山梨県の甲府駅からちょっと西方向へ進んだトコロに「韮崎(にらさき)駅」という、さほど知られていない駅がある。ココに降り立ったコトがある人はいるだろうか? 駅近くに韮崎平和観音という巨大仏が鎮座し、遠くには雪化粧の富士山が顔を出す。登山好きの人は知っているかもしれないが、一般には、あまり知られていない。が、私は、この駅を通ると、ついつい下車したくなってしまうのだ。それは「ゲストハウス空穂宿」がある町だから。
韮崎駅から路線バスで約15分(本数は1日5~6本!)。山すその小さな集落「柳平(やなぎだいら)」に着く。地元の人たちが「やんでーら」と呼ぶこの集落を見渡す高台に立つ築約70年の古民家が「空穂宿」だ。
私が訪れた日は、12月31日。そう、一年を締めくくる大晦日。この日は、空穂宿の年末恒例「年越しイベント」が開催される。いつもは、素泊まりもしくは、プラス500円で朝食付きのゲストハウスだが、この日は違う。晩ごはんは、1人1品持ち寄りごはん会。そして、翌朝にはお正月料理の朝ごはん付きなのだ。個人的に1番大事なポイントは、持ち寄りごはん会の晩ごはんに「ほうとう鍋」が加わるというコト♪
韮崎は山梨県。山梨と言えば、具だくさんであつあつの「ほうとう」!し・か・も! 空穂宿では大きな囲炉裏を皆で囲み、吊り下げた大きな鉄鍋で「ほうとう」を頂くのだ。これぞ、正しい「ほうとう」の食し方! 暖炉やストーブ、火鉢にコタツに焚き火。暖をとる時、人は皆、一箇所に集ってくる。その中でも「囲炉裏」は、日本人の遺伝子レベルで幸福感に浸れる暖の取り方だと感じるのは私だけだろうか?
宿主であるオジィと女将を筆頭に、皆でせっせと郷土料理の「ほうとう鍋」を仕上げていく。しかも、ほうとうの手打ち体験もできてしまうのだ! あれこれ話をしながら、カルタ大会をしながら、はたまた、ミュージシャンメンバーは曲を奏でながら。鍋からは、クツクツと美味しそうな音が聞こえてくる。
この日のゲストは12人ほど。リピーターの人や、初めて空穂宿に泊まる人、ひとり旅の人もいれば、カップルで来ている人も。皆、てんでバラバラ、お互いはじめましてなメンバーだ。けれど、囲炉裏と鍋、そして「空穂宿で年を越したい」という共通の想いだけで、あっという間に打ち解けてしまった。
空穂宿において、宿主であるオジィと女将のゆるっとしつつもパワフルなキャラクターも、とてもとても大切なスパイスだというコトを忘れてはいけない。
見よ! この風貌! その場に、このふたりが居るだけで、昔話しの世界へワープして来たかのうような、ふんわりとした懐かしい気もちに一瞬でなってしまうから、不思議ですごい。
オジィ(と、言っても実年齢はそんなにオジィではないけれど・笑)も女将も古いモノが大好き。それを知ってか、オジィの友人が「こんな空き家があるけど」と紹介してくれたのがこの古民家だ。ふたりは独学で、元養蚕業を営んでいたこの古民家をリノベーションしたそう。宿の本棚には、その当時、参考にしたリノベーション関係の書籍も並ぶ(柿渋の本まであった! )。
敷地内の畑では無農薬野菜も育てており、ふだんの宿の朝食には、それらの新鮮野菜が食卓(冬は囲炉裏)に並ぶ。
暖かい季節は、朝食後に縁側でオジィと女将と一緒に「やんでーら」集落を眺めながらボ~ッとしていると、このままずっとココで猫のようにゴロゴロしていたくなってしまう。昔話の世界から帰れない!? 良い意味でキケン極まりない宿なのだ。
さて、話しを「年越しイベント」に戻そう。翌朝。つまり、元旦。7時半を過ぎる頃。ひとり、またひとり、眠りから覚め、布団からむくむくと這い出し始める。実は、起きて早々、皆でやるコトがあるのだ。それは、空穂宿の2階から初日の出を拝むコト! 山に囲まれた「やんでーら」の日の出は、世の中よりも少しゆっくり遅めだ。寝巻きの上にアウターや宿で借りた半纏を各々羽織り、一列に並んで眺めた元旦の光は、今まで見て来た初の日の出の中で1番温かかった気がする(息は真っ白になるほどの気温だったけれども)。
集落内の神社へも皆で初詣。こんな大勢で神社に詣でるなんて、子供の時の社会見学旅行以来な気がする。
そしてそして、お待ちかねの朝ごはん正月バージョン! 私が訪れた年は、なんと、おせち料理を作ってくれる方がいたので、豪華おせち料理とお雑煮という、なんとも日本的な年始まりだった。これまた、こんな大人数でおせち料理を食べるというのも、子どもの頃に親戚一同集合した時以来だ。上京してから、かれこれ20年ほど。元旦におせち料理を食べるコトもほとんどない。きっと、半世紀前は、囲炉裏を囲んで大人数家族で、こんな年末年始があたり前だったのだろうなぁ。
「ほうとうは2日目が美味しい! とろとろになったほうとうが、具と更に馴染んで」。生まれも育ちも根っからの山梨県民である、オジィと女将が、昨夜、そう言っていた。年越しを供に過ごし、2日目となる元旦を共に迎えたゲストメンバー、そして、オジィと女将。2日目のほうとうのように馴染み合い、昔から知った仲間のような気さえしてくるのだった。
●余談●
空穂宿では、チェックアウト時にジャンプ写真を撮るのも恒例。しかし、オジィの跳躍力を超える人は、そうそう現れないんじゃないだろうか?(笑)
【データ】
ゲストハウス空穂宿
住所:山梨県韮崎市穂坂町柳平1233
TEL: 0551-21-2560
料金:素泊まり2,500円~
(※年越しイベントは4,500円)
アクセス:JR韮崎駅からバスで約15分(有料で送迎あり)
URL:http://www.kuboshuku.com/
イラスト・文・写真/松鳥むう(まつとり・むう)
(一部の写真/空穂宿)
イラストエッセイスト
離島とゲストハウスと滋賀県内の民俗行事をめぐる旅がライフワーク。今までに訪れたゲストハウスは100軒以上、訪れた日本の島は86島。その土地の日常のくらしに、ちょこっとお邪魔させてもらうコトが好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)、『ちょこ旅沖縄+離島かいてーばん』『ちょこ旅小笠原&伊豆諸島かいてーばん』(スタンダーズ)、『ちょこ旅瀬戸内』(いずれも、アスペクト)、『日本てくてくゲストハウスめぐり』(ダイヤモンド社)、『あちこち島ごはん』(芳文社)、『おばあちゃんとわたし』(方丈社)等。最新刊は『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)。
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