家内安全、技芸上達と、芸能の神と崇められている天鈿女命を お祀りしている数少ない神社の一つだそうです。しっかりと手を合わせてから、神社を後にしてディープなお店の並ぶ方向に進 みます。
通りに出て、あらためて愛宕山を目指します。 床屋さんの看板を目印に左に曲がると、細い路地になります。まっすぐ進むと右手に「居酒屋コン」が見え、そのまま右に曲がると小さなスペースにひっそりとたたずむ「善処稲荷大明神」がありまし た。いかにも都会の神社だなと思いつつ、 軽く手を合わせてさらに先に進みます。
通りに出ると、虎ノ門ヒルズまで真っすぐ歩いていきます。虎ノ門ヒ ルズの隣のビルを左に曲がると、そのまま真っすぐ進んでいきます。3分ほど歩くと右手に「愛宕神社車道」と書かれている鳥居が見えてきました。 この分岐からは、「車道ルート」「男坂ルート」「女坂ルート」「NHKエレベータールート」「NHK博物館ルート」の5つの選択肢があります。まずは、車道ルートを歩いてみることにしました。
車道ルート
鳥居をくぐると、車道が山頂に向かって続いていました。ここからはちょっとした急登です。少し登ると、真新しい鳥居が右手に見えてきました。森ビルの名前が入っていました。鳥居の先には、虎ノ門ヒルズレジデンスタワーへ続く道が建物の脇にありました。 名付けて「虎ノ門ヒルズルート」。ここなら、虎ノ門ヒルズ駅登山口でおりてビル内を通れるので、悪天候の時のルートとしていいかもしれません。
車道は、左にトラバースしていきます。すると女坂方向に道があるのですが、通行止めになって いました。少し悪い予感が…。とりあえず進むと、今度は趣のある建物が見えてきました。まるで料亭のようです。後で調べると、保険会社の社用料亭だそうです。
真夏の気温も相まって汗が吹き出して きます。ようやく頂上らしきものが見えてきたところで、右手に神谷駅の表示が現れました。これが 神谷駅登山口へ行く道か。めちゃくちゃ急登です。今日はこっちじゃなくて良かったと思いつつ、さらに登ると右手にNHK博物館駐車場と博物館が見てきました。ついついNHK博物館に引っ 張られそうになりますが、愛宕山山頂方向へ方向転換します。すると、工事中でした。
2024年3月完成予定と書いてあります。 男坂を上って右手に行ったところに三角点があるはずなのですが…やはり、ここも工事中で目にすることが出来ませんでした。
女坂ルート
どうやら女坂は完全に通行止めのようです。神社の周りは工事中でしたが、しっかりお参り出来ます。とりあえず、手を合わせて登頂!
前述したように、愛宕神社がある愛宕山は標高25.7m。現在はビルに囲まれた山頂ですが、かつては山頂か ら東京湾や房総半島までを見渡すことができといわれています。この山が周辺で一番高かったことを想像しながらぐるりと見渡してみようと思いましたが、やはりイメージできません。そんな昔のことではないのですが…。
男坂ルート
先ほどの車道ルートを登らずにそのまま道を進んでいくと、右手に愛宕神社へ続く参道と大きな鳥居が見えてきます。鳥居をくぐると、聳え立つ壁のような男坂の石段。多くの人は見上げて、何かをつぶやき、覚悟を決めてこの男坂を登っていきます。そして、 ほとんどの人が階段を上り始めて少しのところで再び上を眺め、ため息をついていました。86段の道のりが遠い。
寛永11年、江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣の帰りに、 ここ愛宕神社の下を通りました。家光公は、満開に咲き誇る梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられたそうです。
この愛宕山の石段はとても急勾配です。歩いて上り下りするのすら、ちょっと躊躇します。でも、この石段を上りはじめた者がいました。四国丸亀藩の家臣の曲垣平九郎(まがき・へいくろう)です。平九郎は見事、家光公に梅を献上しました。そして、家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたそうです。そんなことから、男坂は出世の石段と呼ばれたそうです。ちなみに、僕はプロハイカーなので脚には自身があります。特に休まず、上り切りました。はたして出世できるのでしょうか。
NHK博物館ルート
男坂を登らないでそのまま真っすぐ進むと信号があります。その信号を渡って右手に曲がると、愛宕ト ンネルが見えてきます。トンネルの手前の階段を上っていきます。エレベータの周囲を回りながら 登っていくので、なんとなくエレベーターでも行けそうだなと直感します。 そのまま登り、突き当りを右に曲がりもう一段昇っていくと、NHK博物館の駐車場が見えてきま す。そのまま真っすぐ進むと、愛宕神社の入り口があります。
NHK博物館エレベータールート
信号を渡って右手に曲がると愛宕トンネルが見えてきます。トンネルの手前になんと、エレベー ターがあります。エレベータで登ると、なんと、そのままほぼ山頂に着きます。左手にはNHK博物館があり、 無料で国営放送の歴史を学ぶことが出来ます。まさかのエレベータ登山とは、さすが東京です!
せっかくなら愛宕山の三角点、見たかったな…。2024年3月工事が終了したら、桜の情報と共に再度レポートしたいと思います。 次回は、神谷町登山口ルートの紹介と、まさかの愛宕山縦走ルートです。
なお、車道ルートで愛宕山に登った様子は、動画でご覧いただけます。