高齢過疎の問題点のひとつは、商店がなくなり生活必需品も思うように買えなくなること。そんな流れを変えたい! 山奥にできたコンビニが構想する地域の未来とは?
高齢過疎の地域と、未来人である子どもたちに自信と誇りの場を
自然は資源、人は価値。幸せの風は「地方」から
未来コンビニ
小畑賀史さん、宮脇貴之さん
(右)●おばた・よしふみ ʼ84年徳島市出身。コーヒー業界で働いていたとき未来コンビニのオープンを知り参加。
(左)●みやわき・たかゆき ʼ73年広島県出身。東京の飲食店で働いていたときオーナーの藤田恭嗣氏に誘われ未来コンビニをサポートするキトウデザインホールディングスへ。
買い物は、世の中のしくみや金銭感覚を身につける大切な経験
徳島県で最も山深い地域のひとつ、那賀町木頭地区(旧木頭村)。今から半世紀前、迫り来る林業不況を予見しユズ栽培に賭けようと立ち上がった有志がいた。「桃栗3年柿8年、柚子の大ばか18年」という言葉もあるように、ユズは実をつけるまでが長い。気が遠くなるほどの待ち時間を、苦心して開発した接ぎ木技術で5年に短縮。慣れない営業にも汗をかき、中央市場に『木頭ゆず』の名を刻むことに成功した。しかもノウハウを囲い込まず、同じ境遇の山村には惜しげもなく教えた。
だが、活気もつかの間。村にダム計画が持ち上がり、住民の心が分断されてしまう。計画はその後中止されたものの地域にはしこりが残り、黄金色のユズの輝きは色あせた。それから20年が過ぎた2020年春。ユズに賭けた有志の想いを継ぐ、一軒の店がオープンした。
──国道沿いとはいえ、夕方以降は車の通行もめっきり減ります。そんなところにコンビニ。普通だとあり得ないですね。
宮脇:「観光ルートでもないですしね。この上流には四国では結構知られた紅葉の名所があって、11月には多くの見物客があるのですが、それ以外で人が増えるのはゴールデンウイーク、お盆ぐらいです。徳島空港からだと車で2時間半。徳島市内からでも、気軽に遊びに来れるような場所ではありません」
──冬はどんな感じですか。
宮脇:「道路があちこち凍結するのでスタッドレスタイヤが欠かせません。おっしゃるようにもともと通行量は多くない。そういう不利な条件のところでなぜコンビニを開くのか。ひとつの理由には、地域を買い物弱者問題から守るためです」
小畑:「木頭地区の人口は現在1000人を切っていて、高齢化率は60%以上です。近くにはJAの販売店や個人商店もあるのですが、近くといっても、この未来コンビニのある北川集落は木頭でも外れのほう。2軒くらいの店だと選べる商品も限られ、欲しいタイミングで欲しいものを買うという、現代において当たり前のことが難しくなっている地域なのです」
宮脇:「多くの方は週に1回くらいスーパーのある大きな町や繁華街へ肉や魚、冷凍食品などを買い出しに行きます。車の運転が苦ではないうちはいいのですけれど、高齢になるほどその買い物が負担になります。
この未来コンビニ自体も、最初は入らない商品がありました。基本的にはデイリーヤマザキさんの協力で品揃えできているのですが、アイスはお取り扱いがございません。スタッフでお取引きしていただける会社を探し、週に1回配送していただいています。
小畑:「アイスは子どもからお年寄りまで人気のある商品です。夏はキャンプや行楽の方も多く、特に今年は猛暑ということもあってショーケースが空っぽになってしまったこともしばしばでした。そういう課題もあるのですが、ないと困るものが確実に買えることがこの店の第一のミッションです」
──未来コンビニという名前には、どのような意味が込められているのでしょうか。
宮脇:「代表取締役の藤田恭嗣が自身の願いを込めて命名したものです。子どもたちは現代人だけれど、未来からやってきた未来人でもある。これは手塚治虫先生の言葉から選んだフレーズだそうですが、ここ木頭地区のこれからを担うのも子どもたちです。過疎地域でも、たくさんの体験や出会いができる、つまり良い思い出を作れる場が必要だという藤田の想いから生まれました」
──ということは、藤田代表は木頭の出身ですか。
宮脇:「はい。東京でメディアドゥというデジタルコンテンツ配信の会社のCEOをしています。出身は旧木頭村で、父親が木頭をユズの村に変えようと奮闘されたひとりなのです。
