現地の人が乗っているような木舟で旅をしたいから、旅の始まりはまず木舟を探すところから。今回はこの木舟に出会うまでの紆余曲折をお話します。川が長けりゃ、実際に下り始める準備も長くかかる。それがアマゾン川なのです。
アマゾン行くなら、黄熱病の予防接種を
猛獣、毒虫、はたまた人間も(?)、ありとあらゆるものが殺しにかかってくる…なんていわれているアマゾンで、とくに油断ならない敵といえば伝染病。でも、現代医学で予防できる伝染病もあります。
例えば、マラリアなら現地の薬局へ行くと予防薬があって、週に1回1錠飲むだけで高い予防効果があります。それから、注意したいのが黄熱病。
WHOの発表によると2022年のペルーでの黄熱病の発生件数はたったの7件。そのうち死亡は5件ですが、歴史を振り返ると、野口英雄の命を奪ったのも黄熱病。予防接種は現在義務化されていないものの、命に係わる病気は怖いので接種することを決意しました。
決意、というからには、私にとっては一大決心なのです。何せ私は大の注射嫌い。だって痛いじゃない。接種会場に向かう道すがら、通過したのはローカルなニオイがする市場や食堂。南米らしい雰囲気ムンムンなのに、注射が気になって心臓バクバク。観光どころじゃない!
ペルーの首都リマには、外国人でもほぼ無料で黄熱病の予防接種を受けられる「Vaccination Center(ワクチネーション・センター)」という施設があります。
予約不要とのことで、午後の営業開始時刻ピッタリに行くと、すでに長蛇の列。インフルエンザや子供の予防接種も行う施設で、入場にはマスク必須。「えっ、持ってないよ」と慌てるも、すぐ近くの露天商が売っていて、注射は嫌なのに人の流れに押されるまま会場入り。
なかに入って受付にパスポートを提出し、しばらく待つと伝票のようなものを渡されます。実は黄熱病の予防接種が「ほぼ」無料というのは、接種そのものは無料だけどイエローカードと呼ばれる接種証明書の発行に1,000円から2,000円ほどの手数料がかかるのです。一旦外へ出て、接種会場とは違う建物の窓口で支払いを終えると、おじさんが「ボルベール!ボルベール!」と指示を出します。もと来た建物へ「戻れ」という意味でした。
私のスペイン語、初めての動詞はボルベール。注射が痛かった思い出と一緒に、今でもしっかり覚えています。ああ、痛かった。
20時間のバスの旅
アマゾン川下りの旅を始めるにあたり、私が目を付けた町はペルーのプカルパ。川の上流地域で比較的アクセスがしやすそうな町だから、と地図を見ながら適当に川下りの旅の出発地点の候補にしたら、なんと、私の短大時代の同級生の親戚宅があることが判明。
世界の遠くにあると思っていたアマゾン川なのに、まさか身近なところにアマゾン川にゆかりのある友人がいるなんて。しかも連絡を取ったら、ちょうど里帰り中。そんな偶然、ある?町の様子を聞くと「船?いっぱいあるよ!買えると思う!」という心強い返事をもらいました。
これはきっと、運命に違いない。期待を胸に、リマからプカルパまでバスに乗車。所要時間、なんと20時間。しかも途中で標高4,000mの山脈を越えるので、高山病に要注意。乗車してまず配られるのはエチケット袋。慣れていない外国人風の人にはおまけでもう一袋。
バスには運転手とは別に車内販売担当のおじさんが乗っています。日本のバスガイド顔負けの話術で、次から次に試供品が配られます。
「虫よけは持った?アマゾンには必須だよ。これは昔からある虫よけなんだ」
でも私は、アロマな自然派ではなくガツンとケミカルが効いた虫よけで徹底的に蚊と戦いたい!
「このクリームを嗅ぐと、スッキリして高山病にならないんだ」
うーん、正露丸を嗅いでいるみたい…。
「豆のお菓子は体に良いよ」
美味しい!けれど食事休憩まで我慢しょう。
半日近く走り、待ちに待った休憩時間。バスが停車した食堂で、ほとんどの乗客が注文したのは大きな器のチキンヌードルスープ。
ゆで卵が殻ごと入っていました。親子を感じる斬新な盛り付けにカルチャーショック。卵の殻って衛生的に気になるところですが、私の胃は大丈夫でした。
マシセア村で船を探せ!
