はじめに
新年を迎え、能登半島地方をはじめとする日本海側の各地で大きな地震が起きました。
私とコアはこの連載vol.7「救助犬の仲間たちのものがたり」で紹介したクレアとチームを組み、捜索活動にあたりました。実際の捜索活動では訓練にはないようなことも多々あり、もっとさまざまなケースを学んでいかなければと感じました。災害は季節を選んでくれません。雪中での訓練も積極的に取り入れていきたいと思っています。
今なお被災地にて活動されている方々の安全と、被災されたみなさまの復興と亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
3頭の災害救助犬がチームを組んで冬山遭難救助訓練に参加
この冬は全国的に暖冬傾向と言われていますが、本格的な雪山のシーズンに入り、冬山登山やスキー、スノーボードを楽しんでいる方も多いのではないのでしょうか。そんなみなさんが安全に楽しくスノーシーズンを過ごすための参考情報として、岩手県で行われた冬山遭難救助訓練の様子を紹介したいと思います。
昨年、3月4日に行われた北上地区山岳遭難防止対策委員会(土井佑之会長)の主催による冬山遭難救助訓練には、北上、和賀(わが)、西和賀(にしわが)の3つの山岳会と、北上署、北上地区消防組合消防本部などから約30名が参加。さらに初めての試みとして、災害救助犬が実施訓練に加わりました。
北上地区山岳遭難防止対策委員会は、岩手県の中程に位置する北上市と秋田県堺に隣接する西和賀町の1市1町のメンバーで構成されており、山岳遭難救助の対応山域は、夏油(げとう)三山周辺、真昼岳(まひるだけ)、和賀岳周辺などが主となっています。近年では夏油スキー場近辺でのスキー、スノーボードによるバックカントリーでの遭難が増えていることから注意喚起をしています。
災害救助犬では、コアと同じホワイトスイスシェパードのさちとゴールデンリトリバーのゆきの3頭が訓練に参加しました。コアは雪遊びが大好きなので、この訓練へのお誘いがあった時に、雪を見て興奮してしまい迷惑をかけてしまうのではないかと不安がありました。
でも、コアの救助犬の仲間のさちとゆきハンドラーで、日赤岩手県支部の防災ボランティアリーダーの佐々木光義さんがおっしゃった「訓練でできなければ本番もできない。訓練なのだからまずは様子をみてみましょう」という言葉に背中を押されました。
そして、私とコアがふだんからスキーやスノーシューで雪に親しんでいることが、いつか救助活動のプラスにつながれば、と思い参加を決めました。
冬山遭難救助の基本知識を講義で学ぶ
訓練の最初に講義を受け、雪崩遭難での捜索時の知識として、「雪崩インシデントマネジメント」「救助に向かうとき」「仲間による捜索」「掘り出し」「道具の使い方」といったテーマで学びました。
「道具の使い方」では、“雪山3種の神器”といわれているビーコン、プローブ、スコップについての説明を受けました。
●雪崩ビーコン
雪崩用のビーコンは電波の送受信装置で、行動中は常に電源をオンにして、電波が発信される状態にしておきます。雪崩が発生したら、スイッチを受信に切り替えて埋没者を捜索します。
雪崩ビーコンは「雪崩に埋没してしまった人を探すための」「自分が雪崩に巻き込まれてしまった時に探してもらうため」とふた通りの目的をもつ装備です。
●プローブ
プローブは折りたたみ式の棒で、雪面に対して垂直に刺して埋没者を捜索します。ゾンデ棒とも呼ばれますが、訓練では混乱を避けるため用語を統一してプローブとしました。
●ショベル
埋没者の掘り出しに必要なショベルは金属製の強度のあるものがおすすめとのこと。訓練方法など詳細を知りたい方は日本雪崩捜索救助協議会のHPをご覧ください。
救助犬も参加して行われた雪山での実地訓練
講義の後は、雪山に移動して実地訓練。グループに分かれて雪中に埋めた雪崩ビーコンを探しました。実際に雪崩ビーコンを使って埋められたビーコンの場所を絞り込み、プローブを雪に突き刺して埋没場所を確定。ショベルを使って掘り出す捜索訓練を行いました。
雪崩ビーコンはとても役に立つ道具ですが、電波がまっすぐではなく3D楕円の形状で出ているといった特性があるため、繰り返し練習して使いこなせるようにしておかなければ、いざという時に活用するのは難しいと感じました。
雪崩捜索は時間との闘い。「〇〇の方向に雪崩発生!」の声とともに「走れー!」という掛け声がかかり、捜索グループ全員が深い雪のなかをものすごいスピードで走っていきます。 私はスキーやスノーシューが趣味で雪には馴れているのですが、それでも山岳会のみなさんのスピードについていくのに必死でした。
