名古屋駅前から徒歩10分内。これほど都市部にあるブリューバーは珍しい。今や名古屋を代表するブルワリーになったワイマーケットブルーイングには、クラフトビールの楽しさが詰め込まれている。代表の山本康弘さんにインタビューした。
何これ、ウチでもできちゃうじゃん!?
実家は80年以上つづく「酒の岡田屋」。名古屋駅前の街の酒屋であり、飲食店への卸をしている。ワイマーケットブルーイング(以下ワイマーケット)の母体はこの岡田屋だ。社長の山本康弘さんは、先代の父が早くに亡くなったため、弱冠18歳で3代目に就いた。1990年代初めの頃だ。場所は名古屋駅から徒歩10分。名古屋市の台所と呼ばれる柳橋中央市場に近い。
2000年代後半、岡田屋にあるブルワリーの人が営業に訪れたのを機に「クラフトビール」に興味を持った。その後、東京で開かれたビールイベントに参加して驚いた。
「自分の知っているビールとあまりに違った。面白いと思ったし、もちろんおいしいと思った。その頃はウチも大手ビール会社のビールしか置いてなかったので、ぜひ取り扱いと思いました」
驚いたのはビールの味だけではない。イベント会場には参加者のブルワーやビールファンらの熱気が、文字通り熱く充満していた。
「ビールは日本でもっとも飲まれているお酒でありながら、売られているのがほとんどラガーだけ。しかもメーカーが4社って、考えれてみると異常です。日本酒の蔵元なんて何百とあるのに」
あらためてビール市場の“異常さ”に気づいた山本さんは、岡田屋でクラフトビールを仕入れ始めた。しかし、「はじめは思うようには売れませんでしたねー」と振り返る。
「クラフトビール」という言葉が、まだ一部のビールマニアにしか知られていない時代だった。
「とにかくクラフトビールを知ってもらわなくては」。そう考えた山本さんは、まずビアバーを開くことにした。名古屋は東京、大阪に次ぐ商業都市でありながら、なぜかビアバーの少ない街だった。2009年、地下鉄・栄駅の近くに国内外のクラフトビールを揃えた店「KEG NAGOYA」をオープンした。山本さんにとって飲食店経営は初めての経験だ。これですぐクラフトビールが話題になるというわけではなかったが、「クラフトビールは面白い商品。いつか必ず形になると、根拠のない自信がありました」
そこには酒屋と卸として蓄積された経験が活かされたのではないかと思う。同時に山本さんは積極的に仕入れ先のブルワリーを訪問し、ブルワーの話を聞き、ブルワリー設備を見学させてもらった。
意外と小さい場所で造っているんだな……。というのが山本さんの第一印象だ。それまで多く見てきた日本酒や焼酎の酒蔵は、広大な敷地の中に立っていた。地ビール時代をカウントすれば第2次というべきクラフトビールブームの初期、数坪の小部屋で醸造しているブルワリーもあった。
「何これ、ウチでもできちゃうじゃん!?」
惚れ込んだクラフトビール。自らメーカーになってみたいという思いがフツフツとわき上がる。
生まれ育った町で造りたかった
山本さんは以前から製造業に販売・卸業にはない魅力を感じていたという。ブルワリー設立を思い切るきっかけになったのは、長年、岡田屋の取引先であった寿司屋のおやじさんの引退だった。柳橋のビルの1階に、その寿司屋はあった。
「お前、ここで何かやれよ」
おやじさんからこう声を掛けられた。山本さんの祖父の時代、つまり岡田屋初代からのつきあいのあった寿司屋の主には、子どもの頃から何かと世話になってきた。その人からのひと言が、山本さんの背中を押した。
このスペースでブルワリーができるかな? 山本さんは寿司屋の場所を、つながりのあった醸造設備会社の人に見てもらった。何とかなるんじゃないか、となり山本さんはブルワリー設立に動いた。ツテのあるブルワリーを回り、ブルワーを探した。設備は、鳥取県の廃業したブルワリーに眠っていた日本製の醸造設備を譲ってもらえることになった。
「パズルのピースがパンパンパンとはまるように」(山本さん)という勢いで、ワイマーケットは2014年11月にオープンした。1階の元寿司屋のスペースがブルワリー。2階はビアバーのブリューバー方式だ。
