三浦豪太の朝メシ前 第2回「初の朝メシ前活動」
プロスキーヤー、冒険家 三浦豪太 (みうらごうた)
1969年神奈川県鎌倉市生まれ。祖父に三浦敬三、父に三浦雄一郎を持つ。父とともに最年少(11歳)でキリマンジャロに登頂し、さまざまな海外遠征に同行し現在も続く。モーグルスキー選手として活躍し長野五輪13位、ワールドカップ5位入賞など日本モーグル界を牽引。医学博士の顔も持つ。
早朝、絶好のパウダースノーの中マウンテンバイクで駆け抜けた
父の病気の発症と僕のスキー衝動という、ともに病気のような状態をきっかけに慣れ親しんだ逗子から離れ、北海道に引っ越すことにした。
僕にとって北海道はアウェイではない。むしろホームというべき場所だ。小学校は札幌の盤渓小学校、中学校2年までは同じく地元の向陵中学に通った。実家があり、我がミウラ・ドルフィンズの本拠地であるミウラ・ドルフィンズスキースクールがあり、本籍も札幌だ。
だが、僕の家族にとっては大変迷惑な話でもあったと思う。何せ逗子は海や山に囲まれそこに住んでいる人もあたたかくどこかのんびりしている。妻のママ友、息子や娘の小学校の友達関係、特に長男の雄豪は中学入学を控えた微妙な年ごろでもあった。
さらに、引っ越してきたタイミングがコロナ禍で、世間ではこの目の見えないウィルス相手にソーシャルフォビアならぬ「ソーシャルディスタンス」と叫ばれていた。札幌にはスキー仲間が大勢いたが親しき仲にも礼儀ありならぬ、親しき仲こそ会っちゃだめ的な空気があった。ゆえに、移住した当初は家族が札幌に馴染むことと、両親の世話などに追われて、なかなか好きな自然の中に入ることができなかった。
僕自身のことを、登山家やスキーヤーとしてご存知の方々がいらっしゃると思うが、ほかにも僕は、アウトドアに関連する活動(マウンテンバイク、トレイルラン、クライミング、山菜採り、山道探し、スノーケリング、ダイビング)はうまい下手、強い弱いは別として大体好きである。しかしこうした活動はひとりでもできるが、志を一緒に遊ぶ人がいないといまいち盛り上がらないし続かない。
北海道の自然を求めつつ、自分探しに悩み悶々と過ごしていたとき、反中裕介から電話がかかってきた。彼(以下タンナカ君)は札幌を中心に活動するトレイルランナーだ。ミウラ・ドルフィンズの後輩で、日本でナンバーワン女子トレイルランナーの宮㟢喜美乃さんからの紹介だった。
私見だが、ランナーといわれる部類の人たちは独特の雰囲気をただよわせており、なんとも楽観的で明るく、タンナカ君もそうであった。
僕の知っている瀬古利彦さん、高橋尚子さん、知り合いの市民ランナーに共通するのは眩しいくらいのオーラを身に纏っていることだ。以前これについて高橋尚子さんに聞いたことがあるのだが、マラソンランナーは練習もレースも含めて自分と向き合う人が多い、その中で暗い考えを持っていると続かないそうだ。実際に走る人はランナーズハイといわれるようにハッピーホルモンのエンドルフィンがランニング中に多く出る。それが通常モードでも出ているような3人である。タンナカ君の特徴はもうひとつ、掠れ声だ。雰囲気としては「なにわ男子」の大橋和也君を思い出させる。
宮㟢さんがタンナカ君を紹介してくれたのは、引っ越し1年前の夏。誘ったらなんでも一緒に付き合ってくれそうな感じだったので、その年の11月札幌に両親のケアに来たときにマウンテンバイク(以下MTB)に誘ってみた。
雪の公園を初ライド
その日は寒く、札幌は初雪を観測した。お互い仕事があるので、早朝6時、真駒内付近のお気に入りのトレイルに集合した。到着すると新雪と土がマダラな状態だった。僕たちの履いていたタイヤは、冬用のファットタイヤではなく普通のタイヤである。MTB自体無謀なのではないかと思ったが、言い出しっぺの僕は遠慮がちに「行く?」と聞くと「行きましょう」とタンナカ君は答えた。
新雪が積もったトレイルに入る。ペダルを漕ぎ、タイヤに力が伝わるたびに「きゅっきゅっ」と新雪特有の音が鳴る。無理に力を入れるとスリップするので絶妙な力加減と前後のバランスを保つ必要がある。
普段のMTBよりも断然テクニカルだ。雪の中のバイクライド、そのミスマッチと異世界的な感覚に少しずつテンションは上がってくる。
前輪も後輪も滑りまくり、根っこにあたるたびに自転車が持っていかれる。小さな段差も迫力満点で、ガクンと前輪が落ちるたびに制御が利かなくなる。なぜかその状況が楽しくなり、自然とおかしな「ウヒャヒャヒャヒャ」という奇妙な笑い声が出る。そして後ろを見るとタンナカ君も「わー! わー!」といいながら雪の積もった笹藪に突っ込んでいった。
この楽しさに味を占めたタンナカ君と僕は数日後、大雪警報が出た朝を選んでA公園にMTBを持っていった。早朝5時半、薄明かりの中まだ街灯が光る公園の最高地点から夜景が煌めく札幌の街を見下ろす。
雪は20センチほど積もっていて、見慣れた大きな段差もマシュマロのように丸くなっている。これがスキーだったら絶好のパウダー日和、しかしまたがっているのはMTBだ。雪によって平らになった階段を降りると段差はほとんど感じないがブレーキも利かない。
「あぶない、あぶない!」と叫びながら階段を降りる。
さらに公園の中腹から住宅街に延びる斜面は約25度の急斜面だ。そこにファーストトラックを残すスキーヤーよろしくMTBで突っ込んだ。雪飛沫が舞い上がり前は見えない。でも深雪からくる抵抗はまさしくパウダースキーそのものである。驚くべきはMTBの走破能力だ。ひざ上まである深雪をものともせず急斜面にまっすぐなトラックを作る。パウダースキーとダウンヒルマウンテンバイクが融合した瞬間だった。あまりにも新鮮な感覚! ふたりでもう一度公園の上まで自転車を押し上げ〝おかわり〟をしに行った。
世の中には定番というものがある。雪が降ったらスキー、海ではサーフボード、ご飯には納豆など、その環境に対してベストマッチな道具やアクティビティーである。しかし、時にまったく意図しないミスマッチがマッチするときがある。喩えればトーストに納豆みたいに、こうすればこうなるだろうという既成概念的感覚はスルーされ、まったく違うモードから攻めてくる感覚に笑うしかないほどの興奮を覚えるのだ。そんな背徳的な感動を共有した、タンナカ君から次の誘いの電話がかかってきたのである。(次号に続く)
(BE-PAL 2024年12月号より)