東京23区内、特に山手線の内側はビル街や飲食店街、住宅街ばかり。そう思っている人が多いかもしれません。でも、目を凝らせば東京都心にも「山」はあります。そんな東京の山の世界を、日本で唯一のプロハイカーである斉藤正史さんが案内します。第24座目は、文京区にある有名な植物園で山を探ります。
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第24座目「小石川植物園」
前回の小石川後楽園の回で地図に無い山を発見。味を締めた僕は、もしかしたら近くの小石川植物園にも山があるのではないかと考えました。
調べると、もともと小石川植物園の敷地は、1652年に館林藩下屋敷が設けられた場所だそうです。この連載ではお馴染みですが、下屋敷に回遊式庭園あり。ということは、築山も景色の一つとしてつくられたのではないだろうか――と淡い期待を抱いたのでした。
高台と東屋は見つけたけれど…
小石川後楽園と、小石川植物園。名前が似ているけれど、全く違う施設です。小石川後楽園は都立公園ですが、小石川植物園の正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」。小石川植物園という呼び名は、通称でした。知らなかった!
小石川植物園は、植物学の研究・教育を目的とする東京大学の附属施設です。日本でもっとも古い植物園であり、世界でも有数の歴史を持つ植物園の一つだそうです。その始まりは、約340年前。1684年に徳川幕府が設けた「小石川御薬園」が小石川植物園の遠い前身。時代劇が好きな方なら聞き覚えのある「小石川養生所」は、徳川吉宗の命により「小石川御薬園」敷地内に幕府が江戸に設置した無料の医療施設です。
1877年、東京大学が設立された直後に附属植物園となり、一般にも公開されるようになったそうです。NHKの朝の連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった植物学者・牧野富太郎博士が研究していた場所でもあるのです。
※詳しくは東京大学大学院理学系研究科附属植物園ホームページでご確認ください。
最近は都内の山行にも慣れてきたので、いちいち地図を確認しなくても「なんとなく、こっちだよね」と歩を進めていくことができるようになりました。でも、油断は禁物、弘法も筆の誤り?白山駅を出発し、やがて小石川植物園の壁が左側に見えて来たところで、ロストしたことに気付きました。ん?反対側に来てしまったんじゃないか!?
とはいえ、ぐるっと回れば入り口に着くし、問題ないかなと思い、そのまま歩いていきます。が、歩けどいっこうに着きません。いったいどうなっているのかと、地図を見てびっくりしました。かなりの遠回りをしていた事に気付いたのです。それでも何かしらの発見や収穫があればOKですが、ここでの遠回りは特に何もありません。どうぞ皆さんは最短の道で歩いて下さい(この記事の最後で紹介している動画は最短ルートで撮影しました)。
小石川植物園には見どころがいろいろありますが、今回は本館方向から反時計回りに園地を巡ることにしました。築山がありそうな場所は、地図で「日本庭園」と記されているエリアです。
入り口から急なアスファルト坂道を登っていくと、本館が見えてきて、丘の上に着きます。丘の上の奥には、柴田記念館と公開温室があります。なんとなく敷地の外周を歩いていくと、ニュートンのリンゴとメンデルのブドウの表示がありました。そう、ここにはニュートンの生家にあったリンゴの木の枝を接ぎ木したものと、遺伝子学の基礎を築いたメンデルが実験で用いたブドウの株も展示されているのです。
その温室を抜けると、園路がトレイルのような道に変わってきます。森を歩いていくと、入り口とちょうど反対側に、高台に東屋がありました。東屋から見下ろすと、立派な庭園が見えました。もしかしたら小石川植物園で一番高い場所かなと直感しました。ただ、周辺を見渡してみても「山」の存在を示すものは何一つありませんでした。
その高台を下り、日本庭園を通って、入り口に向かいました。日本庭園を過ぎると、緑豊かで静かなトレイルのような道が再び続きます。東京の山手線のど真ん中付近にこんな場所があったとはと、本当に驚かされます。
小石川植物園は、今まで巡った庭園とは少し違う印象です。人々が気軽に触れられる自然や植物、丁寧な説明書きのある看板が適切に配され、人間と自然界を繋いでくれる場所に思えました。この日は残念ながら次の予定があったので、ゆっくりできませんでしたが、売店のある近くの広場では、小さなお子さんを連れたご家族がレジャーシートを広げくつろいでいる姿を多く見かけました。春には桜も咲くそうですし、1年を通して色々な植物に触れられる環境は素敵だなと感じました。
小石川植物園を出る時になって、ムズムズした感覚がありました。そういえば、「山」が無かったことに気付いたのです。しかし、どうこうしようとは思いませんでした。その昔、庭園の東屋があった場所辺りがおそらく築山だったのでしょう。ただし、ここは単なる庭園ではなく、植物を研究する場所です。時代とともに、築山の存在意義が薄れていったのではないでしょうか。
今回は、残念ながら「山」がありませんでした。でも、心から素敵だなと思える自然に触れることができたし、それはそれでありかなと思いました。それもこれも、僕が頂上を目指すことを目的としない、トレイルを歩くハイカーだからかもしれませんね。
時には道に迷ったりしつつ、それすらも楽しみ、数百年に渡って守られてきた自然を満喫することができる。しかも、最寄りの登山口(駅)から徒歩数分の、都心で。これぞ、東京の登山やトレッキングの醍醐味だと思ったのでした。
次回は「文京区駒込の富士山」を予定しています。
なお、今回紹介したルートを登った様子は、動画でご覧いただけます。