晩秋の週末、台湾人の友人に、陽明山でのハイキングに誘われました。友人曰く「すごく魅力的なハイキングコース。私たちは少なくとも年に4回は行ってるよ」。仕事が忙しく、趣味に割ける時間は限られているはずの友人をそこまで魅了する陽明山とは一体…?!その魅力を紐解いてみましょう。
「陽明山」は山じゃありません
まず、「山」という名がついていますが、実は「陽明山」という山はありません。陽明山は山の名称ではなく地域の名称。標高1092mの大屯山(ダートゥンシャン)や、陽明山一帯の最高峰である標高1120mの七星山(チーシンシャン)など複数の火山から形成され、台北市と新北市に跨っているエリア一帯を指します。
1949年、中華民国初代総統の蒋介石が台湾に渡ってきた際に居を定めたのがこの陽明山。翌年、もう少し市街地に近い官邸に蒋介石が移り住むまでは、ここが台湾の政治の中心地でした。ちなみに蒋介石が住み始めた当初、この地は「草山(ツァオシャン)」という何の変哲もない名前だったそう。この名が知識人から「山賊の住処を連想させる」と指摘されたため、蒋介石が敬愛していた明代の儒学者「王陽明(おうようめい)」の名前をとって「陽明山」に改名したという経緯があります。
標高1000メートルを超える山にもかかわらず、市街地からの交通アクセスはとっても簡単。台北市内を縦断するMRT(地下鉄)「淡水信義(たんすいしんぎ)線」とバスを使って、1時間程度でたどり着くことができます。もちろん日帰りが可能。車ならさらに時間短縮が可能で、40分程度で目的地に到着できます。
ですが、単調な山とあなどるなかれ。市街地からわずか10km程度の道のりであるにも関わらず、山を登るにつれて、その風景は大きく変化していきます。
山の中腹に差し掛かると、ここは箱根の大涌谷か?と錯覚してしまうほど、あたり一面に広がる硫黄のにおい。そして切り立った崖と、険しい稜線。山肌から蒸気が上がっているのも見えます。
地球の息吹が感じられる光景を横目で見ながら到着した場所は、全長約2キロの「二子坪(アルズーピン)歩道」の入り口。二子坪歩道は大屯主峰と二子山間の窪地にあり、「台湾十大景観歩道」として名を馳せている歩道です。
入り口付近にはビジターセンターやトイレに駐車場も整備されていて、老若男女さまざまな年代のアウトドア愛好者で賑わっていました。
今回は友達も私も子供連れであるため、友達が、比較的歩きやすいこの「二子坪歩道」をセレクトしてくれました。
お好みでセレクト可能!多彩なハイキングルート
ではいざ、足を踏み入れてみましょう。
序盤にゆるやかな登り坂がある以外は、アップダウンが少なくとても歩きやすい。
台湾の晩秋はまだ暑い日もありますが、木が生い茂る中に整備されたコースであるため日陰が多く、小学生の足でも無理なく歩き続けることができます。歩道には十分な幅があるので、下山者とのすれ違いも楽々。道端の雑草がきちんと刈られて整備されているのも嬉しい。
そうして友達と雑談しながら1.8キロほど歩くと、いきなり目の前が開けました。
ここが「二子坪歩道」の終点。負担の少ない森林コースを抜けた後は、まるで別世界であるかのように広々とした空間が広がっています。穏やかな日の光が降り注ぐ中、さわやかな風が頬をなでていきます。東屋もあり、しばしの休憩にも最適。
陽明山は、山全体がハイキングコース。今回はファミリー向けハイキングコースを歩きましたが、この「二子坪歩道」の終点から、さらに山の奥深くまで進んでいけるコースもあります。今回の「二子坪歩道」と並んで人気がある「擎天崗(ジンティエンガン)~竹子湖(ジューズフー)」は、徒歩で約2時間半の道のり。最高峰である七星山の山頂まで行く場合は、往復約4~5時間かかります。
自分の体力や同行者の構成に合わせてさまざまなルートが選べる選択肢の多さも嬉しいポイントです。
ハイキングコースだけじゃない!動植物との出会いも魅力
陽明山は、火山活動によってできた複雑な地形のため、さまざまな表情が楽しめる山。その懐の深さゆえに、貴重な動植物が多数生息しています。
5月から9月は蝶の季節。ナガサキアゲハやカラスアゲハ、モンキアゲハなどが乱舞する様子は、蝶好きならずとも必見。ほかにも台湾固有種であり台湾の国鳥でもある「タイワンアオカササギ(ヤマムスメ)」をかなり近距離で見ることができます。
ただしタイワンアオカササギは、その美しい見た目とは裏腹に、実はかなり気性が荒い鳥。繁殖期には人を襲ったり、カンムリオオタカを集団で攻撃して、息も絶え絶えにしてしまったりすることも…。近づきすぎて攻撃されないようにお気を付けください。
運が良ければ、甲羅を持つ唯一の哺乳類である「アルマジロ」や、希少コーヒー「コピ・ルアク」で知られる「ジャコウネコ」に遭遇できることもあるそう。この生物多様性の豊かさ、とても台北市内とは思えません。
また陽明山は花の宝庫でもあり、2月の桜や5月のあじさいなど、さまざまな花が楽しめます。特に人気が高いのは、竹子湖に「海芋」ことカラーが一面に咲き誇る3月の散策。
カラーは美しく優雅な花を持つサトイモ科の植物で、白を基調にした清楚な花と凛とした姿かたちが特徴。ウェディングブーケやイベントの装飾にもよく使われるので、目にしたことがある方も多いのでは?
竹子湖は、かつては火山の噴火によって形成された堰き止め湖でしたが、自然の変化に伴い湖水が流出し、湖底だった盆地部分が露出して、田園として再生された場所です。台湾の銘米である蓬莱米(ほうらいまい)発祥の原種田でもあった地でもあります。その竹子湖に、見渡す限り広がるカラーはまさに圧巻。
春にさまざまな花が楽しめるだけでなく、標高が高いので夏は避暑地としても最適。秋はハイキングのベストシーズン、冬は温泉。友人が「陽明山には、少なくとも年に4回は行ってるよ」と言っていたのは、季節ごとにさまざまな楽しみ方ができる場所だからなのですね。
詳しい交通アクセスはこちら
台北市街地からは、MRT(地下鉄)「淡水信義線」の「劍潭(ジエンタン)」駅を起点にするのが便利です。「劍潭」へは台北駅からMRT「淡水信義線」で5駅8分。そこからはバス「紅5」で終点の「陽明山總站(ゾンジャン)」駅まで約40分。始発から終点まで乗っていけば良いだけなので、迷う心配はありません。
「陽明山總站」で周遊バス「108」に乗り換えれば、今回紹介した「二子坪歩道」「擎天崗」「竹子湖」など、各ハイキングコースの起点となる場所で下車できるので、そちらを活用しましょう。
四季折々の魅力が満載で、台北の市街地からも気軽に行ける陽明山。台北への出張や観光の際にふと自然が恋しくなったら、ぜひ訪れてみては。
静岡県出身。一児の母。民間企業、国際協力団体(北京駐在)などを経て、2013年から行政機関で勤務。2023年4月から台湾駐在。夫を日本に残し、「ワーママ駐在員」として小学生の息子と共に台湾で暮らしている。帰国時は主に静岡県内でキャンプ・グランピングを楽しんでいる。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員