水に触れることで地球をひとつの生命体として捉える
人生初の水遊びは、水道水を満たしたカルキ臭がする庭のビニールプールだった。それから学校のプールで泳ぎを覚え、カヤックを手にしてから川や湖へ漕ぎ出し、パックラフトで島を横断し、SUPに犬を乗せて海岸を巡るようになった。地球の表面の約70%は水に覆われているというから、遊び場が尽きることはないし、スーパーSUPやマンタフライヤーなど新しい道具が登場していることからも、水遊びは現在進行形で進化し、もっとも伸び代のあるアウトドアアクティビティーといえるだろう。
山岳から渓流、河川、海岸と水の流れを追った旅のなかで、いつもぼんやり頭にあったのは、水の循環だった。水蒸気になって空へ昇り、雨や雪となって大地へ戻り、そしてまた空へ。手にすくった水の分子は、ホーン岬からやってきたものかもしれないと、世界地図を頭に広げるイマジネーションに何度胸が躍らされたことか。血液のようにぐるぐる巡る水に触れることで、地球をひとつの生命体として大事に捉えるようになった。
その土地の環境に馴染むことを「水が合う」という。生き物にとって水がいかに大事かを古人はよく知っていた。飲み水はもちろん、すくったときの手のひらの感触、水温、におい、その水で育った作物、魚、獣、すべてにおいて「水が合う」か否か。ミネラルウォーターから生鮮食品までをスーパーで買う現代人に「水が合う」感覚はわかりにくい時代だ。北極圏から赤道までいろんな水辺を旅してきたのは、「水が合う」とはなんぞや? という問いの答えを拾い集める作業だったのかもしれない。
12年前、家の横を湧水が流れる山奥に居を構えた。淵に飛び込み、人も犬もそのまま沢水をガブガブ飲める環境が気に入った。空から山河に降りた水は、イワナと山菜を育み、流木という名の薪を運んできては、天然クーラーとなり、雪に姿を変えて山スキーへ誘う。一年を通してますますどっぷりハマっている。水遊びならぬ、H2O遊びに。そして、水を求めて出かける機会は減った。ようやく、水が合ったのだ。
湖上でキャンプ…スーパーSUPだからできること
貸してくれた人
「POWER DRIVE R117」代表 庚 敏久さん(下の写真左)
千曲川と北竜湖でカヌーガイドやレンタルを行なう水遊びの達人。スーパーSUPは3艇所有し、24時間レンタルは半日ツーリング(6名までガイド付き)と同額に設定。
漂流した人
ライター 森山伸也(同・右)
衣食住を積んだSUPで島や川を旅してきた物書き。漂流本が好物で『漂流』(吉村昭)、『漂流者は何を食べていたか』(椎名誠)などの書物が今回の夢を成熟させた。
PEAKS5/スーパー SUP
レンタル料金:20,000円(24時間、パドル、PFD付き)
問い合わせ先:TEL:080-6540-2438
野宿ならぬ水宿を楽しむ
幼少期に読んだ『十五少年漂流記』や『ロビンソン漂流記』の影響なのだろう。木の上で暮らしたい。雲の上で眠りたい。と同様に水の上にぷかぷか浮かんで星空を眺めたいという強い願望があった。マジものの漂流はハードルが高いので、せめて静水で一夜だけでも…。
そんな折、友人のカヌーガイドが所有するスーパーSUPを見て、アレだったら衣食住を持ち込んで漂流できると閃いた。向かった先は、長野県飯山市にある北竜湖。端から対岸までの距離は長いところで約500m、周囲約2.5㎞と漂流するには大きすぎず狭すぎず、ちょうど良い広さだ。初対面のスーパーSUPは全長約4m、幅は約120㎝。2人用テントが横幅ギリに収まり、前後にテーブルなどを置けるナイスサイズ感だ。沈しても脱出でき、露と陽を遮るフロアレスタイプを寝床に選んだ。
「今日は風があるけど明日は無風の好条件。あとは湖の主の竜が暴れないといいけれど」
持ち主の庚くんに驚かされながら、沖へ押し流される。
湖上を流れる風の中にポツンと座る。暑いなと感じたらそのまま湖中へ転がりクールダウン。デッキに這い上がって外気浴。視界が360度開けた圧倒的な空間独占により、オナラも音楽も全開だ。流氷の上でくつろぐアザラシのようにゴロゴロする。
テントに吊り下げる蚊帳を持ってきたが出番はなかった。食べ物に近寄ってくるキツネやクマなどの野生動物の心配もない。地震が来ても、山火事が起きても無敵。ドコモの電波は3本。光は反射するが、音と熱は水が吸収してくれる。地球上で心底安心でき、快適な寝床があるとするなら、それは風のない湖上なのではないか!
上下ふたつの夕焼け空に挟まれて大の字に寝る。目線と同じ高さでジャボンと魚が跳ねた。岸ではウシガエルが鳴いている。チャプチャプと波を受けて弾むSUPがあくびを誘った。
夜中に起きるとわが城は、風に流され、南岸に着岸していた。陸とつながった途端に恐怖が押し寄せた。外敵との接触を拒むため沖へすかさず漕ぎ進む。水は往々にして恐ろしいものであるが、ときに安心をもたらすものなのだと知る。フロートを湖へ落とし、夢の中へ落ちていく。
殺人的な朝日の眩しさに眼球が白旗をあげた。5時前だというのに明るすぎる。周囲を囲む森と湖が光を弄ぶように回していた。だが不思議と暑くはない。なんと神聖で壮快な朝だろう。
太陽が頭の上に来たころ、後ろ髪をひかれながら上陸する。庚くんがニヤニヤとやってきた。
「夜中に竜の目玉が湖面に光っていたと村中のウワサだよ!」
野宿ならぬ水宿、クセになる。
13:00 START
衣食住を乗せても大人ふたりで持ち運べる手軽さがいい。
15:00
火照った体を湖につけてクールダウン。
18:00
熱湯がパンクを引き起こす可能性があるので、火器の使用は注意して最小限に。
19:00
誰もいなくなった湖を独占夕焼けクルージング。立っても安定感抜群!
就寝前の沐浴で爽快な眠りを得られた。
22:00
ランタンを灯したテントが暗闇にぷかぷか浮かぶ。湖の主とされる伝説の竜の目が光っている!?
06:00
大人ふたりでも生活できる十分なスペースと安定感は、漂流者に熟睡を提供してくれた。2艇つなげて4人で寝てみたい。フロート焚き火台が欲しいなど湖上の夢は尽きない。
寝転んだ目線と水面が同じ高さになる水上生活の開放感よ。
快適水上キャンプ術
就寝時に寝袋から露出する顔面を覆う蚊帳は、シェルター内側に吊るす。だが蚊などの虫は皆無。
SUPが風に流されないよう十字に結んだ大ペグをふたつ、ナイロンバッグに入れてアンカーにした。
水上キャンプのルール4か条
フロアレスシェルターを
沈したときに脱出できるようホーボーズネスト2のフライのみを使用した。
PFDは肌身離さず
就寝時は枕にするなど、ライフジャケットは常時手の届くところに置こう。
天幕はしっかり固定
SUPのデッキにあるDリングやハンドルに、テントやバッグを確実に固定。
パドルは予備も用意
ラフティング用のシングルパドルが相性グッド。流失に備え予備は必携だ。
※構成/森山伸也 撮影/大森千歳
(BE-PAL 2024年9月号より)