国土の多くが森林に囲まれ、気候の変化にも富む日本は、世界有数の“キノコ王国”だ。確認されているキノコだけで2500~3000種類といわれるが、実際には10,000種類ものキノコが存在すると予想されている。そんなキノコの奥深さ、楽しさを、キノコ博士の吹春俊光さんとともに探ってみよう。
キノコ図鑑は最新のものを用いるべし!
キノコ狩りに欠かせない必携アイテムといえば、キノコ図鑑だ。ぱらぱらとページをめくって、絵や写真を見ているだけでも楽しいが、「図鑑は常に最新のものを用いてくださいね」と話すのは、千葉県立中央博物館でキノコを研究する吹春俊光さんである。
「長らく“食毒不明”扱いだったのに、突然中毒者が出たことで毒キノコと判明した例は少なくありません。キノコには食べられるかどうか、わかっていない種類がたくさんありますから、最新の研究成果が反映されている図鑑を使うべきなのです」
例えば、汁がついただけで皮膚がかぶれるという猛毒キノコのカエンタケは、20年ほど前の図鑑では掲載自体が珍しかった。原生林に近いような森に、稀に見られるキノコだったためである。
ところが、1999年に初の死者が出たことで猛毒と判明。その後、関西を中心に発生している“ナラ枯れ”の場所によく見られるようになったため、近年の図鑑では必ず紹介されるキノコになっている。
おいしい食用キノコが、猛毒扱いに!?
15年ほど前の図鑑では食用扱いだったのに、現在は“猛毒”として紹介されるキノコも存在する。東北・中部・北陸地方を中心に広く食べられていた、スギヒラタケがそれだ。
スギヒラタケは扇のような形で、2~6cmほどの小柄なキノコ。8~10月頃に発生する。
「スギの切り株などに発生する、小柄で可憐な白いキノコです。スギ林に行けば沢山採れることや、味噌汁に入れると良い出汁が出て美味しいなどの理由から、キノコ狩りのターゲットとして人気がありました。人工栽培の研究が行われていたほどです」
ところが、2004年に、このキノコが原因と疑われる食中毒が相次いだ。主に日本海側を中心に、スギヒラタケを食べた人が19人も死亡するという、痛ましい事故となった。
なぜ、これほどの猛毒キノコが見逃されていたのか。吹春先生が推測する。
「2003年の感染症法の改正が、患者の発見に大きく影響したと考えています。この法律の改正で、急性脳症の患者が確認されると、行政に連絡をしなければならなくなりました。患者の症例を詳しく洗い出してみたところ、キノコが原因であるとわかったのです」
異常気象が相次いでいたことから、一時は突然変異ではないかという仮説も唱えられた。しかし、吹春先生はこう解説する。
「スギヒラタケの毒成分の注目すべき点は、食べた全員が中毒するわけではないということです。すなわち、特定の疾患を持っている人に、致命的な毒作用があるのです。これは突然変異したわけではなく、“もともと毒キノコだった”と考える方が自然でしょう」
主にスギの切り株に見られる。収穫量が多いことが特徴で、森の中でも目につきやすいため、キノコ狩りのターゲットとして人気があったことも頷ける。
スギヒラタケは絶対に食べないで!
人気のキノコに潜んでいた意外な落とし穴だ。吹春先生は、スギヒラタケが原因と判明しないまま亡くなった例は、過去にたくさんあったと推測している。法律の届出義務によって、思わぬ形で毒と発覚した珍しい例といえるだろう。
私は秋田県の出身だが、以前は実家に帰省すると、必ず食卓にスギヒラタケの味噌汁が並んだ。秋田県は特にスギ林が多いこともあって、朝市でごく普通に見られたポピュラーなキノコだった。近所のおばあさんから、「こんなにおいしいキノコを毒扱いするなんて、おかしい」という声もたびたび聞いた。
発覚から14年が経ち、日本各地で「スギヒラタケは毒キノコです!」と警告するポスターを見かけるようになっている。それでも、食べている人は少なくない。
吹春先生は「たまたま大丈夫な人たちが食べて、問題が起きていないだけです。5~7日で死に至る危険な猛毒キノコですから、食べてはいけません」と警告する。
繰り返し、声を大にして言いたい。スギヒラタケは、かつては図鑑で食用として扱われていた。けれども毒と判明している種類だ。絶対に口にしないでいただきたい。
参考:農林水産省 スギヒラタケは食べないで!
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/rinsanbutsu/sugihira_take.html
取材・文/山内貴範
監修・写真/吹春俊光(千葉県立中央博物館)