カウチサーフィンというサービスをご存知でしょうか?オンライン上で旅人同士が交流して、家に使っていないカウチ(あるいはソファーや布団など)があれば泊めてあげるという、居候の旅を応援するサービス。
今回私も初めて利用してみると、さっそく1人の女性から返事がありました。
「今はプカルパじゃなくてマシセア村に住んでいるから、是非泊まりに来て!」
彼女はプカルパからボートで2時間ほど進んだところにあるマシセア村で、役場の職員をしているそう。なにやら政府機関の偉い人達による視察と私の訪問日が重なるそうで、私もちゃっかり視察団に同行することに。
さすが視察とあって、特別待遇。行く先々で「ドンドコ、ピーヒョロ」と音楽隊が出迎えてくれます。
しかしながら村の中心部を除いて道路はすべて未舗装路。移動は丈夫なピックアップトラックで、要人以外は荷台に立ち乗り。最初は9人で立っていたのが、次の目的地に着くたびに人が増えていき、10人、12人、そしてダメ押しでニワトリ3羽。
不意に誰かが叫びます。
「前を見ろ!」
道路に枝がはみ出ていて、みんなで一斉に頭を下げて避けます。
今度は道路に大木が転がっている!ショベルカーで持ち上げて、その下を車で抜けました。気分はまるで遊園地のアトラクション。
たどり着いたのは、カイミート湖。大きな湖の周りに集落が点在していて、魚を釣ったりして暮らしています。木舟を作ってくれる船大工もいて、4日間で400ソル(約1万6千円)で作ってくれるそう。早い!安い!
でも湖の穏やかな水面で乗るために作られているのか、船の壁の高さは低め。アマゾン川を下るにはやや不安なので、購入は見送りました。
アマゾンの奥地で昔のヨーロッパにタイムスリップ!
ちなみに、ペルーのアマゾン地域には、意外にも魚釣りに依存しない暮らしをしている人たちもいます。ドイツ系移民の人たちです。
森を開拓して、大きな土地に大家族で住み、家畜を飼って暮らしています。基本的に車には乗らず、移動は馬車で、ときどきトラクター。洋服は、まるで200年前のヨーロッパにタイムスリップしたみたい。
彼らの得意分野はチーズ作り。たくさん作って、村で売ります。村の人たちの間で特に大人気なのが、このチーズを使ったピザパン。彼らはパンやお菓子作りも得意で、夕方ごろ、村の広場で全品1ソル(約40円)で売り出すと、あっという間に完売します。
アマゾンの汚職事件
先ほど紹介したドイツ系の人たちは、村の中心からかなり遠く離れた場所に住んでいるので、水も電気も自分たちで工面するなど、ほとんど自給自足の暮らしを行っています。一方、マシセア村の中心部では携帯の電波も入るし、電気も供給されています。そこで、政府視察団が来るのに合わせて起こったのがこの運動。
村の人みんなでプラカードを持って、24時間の電力供給を訴えています。
マシセア村では夜の10時ごろから朝の7時ごろまで電力を停止していて、夜寝ている間に携帯を充電することができません。お酒が入れば夜遅くまで陽気に騒ぐイメージがある南米で、停電後は発電機のある家に行って二次会を行なうこともありますが、誕生日会をやっても夜の11時ごろには解散です。
みんな、電気が欲しい!
そんな近代化の最中にあるマシセア村に滞在中、事件が起こりました。
なにやら大きな集会が開かれるというので行ってみると、記者会見みたいに神妙な顔をした役場のおじさんたちの姿がありました。なんと、マシセア村の村長さんが横領で逮捕されたというのです。以前から村のみんなで確信していた横領疑惑。今回はその金額があまりに膨らんで逮捕されたとか。
純朴な暮らしが残るアマゾンの村で、大してお金を使う場面もないのに…。お金は人の欲を狂わせてしまうものなのでしょうか。
ヤリナコチャで段ボール大作戦
マシセア村では希望に合う木舟が見つからず、プカルパへ戻っても大きな町だから船着き場には大き目の船ばかり。今度こそ、ここで決めたい。と決意して向かったのは、プカルパの裏手に流れている川沿いのヤリナコチャという地域。
マシセア村で見たのを参考に、私も段ボールでプラカードを作ります。
グーグル翻訳を参考にこう書き込みました。
「Quiero comprar peque-peque y bote de segunda mano(中古のエンジンとボートを買いたいです)」
これを首からぶら下げて市場へ行くと、船が買える場所をみんなが指さして教えてくれました。
「ムイ・ファシール!(とても簡単さ)」と自信満々のおじさんが言うには、ヤリナコチャには船を預かってくれる小屋が何軒も川に浮かんでいて、中古の船を売ってくれるらしいのです。
私が選んだ木舟がこちら。えっ、水漏れしてない?そうなんです、ボロいんです。これでも、売りに出されている中では控えめなボロさなんです。
船は漁師さんの商売道具だから、売ってしまうと仕事にならない。売りに出されるのは、古くてもう使われなくなったものばかり。こういうものは、買うんじゃなくて船大工に直接頼んで作ってもらうのが普通だそう。
今回は職人さんにお願いして水漏れ修理をしてもらって、この船に乗ることに決めました。職人さんが「直せる!乗れる!」って言っているからきっと大丈夫。
アマゾン川下りの旅の出発まで、あともう一歩です(次回へ続く)。