日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)の金子浩久が、インドで活躍する牛糞ガス車の魅力とカーボンニュートラル的な意義についてリポートします。
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牛糞や食品廃棄物から発生するバイオガス燃料で走るクルマ
カーボンニュートラル社会を実現するために、世界中でさまざまな施策が採られています。
自動車の世界では、まずパワートレインの電動化が挙げられるでしょう。各社それぞれのリソースを用いて、これまでの内燃機関(エンジン)からEV(電気自動車)やハイブリッド、プラグインハイブリッドなどへの転換を図っています。
水素やバイオエタノールなどを燃料に用いるクルマもあります。化石燃料以外のものなら何でも使ってみようとさまざまな取り組みが行われています。
そうした大まかな状況は把握していましたが、10月のモビリティショーのスズキのブースに展示されていた「ワゴンR」には驚いてしまいました。
そのワゴンRはスズキのインド工場製で、パワートレインはCNG(圧縮天然ガス)を燃料とするエンジンです。CNGを使うクルマは珍しくはなく、多くの国と地域で製造、使用されています。
しかし、そのワゴンRの展示パネルの説明を見ると、「CBG車」と書かれているではありませんか。CBGとはCompressed Biomethane Gas(圧縮メタンガス)の略で、牛糞や食品廃棄物などのバイオマスから発生するバイオガスを精製して作られるCNGと同等のガスのことです。
なんと、このワゴンRは牛糞から発生するガスで走るのです。10頭の牛が1日に排泄する糞から作られるガスで、ワゴンR1台が1日走れるくらいのエネルギー量になります。
天然ガス車ユーザーの「裏技」が生み出したイノベーション
インドでは、広く一般にCNGもCBGも普及していて、ユーザーがワゴンRにCNGの代わりにCBGを入れてみたところ、まったく問題なく走りました。
CBGは日本ではあまり馴染みがありませんが、インド社会では普及していて、生活のさまざまな用途に用いられています。また、牛はインドでは聖なる存在なので、たくさん生息しています。
CBGで走るワゴンRに機械的な故障も発生していないことなどを受けて、スズキはインドの全国酪農開発機構やグジャラート州アナンドおよびメーサナの二つの乳業組合などと協力しながら、グジャラート州に5つのCBGプラントを建設しはじめることになりました。スズキはインドでクルマだけでなく、燃料となるガスも造ってしまおうというわけです。
カーボンニュートラル社会への道はAIと電動化だけではない
10月22日に行われた全国酪農開発機構の創立60周年記念式典において、スズキの豊福健一朗常務は次のようにスピーチしました。
「新たなパートナーとバイオガス事業の普及に向け取り組めることを大変にうれしく思います。スズキは、今後ともグジャラート州をはじめ、インド各地にバイオガス事業を拡大し、適所適材なカーボンニュートラル社会の実現に向けて取り組んで参ります」
トヨタ「ミライ」やホンダ「CR-V」などのように燃料電池を水素と反応させることによって発生する電気によって走る超デジタルなクルマがある一方で、ワゴンRの燃料は牛の糞や残飯などのガスです!
なんとアナログでフィジカルなのでしょう。
とても高度な最先端技術から、動物の排泄物や残飯などのガスまであるのです。カーボンニュートラル社会の実現という共通の目標を達成するための手段は、ここまで幅広いものなのかとただただ驚嘆させられてしまいます。正解はひとつだけではないということですね。
また、ワゴンRのCBG車はメーカーが研究開発して推進してきたプロジェクトではなく、ユーザーの応用使用例を後追いしたかたちとなっているのも見逃せません。研究開発センターに閉じ籠ってしまうのではなく、社会や地域に対して広く眼を見開くことの大切さを教えてくれています。
牛糞や残飯を原料にしたガスプラントに車メーカーが参画する意味
CBGの推進はカーボンニュートラル社会の実現だけでなく、広く農村経済の活性化、エネルギー自給率向上、有機肥料の促進などスズキだけでなく広くインドの社会全体にとってメリットのある取り組みとなるはずです。
地域の特性や事情を上手くビジネスに結び付けているスズキらしい取り組みです。真にグローバルとはこのことで、素晴らしいですね。
電動化だ自動化だとメーカーもメディアも眼を三角にして前しか見ていないところで、スズキは独自の動きをしています。スズキのこういうところが面白いですね。
10数年前にアメリカ市場から撤退しただけでなく、スズキは今では中国市場からも撤退しています。でも、インドには大昔から進出していて、減ったとはいえシェア40%も確保しています。隣の大国パキスタンでは60%近くだそうです。ワゴンRのCBG車をインドで運転してみたくなりました。