藤田自身も山と川が織りなす木頭の自然が大好き。思い出の詰まったその故郷が、過疎化で衰退していく様子を見ておられず、数年前から個人でいくつかの会社をここ木頭や徳島市内に設立しています。住民票も東京から木頭に移しています。
私が所属するキトウデザインホールディングスは藤田の会社のひとつで、系列であるこの未来コンビニの運営計画とサポートを担当しています。ほかの系列には、ユズの加工販売を手がける黄金の村、キャンプ施設のキャンプパーク木頭、ゲストハウスのネクストチャプター木頭などがあります」
──地域の子どもたちのためのコンビニとは、具体的にどのようなことなのでしょう。
宮脇:「先ほど高齢者の買い物事情の話をしましたが、同じ問題は子どもたちにもあるのです。買い物は、世の中のしくみや金銭感覚を身につけるうえで大切な経験です。周囲にいろいろなお店があれば小さなうちから体験できますが、店が極端に少ない過疎地域では、その機会さえも限られてしまいます。
お年玉やお小遣いをどう使うか。実際に店頭で選び、頭の中で計算をし、支払ったりお釣りを受け取る中で金銭感覚は身についていくわけです。今は電子マネー化が進み、都会では当たり前の支払い方になっています。しかし、過疎地では大人でさえもスマホ決済を使う機会がないのが実情です。
都会の人が当たり前にやっていることが田舎ではできないというのはある意味で格差。そういう解決を含め、子どもたちがさまざまな選択肢に触れる複合的な場にしたいというのが、未来コンビニの構想なのです」
──農産物直売所のような展開案はなかったですか。
小畑:「使命は地域の暮らしを支えること。であれば、日用品が必ず買えるコンビニがふさわしいというのが結論です」
──ほかにはどんな機能が盛り込まれていますか。
小畑:「ベースとなる役割は地域の方への生活必需品の供給ですが、木頭の名産であるユズの加工品を筆頭に、この地域で作られている商品、さらにはこの木頭の地域的な魅力を知っていただくコンシェルジュのような役割もあります。
ごく一般的な食塩や醬油、お酒、雑貨も売っていますが、地域の発展を賭けて栽培されてきたユズを使ったこだわりの食品や、世界的なコンテストで優勝したパティシエが木頭のユズにほれ込んで作ったスイーツメニューなども並びます」
宮脇:「生活必需品の横に、こうした熱量の高い商品も並ぶことでフック効果が生まれます。通りすがりに寄るコンビニでなく、わざわざナビの目的地に設定して訪ねて来てもらえるコンビニになれば、地域に夢と可能性が生まれます」
──そうなると、さまざまな賑わいが生まれますね。
宮脇:「人と人との交流が生まれるコンビニというのも、コンセプトです。徳島市内の人も来ますし、首都圏からわざわざ来られる方もいます。そういった人たちと接することで、子どもたちは世の中にはいろんな人、いろんな物事の見方があることを知っていきます。
交流を促すために、奥には子ども向けにセレクトした本も置いたカフェスペースが、入り口にはゆったり休んでいただけてイベントもできる雛壇型のテラスを設けてあります」
小畑:「カフェスペースには外国人クリエーターから見た木頭の魅力を映像化した動画も流れています。小さいながらもイベントも行なっています。起業家を目指している、徳島では有名な小学生にクイズ大会を企画してもらったり、テラスではこだわりのコーヒー屋さんに出店をしてもらったり。
地元のおじいちゃん、おばあちゃんもよく休憩していて、よそから来た人との会話が生まれています。ふるさと学習の一環で、県内だけでなく隣県の高知県の学校なども来てくださいます。最近は行政の視察依頼も多いですね」
コンビニという空間を起爆剤に人を呼び、仕事の選択肢を増やす
──世界一美しいコンビニとも名乗っておられます。
宮脇:「それもメッセージです。過疎地ですから、少ない住民を取り合うような商売をしても意味がありません。ただ通りすぎる場所だったところを人が集まる場所に変えたり、旅先を探している人に選んでいただくことで外貨を稼げるしくみを作る。そのためには、ありきたりの小売店では難しいということです。