「今はかつての市場の賑わいは薄れてきましたが、朝から市場を行き来する人たちのワイワイする中で自分は育ってきました。生まれ育った町で、自分の好きなクラフトビールを造りたいという気持ちが大きかったんだと思います」
名古屋の駅近。柳橋中央市場に生まれたクラフトビールブルワリー。地元のクラフト好きはもちろん、わざわざ遠方から飲みに来たり、東京や大阪への出張帰りの途中に立ち寄るクラフトファンで賑わった。
あくまでも名古屋のブルワリーだという思い
ワイマーケットのビールはとにかく種類がたくさんあって、これまで醸造してきたビールの数は約400種ほど。すばらしいのはHP上で、そのすべてが検索できることだ。「特にIPAが人気」というのが筆者の印象だが、「東京方面への出荷はIPAが多いからでしょう」と山本さんは説明する。
実際にブリューバーのタップリストを見ると、ラガービールも充実している。特定のスタイルに特化したいわけではないらしい。やはりビールは現地で飲まなくてはという思いを新たにする。
「もちろん、私たち造り手には、いろいろなビールを造っていきたいという思いがあります。自分たちが知らなかっただけで、ビールはこんなにも幅広く、奥が深い。そこに面白さを感じているので」と、クラフトビールだからこその楽しさを追求している。
また、生まれ育った地元だけに、山本さんには名古屋ブランドへの思い入れが強い。2か所目になる大きな醸造所を名古屋市北部の西区、ギリギリ名古屋市内に建てたのも名古屋ブランドを大事にしているからだ。
名古屋西工場では週末、タップルームを開いている。最寄り駅は名鉄・上小田井駅から徒歩15分ほど。
「スタッフにとっては接客が大変かもしれませんが」と前置きしつつ、「クラフトビールは飲み手と造り手が近いことも魅力のひとつだと思うので」と話す。たしかにクラフトビール好きはブルワーに聞きたいことがたくさんあるのだ。
3年前からホップの生産も始めている。さすがに名古屋市内というわけにいかないが、愛知県豊田市の、岐阜県や長野県との県境に近い畑で生産している。これも愛知県ブランドを死守している。
「ビールは、副原料は地元の農産物が使えますが、主原料となるとほぼ100%輸入になります。水だけ地元産で。そうすると日本のクラフトビールのアイデンティティって何だろう? と思う。たまたま日本で造っているだけ、みたいな。名古屋で造っているビールだから、少しでも地域のものを原材料に使いたい」
地産の原料を使う。ローカルを意識したビール造りはクラフトビールブルワリーの特質である。ホップ畑は現在3反ほどの広さで、来年以降も生産量を増やし、「ワイマーケットの自家製ホップ使用量を増やしていく」予定だ。すでに畑の近くにホップの乾燥機を設置、収穫用の機械も購入。本気を感じさせる。
現在、収穫時にはボランティアを募集している。ホップ収穫をイベントにして楽しむブルワリーが近年各地で増えている。朝から収穫、昼にお疲れさまとビールで乾杯。これもクラフトビールブルワーならではのローカルな収穫体験だ。
次々とさまざまなビールを繰り出す。それをブリューバーで提供する。市街地から足を伸ばせば工場のタップルームで飲める。地場産ホップで仕込んだビールが楽しめる(もちろん季節も数量も限定)。その収穫イベントに参加できる。これらはみなクラフトビールブルワリーならではの楽しみ方である。
近年、クラフトビール人気がワーッと盛り上がり大手ビールメーカも参入する商材になった。ワイマーケットは来年で創立10周年を迎える。名古屋駅の新幹線ホームに到着して15分で辿り着けるブリューバー。これほどの都市部でブリューバーを維持するのは、いくら実績のある酒屋が母体といってもたやすいことではないだろう。地元に根づいた酒屋だからこそ挑戦できることもあるだろう。超アーバンなブリューバー、ワイマーケットが次に何を繰り出すのか楽しみだ。
ワイマーケットブルーイング 名古屋市中村区名駅4-17-6
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