第2話「ときには星の下で眠る」
HILLEBERG /TARP10 UL「星空タープ」
「ときには星の下で眠る」
ああ、なんてかっちょいいセリフなんだ……。
これは僕の人生を変えた真言のひとつで、元ネタは片岡義男の小説のタイトルだ。
ご存じのように片岡義男は’80年代に爆発的な人気を博した作家で、日本人離れしたドライな文体と丁寧な筆致が印象的だった。なかでも氏の描くオートバイ像はこれまでのどんな作品よりリアリティがあり、多くのライダーを虜にした。
僕はこの小説を16歳のときに読んだ。原付免許を取ったばかりで、寝ても覚めてもオートバイのことばかり考えていた。
物語は高校を卒業した主人公が、4年後にかつての同級生の男女ふたりを誘って高原へツーリングに出る、というもの。作中にはさまざまなオートバイシーンが出てくるが、表題から想像するようなアウトドアや野宿のシーンはまったく出てこない。ただ、最後に高原のロッジのデッキで星を見ていた主人公が、今夜はこのままここで眠ると言い出すシーンがある。季節は10月下旬。「寒いわよ」と心配するガールフレンドに、主人公は短くこう答える。「たまには星の下で眠るんだ」と。
僕はそのひと言に悶絶した。今なら「ふーん」で終わりだが、なにしろ当時の僕は都立高校に通うニキビ面の童貞だ。この手のハードボイルド風味にはめっぽう弱いのである。
僕は主人公に自分を重ね合わせ(そして作中のガールフレンドに当時好きだったクラスメートを重ね合わせ)、ひとり妄想を募らせた。大丈夫。俺のことは心配しないでいい。そう、ときには星の下で眠るんだ。
「くうううう~!」
いつか僕もこのセリフを口にしよう。この日から僕はこの言葉をまるでマントラのように唱えながら生きるようになった。
でも……。けっきょく僕は女の子にそんなキザをいう機会もないまま高校を卒業し(それはそれで良かった)、やがて大人になった。そして今では「ときには」どころか「ねんじゅう」星の下で眠る暮らしをしている。
*
片岡作品に出てくるように、獅子座の一等星・レグルスを見上げながら眠るには、ブランケットに包まってそのまま地面に横になるのが一番だが、実際のフィールドではなかなかそうはいかない。眠っているあいだに雨が降り始めたり、夜露でびしょ濡れになることも多々ある。だから丸腰で出かけるのではなく、なんらかのシェルターを持っていたほうが無難だ。
僕の場合は小型のレクタングルタープを使っている。ヒルバーグの「タープ10」というモデルだ。縦3×横3.5mの長方形で、シンプルでツブシが利き、どんな地形、どんな状況でも張ることができる。
このタープ、とにかく素材がいい。「ケルロン1000」という独自のシルナイロン製なのだが、引っ張り強度に優れていて、パンパンに張れる。撥水性もすばらしく、降ってきた雨はまるでビー玉のように踊りながら流れ落ちていく。
また収納袋が本体に縫い付けてあるのもいい。このおかげで展開や撤収が素早くできるし、朝早く寝ぼけた頭で(あるいは二日酔いの頭痛の中で)収納袋をウロウロ探し回る必要がない。
そして僕がなにより便利に感じているのが、ガイライン(張り綱)が通常とは反対向きに配置されていることだ。長さを調整するループが地面側ではなくタープ側についているのである。
これはヒルバーグ製品のすべてに共通している仕様なのだが、こうすることで、最初にガイラインの先端を岩や木の幹などに縛り付けてしまい、その後に本体側でテンションを調整する、ということができるのだ。
この方法は砂地や雪上で設営するときには特にありがたい。最初にガイラインを石や木片に縛りつけ、それを地面に埋めて踏み固めることで不安定な地面でもしっかりアンカーが取れる。
また林間ならガイラインの先端を高枝に結び、本体側でテンションを張ることで、簡単に屋根を作ることができる。現場の環境に応じて臨機応変なアレンジが簡単にできるのだ。
*
南の島の静かなビーチで波の音に抱かれ眠る夜。
見渡しのいい高原で涼やかな風に吹かれて眠る夜。
谷あいの深い森の中でフクロウの鳴く声に守られ眠る夜。
そしてこぼれ落ちそうな満天の星を見上げながら、宙のささやき声に耳を傾ける夜……。
こんな夜はテントよりもシェルターよりもタープがいい。
風、音、匂い、気配、ざわめき、光、囁き、ゆらぎ。この世界の“ありよう”をダイレクトに感じることができるからだ。
草の上に大の字になり、降り注ぐ星の光を眺めていると、なんだか星空の毛布に包まれている気になる。
それは小説の中の描写のように美し過ぎて、まるで現実感がない。ああこれは現実なんだろうか、それともやっぱり夢なんだろうか。いやきっと今夜は飲み過ぎて幻を見ているんだ……。僕はブツブツいいながら、やがてどこかに吸い込まれてしまう。
僕はこんなふうにして眠るのが好きだ。
ときには星の下で眠る。
16歳の自分に教えてあげたい。
それは本当にすばらしい夜なんだよ、と。
ホーボージュン
大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。X(旧Twitter)アカウントは@hobojun。
※撮影/中村文隆
(BE-PAL 2024年11月号より)