美しいという言葉にはいろんな意味があります。ひとつは美的であること。未来コンビニは店舗デザインにもかなり力を入れていて、おかげさまで世界の著名なデザイン賞を次々と受賞し、現在11冠です。受賞の理由には建築デザインの洗練さや斬新さもあると思いますが、自然との共生や地域の子どもたちの未来を支えたいという考え方への評価だと思っています」
──SDGs時代の美しさとはなにか、という観点ですね。
宮脇:「過疎地域からの発信と挑戦のスタイルが美しさとして認められたものと解釈しています。ただ、未来という言葉は誤解も生じやすく、アマゾンゴー(※1)のような店が徳島の山奥に出現したと思って見に来る方もいらっしゃるのですが(笑)、機能としてはむしろとてもアナログな店です。
※1 アマゾンゴー 電子通販大手・アマゾンのリアル店舗。スマホアプリを使い、入出店から決済までを無人で行なう。
世界一美しいというフレーズに興味を持って来てくださる方というのは、じつは私たちもびっくりするほど木頭のことを調べてこられます。過疎問題、環境問題、教育問題のような社会課題にも敏感で、想いは着実に伝わっていることを感じます」
──現在の利用状況はどんな感じでしょうか。
宮脇:「オープン自体がコロナのさなかという番狂わせの状況でした。順風満帆というわけではなかったのですが、コロナの収束とともに客足は着実に増えていますし、地元の方々にも受け入れていただいています。
コロナの三密対策で影響を受けた交流イベントについては仕切り直しの最中ですが、それも時間の問題と考えています。
先ほど小畑の話にもありましたが、アイスが欠品してしまうというような街のコンビニでは起こりえない機会損失も課題です。しかし、これもさほど難しいことではないと思います」
小畑:「コロナ明けの今年のゴールデンウイークは、レジ通過客が1日500人くらいありました。平均客単価も1000円を超えます。目下の課題としては閑散期の売り上げ確保です」
宮脇:「そもそも出発点が既存のコンビニとは違うので、同じ損益計算式は当てはめられません。また、持続可能なビジネスにしなければなりません。私たちに与えられた役割の重さを日々実感しています。
ここで育って外へ出た人たちが帰ってきたくても、あるいは木頭が気に入って暮らしたいと思う移住希望者がいても、都会に比べると職種の選択肢は狭いです。未来コンビニは、木頭の就労の選択肢を広げる新たな挑戦にも取り組んでいます」
かけがえのない財産「自然」の価値を上流から下流へ伝える
未来コンビニの運営をサポートするキトウデザインホールディングスのホームページには次のような言葉がある。〈木頭で触れ合う人・山・川・空・星・柚子が遠くなつかしい記憶をよみがえらせる。木頭を愛する心、大自然のなかで育まれた温かい人々・文化・伝統。わたしたちは、これらの宝物を磨き続け自然との共生をテーマに、木頭で暮らす人、訪れる人、全ての人が笑顔になれる、奇跡の村を創造します。〉
この奇跡の村宣言の骨格となる存在は自然。未来コンビニから車で20分ほどの深い森の中にある『キャンプパーク木頭』も、この企業グループの想いを体現した施設だ。キャンプパーク木頭は手ぶらでOKのスタイルをとる。宿泊はヴィラとコテージ、ロッジ。静かな時間を共有できるよう棟数は絞り込まれている。眼下の渓谷は夏は下界の暑さを忘れるほど涼しい。夜は漆黒の谷の上に冴え冴えとした月や満天の星が現われ、壮大なシアターとなる。今はアウトドアのスタイルもさまざまだが、エントリーの敷居を下げることで、川下である都会の人たちに自然との共生の意味を伝えたいという意思が感じられる。
未来コンビニ 流 小さな店が田舎にできる3つの貢献
1過疎地域における「灯台」の役割
商店がひとつ消え、またひとつ消えるという状況の中、夜でも明かりがついている店は灯台のような存在。過疎地域の希望になる。
2「買い物」という、暮らしに欠かせない循環機能の維持
経済活動の基盤にあるのはお店。どの地域でも、物が行き来し人と情報が集う市場や商店は循環器のような役割を担ってきた。
3新しい経済と交流を外部から呼び込むことができる
SNS時代の現在、商売を始めるということに関して田舎は不利でない。むしろ田舎であることが有利になるという例も増えている。
※構成/鹿熊 勤 撮影/藤田修平
(BE-PAL 2023年11月号より)