いくら救助犬を育成しても、ハンドラーの知識と体力がなければ、現場には立てないとあらためて思いました。
そして、いよいよ災害救助犬との合同訓練。雪山に掘った穴に横たわっている人、完全に雪に埋まっている人など、さまざまなパターンの捜索訓練を行いました。
救助犬たちは雪から漏れ出る埋没者の匂いを捉えて、雪の斜面を走り、埋没者を発見してアラート(発見したことを吠えて知らせる)していきます。
動画はこちら。
はじめての雪山での訓練を終えて
身体の大きいコアは深い雪のなかもパワフルに走っていけます。大好きな雪のなかでも、興奮しすぎるでもなく、しっかりと捜索してくれました。コアは、遊びの時と訓練の時と、きちんと区別できているのだなと感心しました。
合同での訓練に続けて救助犬チームだけでさらに訓練をした後、コアとさちはご褒美にいっぱい遊びました(ゆきはシニアなので休憩していました)。楽しい気分で訓練を終了することで、犬たちに捜索訓練に良いイメージを持ってもらえればと思います。
冬山遭難救助訓練を終えての帰り道、三陸道を南下する途中で海辺を散歩して、東日本大震災遺構を目にしました。再び車を走らせながら、積み重ねた訓練が、少しでも減災につながればと思いながら帰路につきました。
「冬山に入るときの備え」をインタビュー
私とコアが参加した冬山遭難救助訓練を主催した北上地区山岳遭難防止対策委員会会長で、北上山岳会会長でもいらっしゃる土井佑之さんに、冬山で気をつけることや遭難救助訓練のことなど、いろいろとお話をお伺いました。
土井さんにとって冬山の魅力とはいったい何でしょう
「何といっても美しいことです。真っ白に輝く山々を見たらやはり登ってみたいと思います。また、夏山より困難な分、達成感も大きいです。冬山でのテント生活、山小屋生活も楽しいですよ」(土井さん。以下同)
初めての救助犬との合同訓練はいかがでしたか
「いつもアバランチトランシーバー(雪崩ビーコン)、ショベル、プローブを利用した雪崩遭難対応の訓練やロープワーク、搬送訓練ばかりだったので、大変新鮮でした。雪崩捜索において災害救助犬がどこまで可能性があるかもっと検証してみる必要があると感じました」
冬山救助訓練で大事なことを教えてください
「救助訓練の目的を明確にすること、リーダーの指導技術を高めること、各団体の意思疎通を図ることが大事です。それぞれの団体が遭難救助において効率的、効果的に動くことができるよう、訓 練の際に顔見知りになり意思疎通が図れるようにすることが大切であると考えています」
冬山に入る人へアドバイスをお願いします
「・冬山の知識を学び、しっかり準備(体力、気力、装備)すること
・目的とする山をしっかり事前調査し、ルートを見失わないよう赤布(あかふ)をつけたりしておくこと。
・読図、ナビゲーションの知識を身に着け訓練しておくこと。
・低体温症、凍傷に対する知識を身につけ対応できるようにすること。
・雪崩の危険性のある所は「冬山の三種の神器である、アバランチトランシーバー(雪崩ビーコン、ショベル、プローブ(ゾンデ棒)を所持し、使い方を熟知しておくこと。
・ラッセル等に対応できるよう体も鍛えておくことも大切です。
・無理をせず、状況に合わせて撤退すること」
登山に限らず、スノースポーツ全般で心がけておかなければならないことですね。土井さん、どうもありがとうございました。
インタビューの後に、土井さんと少しお話しをさせていただいたのですが、その中で一番心に残っているのは「冬山だけではないのですが、常に山に対して 謙虚であり、山に対する畏敬の念を持つこと」という言葉です。
私は年間を通してコアと一緒によく歩くトレッキングコースがあるのですが、何十回も歩いているコースなのに、はじめて雪シーズンに行った時は途中で道がわからなくなり、登山用のアプリで何回も確認したことがあります。自然の中では、つねに準備をしっかり整え、気を引き締め無くてはと思います。
北上山岳会会長 土井佑之(どい ひろゆき)さんプロフィール
北上山岳会6代目会長。北上市立北上中学校 教諭。(昨年の3月まで北上市立飯豊中学校 校長)。(一社)岩手県山岳・スポーツクライミング協会 指導部長 北上地区山岳遭難防止対策委員会会長
AC(アルパインクライミング)コーチ2 A 級検定員、SC(スポーツクライミング)コーチ1C 級審判員。/AC、SCの指導者の育成を行っている他、様々な講演会等を通して、登山技術の指導に当たっている。